第十四話 鬼を使役する方法
「……ほう。これは凄まじい『気』だな」
賀茂忠行が目を細め、鏡を覗き込む。
彼が宮仕えを終えて屋敷に戻っているであろう午後。
俺は『緑青の鏡』を持って、彼の元へと向かった。
運が良いことに、ちょうど出くわすことができ、話をすることができたのだ。
そんなわけで、現在、屋敷の中で、『緑青の鏡』を見てもらっていた。
俺はクエストのことは伏せつつも、噂が気になり、鏡のある館に赴いたことを話し、さらに、鬼が出てきたことや、それらを退治したことも伝えた。
「鬼はただの影、本体はこの『緑青の鏡』に違いありませぬ。
私はこれを叩き壊して滅ぼすのではなく……どうにか、我が手足として使役しとうございます。何か良き方策はございませぬでしょうか」
もうストレートに使役方法を尋ねてみる。
この人のせいで、数日後には、怪僧退治に向かわなければならないのだ。このぐらい助けてほしい。
「使役、とな。近頃法力に目覚められたかと思えば、さらに鬼を従えようとは、なかなかに豪胆なことを考える。
本来ならば、法師陰陽師のごとき不埒な行いは看過できぬのだが……他ならぬ藤原殿の頼み。仕方があるまいな。しかし……通常、我ら陰陽師がこのような強き邪気を退け、従えるとなれば、事はそう容易くはありませぬぞ」
賀茂忠行は鏡の縁を指先でなぞりながら、静かに語り始めた。
「まともに執り行うならば、まずは庭に白砂を敷き詰め、五色の布を飾り、天の神々を招く『五帝祭』を執り行わねばならぬ。
夜を徹して大地の邪気を踏み鎮める『反閇』を課し、神々への請願書である『都状』を読み上げて火に燻べる。
そうして神仏の加護を借り、夜の闇の中でじわじわと鬼の霊力を削ぎ落とす『調伏』の儀式を行うのが筋というもの」
「五帝祭……ですか……」
五帝祭は、内裏での儀式の際、見たことがある。
いかにも加持祈祷な感じで、大がかりなものだ。とてもじゃないが今の自分にできるとは思えない。
(儀式を見ることができれば、仕組みを理解することはできます。
見学する機会はありませんか?)
俺は、そのことを彼に尋ねてみるが、遠征に出るまでにその予定はないという。
賀茂忠行は鏡から目を離し、俺をまっすぐに見つめた。
「しかし――お主にはその大がかりな儀式は必要ないかもしれぬな」
そして考え込むように顎を撫でる。
「藤原殿は昨夜、この鏡より出でたる鬼の具現を、自らの力で退治したと仰ったな。
おそらくだが、そのことで、内包している『気』は凄まじいものの、鏡の放つ『妖気』はひどく弱まっている。
つまり、この『緑青の鏡』はすでに、藤原殿によって深く傷を負わされ、気力を挫かれておる状態なのだ。
ならば、今さら大層な儀式を催す必要はない。必要なのは、弱り果てたこ奴を完全に縛り付けるための、『人形』への封印よ」
そう言って、鏡を俺に返してきた。
「そうだな……よし、こうしよう。
この鏡そのものを一つの依り代……つまり『人形』と見立てる。これ以上の呪縛は不要。ただ、お主の命令に逆らえぬよう、その身に契約の鍵を書き込むのだ」
賀茂忠行は傍らにあった筆を執り、朱の墨をたっぷりと含ませた。
そして、目の前に白紙を広げ、滑らかな手つきで一つの文字を書き記す。
「この鏡の邪気は、五行で言えば『金』の気。
刃や硬き鉱物の禍々しさだ。
これを抑え込むには、火の力をもって剋せねばならぬ。
鏡面に、まずはこの符号を書きなさい」
賀茂忠行が書いたのは、図形のように崩した十干の『庚』、そしてそれを囲むように、何か呪術的な紋様を描く。
「そして、その符号の上から、この呪文を強く念じながら指でなぞるのだ」
彼は一息つき、低く、しかし驚くほど芯の通った声で呪文を唱えた。
「謹請、南方の赤帝、火徳星君。
この金の邪鬼を焼き払い、我が命に従わせたまえ。
――急々如律令」
その言葉が室内に響いた瞬間、『緑青の鏡』が一瞬、怯えたように俺の手の中で震えた気がした。
「これを施せば、鏡に宿る鬼はお主の影となり、お主が名を呼べばいつでも姿を現して命に従うようになる。
……ただし、忘れぬように」
賀茂忠行は筆を置き、鋭い眼光を俺に向けた。
「鬼を使役するとは、己の精神を常に研ぎ澄ませておくということ。
お主の心が少しでも弱まれば、火は消え、金が再びお主を切り裂くであろう。ゆめゆめ、心に刻んでおかれよ――」
ぐっ、逆らってくる可能性もあるということか――
