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第十三話 鬼を鏡の外へ



 ――うーん。じゃあ、とにかく鬼を鏡に映ってる範囲外に押し出せば、鬼は崩壊するってことでOK?



(そうですね、理論上はそうなります)



 理論はわかった。

 問題は、どうやってあの図体(ずうたい)を外に押し出すか、だ。



 ――ちなみに鏡に映っている範囲の外に手が出たら?



(手が崩壊するかと)


 

 出た場所が壊れるなら、わざわざ全体を出さなくてもいいのか……。

 んーじゃあ。できる範囲で押し出しもありかも……なんか効果的な術作れるかなぁ?



(そうですね……現実に衝撃を与えるとなると、物理作用が必要です。

 エネルギーを全て作り出すより、空気中の水素を集める方が……しかしそのようなソースコードを私は知りません)



 ――はーい。Yuiさん提案があります。

 『エクトプラズム』で床板ぐらいのものなら持ち上げられるかな?

 寝殿造(しんでんづくり)の床って、溝に引っ掛けて乗せてるだけの板だったはず。

 あの鬼を持ち上げるのは無理だろうけど、床板を跳ね上げれば、簡単に穴が開くんじゃない?

 急に前後の板が跳ね上がって穴が空いたら、あの鬼のバランスだと落ちてくれるかなーって。



(なるほど……どうやら床下は再現されてないようです。

 体が全て落ちなくても、不意に落ちた部分が消えればダメージを与えることは可能ですね)


 鬼の立ってる部分は無理だろうけど、前後に五枚ずつぐらいの床板を外せば、他の板も安定しなくなるハズ。あの重量なら横から床板