俺はビビりながらも深く頭を下げ、朱の符号が書かれた紙を懐へと収めた。
(色々な情報が手に入りましたね)
心なしか嬉しそうなYuiさん。
「今度の近江国への遠征は一筋縄では解決できそうにないからな……そのぐらいの力がなければなるまい……」
ボソリと不吉な事をいう賀茂忠行。
え、なにそれ、勘弁してほしいんですけど……。
ウキウキとしたYuiさんとは対照的に、不安いっぱいになりながら、俺は彼の屋敷を後にすることになるのだった。
――――――――――
(赤帝、火徳星君、庚の関数情報が手に入ったのは嬉しいですね)
家に帰って、賀茂忠行に書いてもらった紙を目の前に、Yuiさんと情報をまとめている。
(赤帝、火徳星君の情報を表示します)
[DISPLAY] -----------------------------
【赤帝】
五行の「火」そのものを神格化した五帝の一柱。
南方を守護し、炎で金の邪気を焼き尽くす。
----------------------------------------
[DISPLAY] -----------------------------
【火徳星君】
宿曜道(天文学・占星術)に由来する火星の神。
災いをもたらす金の悪星を抑え込む。
----------------------------------------
(入手したこの二つの関数ですが、表示しているのは今回の術に使用した際の効果になります。
両者とも『火』に由来するもので、他の術で使用するなら比較的低コストで物質世界の火を使うことが可能でしょう)
――おお、ついに物理攻撃を手に入れられるのか。
『聖なる矢』の『火』属性もコスト低くなるかな?
(いえ、そちらに使用するのはお勧めできません。
この二つには余計な情報も含まれているので、末那識を使用したスマホ関連の術では余計にコストがかかる可能性があります)
――なるほどね、じゃあ『聖地雷』や『聖なる矢』のコストを下げることは無理か。
(それから『庚』についてですが、これは名前の無い『緑青の鏡』の『正体を確定させて縛る』というプロセスですね。
『金』の気には『庚』と『辛』の二つがありますが、今回は陽である『庚』を使ったようです。「お前の正体は『陽の金の気』である」と名指しし、その性質を固定してコントロール下に置くために使用するのでしょう)
――確かに、名無しでは、術をかける対象が見つからない。だから、名前が分からないから『ポチ』のような固有名は無理でも『犬』みたいな分類名ぐらいはつけたほうがいいってことだよね。
(はい、ただその場合デメリットもあります。
『庚』の呼び方だと『緑青の鏡』の力が十分に発揮できない可能性があります)
――え、パワーダウンしちゃうってこと?
(そうですね……では、今回判明した使役というシステムの説明をしましょう。
まずは、以前説明しましたが阿頼耶識界をもう一度説明しますね)
[DISPLAY] -----------------------------
【阿頼耶識界とは】
他者からの存在承認によって、個々の区画(=魂)が生まれる世界。
その区画は、「日本語社会OS」など、そこに属する社会OSの上で機能する。
◆ 阿頼耶識界 = 共有された様々な社会OSが動く世界
↑
(他者との関係性から区画が作られる)
↓
◆ 魂 = 阿頼耶識界に作られた個々のパーティション
----------------------------------------
(例えば、母の体に赤ん坊という肉体が宿ります。
その母と赤子という他者との関係性が、その二人の『周囲の環境種子情報』や『母の持つ種子情報』をぶつけ合い、魂という名のパーティションを作ります。
そして、そのパーティションは『日本語社会OS』など、その環境に応じた社会OSの上で形成されます。
こうして個々の魂というパーティションを生み、維持している仕組みを『阿頼耶識』と呼び、その仕組みが働く共有領域を『阿頼耶識界』と呼んでいるのです)
――うん、それは以前聞いた気がする。
母が宿ったことを意識した時から、お腹の赤ん坊に魂が宿るんだよね。
(はい、その魂は『末那識』を通ってアストラル、エーテルを経由し肉体へと繋がっています。
そして、肉体から受けた刺激が、逆を遡ることによって、魂というパーティション内に『種子情報』が蓄えられていくのです)
――『末那識』はアストラルを動かすためのアプリがある場所だよね?
(はい、魂というパーティションに蓄えられた『種子情報』をもとに、『末那識界』にアストラルを動かすためのシステムが作られます。
それが作動することでアストラルが動かされ、エーテルを通して人間の脳に感情を発生させたり、その逆に肉体で発生した感情が、エーテル、アストラルを通して『末那識』へとフィードバックされたりするのです)
[DISPLAY] -----------------------------
【魂の内部から物質界への流れ】
魂
↓
末那識がアストラルを操作
↓
アストラルがエーテルを操作
↓
エーテルが肉体を操作
----------------------------------------
(流れを書けばこのような感じですね。
ただこれら、用語や図形は高次元の概念を抽象化しているので正確ではありません。イメージしやすくするためのものと理解してください)
――うむ、いつも通りなんとなくで理解しておきます。
(世界中の召喚術や使役術は、おそらくこの関係性を利用したものとなっており、賀茂忠行の記してくれたこの紙に書かれたものも、これを利用したものとなっています。
つまり、『人形』という依り代を用意し、『従う理由』を作り、鬼と術者の間に関係性を作ることで、その存在を術者の支配下に置くのです)
――ん?
召喚術ならわかる気がするけど、使役術の方は、元から『緑青の鏡』には魂あるから必要ないんじゃないの?
前、言ってた『緑青の鏡』が怪談話によって魂を持ったってやつ。
(はい、確かにそうです。あくまで単純化している話なので――
そうですね、もう少し詳しく掘り下げると、『真名』もわからない不安定な物語によって作られた魂、つまりパーティションは、その関係性と同じく脆弱なものなのです。ここで大事になってくるのが、『真名』なのです)
――『真名』? 名前のこと?
(先ほど話した、庚という記述では『緑青の鏡』が十分に力を発揮できないと言っていたのを思い出してください。
これは庚という、犬や人間のような大雑把な分類名になることで、その他大勢の呼び名になってしまい、存在承認が薄く脆弱になってしまいます。そのため、この状態では、その魂を構成しているパーティションが存在を維持できなくなるのです。
『緑青の鏡』はただでさえ、純友様に倒され、アストラルという精神エネルギーが弱くなり、倒されたという情報によって存在すらも弱くなってしまっています。
これでは『緑青の鏡』にエーテルが内包されていても、『阿頼耶識』を繋ぎ止めることができず、いずれ消滅してしまうでしょう。
さらにあの屋敷に、この鏡がないということは、『緑青の鏡』の存在理由が無くなると考えてもおかしくありません)
――うーん。そりゃ大変。
折角倒したんだから、なんとしてでも使役したいよねぇ。
(現在、純友様が倒したという関係性ができています。
ただそれも時間の問題で、いずれ、それほどたたないうちに魂は消え失せるでしょう)
――また、あの屋敷に行ったら『真名』見つけられないかな?
(その時間の間に消えてもおかしくはないですね。
それなら、今の庚でも使役契約を済ませる方が、確実ではあります)
「『緑青の鏡』さん、『真名』教えてくんない?
このままじゃ、君、消えちゃうよ――」
とりあえず鏡に話しかけてみる。
まあ、ダメもとでためしてみた。
『緑青の鏡』はその錆びた鏡面を、鈍く光らせる。
すると、鏡の上に黒いモヤのようなものが集まり始めた。
「――ッ!」
俺はまた鬼が現れるのかと、身構える。
(純友様、どうやら鏡の世界に呼ばれているようです。
これは隠世への入り口ですね)
黒い穴のようなものが空中に浮いていた。
呼ばれてるって言ってもな……。
この穴に飛び込むのはかなり勇気がいる。
果たして『緑青の鏡』は『真名』を教えてくれるつもりでこの入り口を開けてくれたのか……。
俺はゴクリと唾を飲み込み、黒い穴を見つめるのであった。
【第十四話・用語解説】
■ 平安用語・密教用語
・五帝祭
陰陽道における祭祀の一つ。
陰陽五行説に基づき、五方・五帝などの神格を祀る祭祀として行われる。
・反閇
陰陽道で邪気を祓うために行われた呪法。
呪文を唱えながら大地を踏み、特殊な足取りで歩く。
「禹歩」とも呼ばれる。
・都状
陰陽道の祭祀で神々に奉る祭文。
特に泰山府君などの冥道諸神を祀り、延命長寿などを願う祭文として知られる。
・調伏
仏教・密教・陰陽道などで、悪鬼・怨霊・邪気などを鎮め、従わせるための修法・呪術。
本作では、強力な怪異や邪気を術によって制御下に置く行為として描かれている。
・人形
人の形を模して作ったもの。
陰陽道などでは、災厄や穢れを移すための形代として用いられることがある。
本作では、鏡そのものを「人形/依代」として扱い、鏡に術式を書き込むことで使役の関係を成立させようとしている。
・五行
木・火・土・金・水の五つの要素によって、世界の性質や変化を説明する思想。
本作では、陰陽師が術式を組み立てる際の分類体系として使用されている。
・十干
甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の十種類の符号。
陰陽五行説などと結びついて、方位・時刻・属性などを表すために用いられた。
・庚
十干の七番目。
五行では「金」に属し、陰陽では陽に分類される。
■ 現代知識
・OS
コンピューターを動かすための基本ソフトウェア。
本作では、Yuiが世界の構造を純友に理解させるための比喩として使用している。
・パーティション
コンピューターの記憶領域などを、独立した区画として分ける仕組み。
本作では、阿頼耶識の「魂」を説明するための比喩として使用されている。
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※ここから先は、本作の世界観・設定に関する説明です。物語を楽しむだけなら読み飛ばしても問題ありません。興味のある方はどうぞ。
【第十四話・Yuiの脳内講義】
(純友様、『如来蔵界』は『世界』で、『阿頼耶識』は『社会』で、『末那識』は『個人』です。
パソコンで言うなら――
パソコン自体を『如来蔵』。
パソコンの中で動いているOSを『阿頼耶識』。
モニターに映っているアプリやツール、操作意思などが『末那識』。
モニターに映っている画面を見て対応しているユーザーが『物質界』。
厳密には違いますが、分かりやすくするために、こう表現させていただきますね)
[DISPLAY] -----------------------------
・【世界】如来蔵界(無の世界)
巨大なパソコン自体。
・【社会】阿頼耶識界(無意識の世界)
社会OSが動いている層。
・【個】末那識界(意識や自我の世界)
個人のシステムが動いている層。
----------------------------------------
[DISPLAY] -----------------------------
【如来蔵PC】
[ユーザー1]『日本語社会OS』使用ユーザー
↓
↓(このPCを使っている、新しいユーザー2を物質界で観測)
↓
[ユーザー2]
『日本語社会OS』のルールで作られたパーティションが作られる。
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(『如来蔵』という大きなパソコンの中で、『阿頼耶識』というシステムが動いており、『物質界』の『ユーザー1』が新しい『ユーザー2』を観測すると『阿頼耶識』が『ユーザー2』のためのパーティションを『日本語社会OS』で作り始めます。
そのパーティションは、新たに『ユーザー2』のローカル情報が格納される場所となるのです。これが人々の言うところの『魂』なのです)
――なるほど、1つの強力なコンピュータの中に、仮想的なパソコンをいくつも作ってそれぞれのユーザーが運用している感じね。
(はい、『如来蔵PC』の中には世界のすべての種類の『阿頼耶識の社会OS』があります。そして、それぞれのパーティションは自身を作った『阿頼耶識の社会OS』で運用されるようになるのです。日本人の場合だと『日本語社会OS』ですね)
――その、条件というのは観測者である『ユーザー』の『阿頼耶識の社会OS』で決まるのかな?
(基本的にはそうですが、観測者『ユーザー』だけが条件ではありません。
『物質界』での情報、その時に使用される『種子情報』などさまざまなものが加味されます。ただ、観測者『ユーザー』に近い環境なので、観測者『ユーザー』に近いOSになる可能性は極めて高いと言えます)
――ふむ。ということは、これが今回、話していた「その二人の『周囲の環境種子情報』や『母の持つ種子情報』をぶつけ合い、魂という名のパーティションを作る」って行為なのかな。
(はい、そしてなぜ、わざわざこうやって言い換えているかというと、この『阿頼耶識のOS』はそのOSのユーザーたちによって共有されたシステムだからなのです。
なので正確には以前説明したインストールとは異なりますから、言い換えさせていただきました。
こうやって例えで話す場合、理解しやすくなる反面、別の事柄を話す際、矛盾が生じてしまうことが往々にしてあります。なので、純友様は以前の話にあまり固執しすぎないよう、留意していてください)
まあ、高次元なものを低次元に喩えてるのだから矛盾は起きるよな。
だが、喩えてくれているから、かろうじて低学歴な俺でもついていけてる気がするので、これらは方便だと思って納得しておくとしよう。
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※AIを文章の校正・改稿、設定整理、資料調査、アイデア検討等に活用しています。また、一部の本文にはAIが生成した文章を直接使用しています。物語・世界観・登場人物・展開等の創作および最終的な文章の判断は作者が行っています。
※本作に登場する仏教用語・哲学用語・科学用語は、実在する思想・学説・科学的知見を参考にした、作中独自の解釈です。現実の思想・学説・科学的見解を厳密に説明するものではありません。
※本作に登場する歴史上の人物・出来事は、実在の史実を題材としておりますが、人物像・人間関係・行動・出来事などに作中独自の創作・改変を含みます。史実とは異なる部分がありますので、歴史創作としてお楽しみください。




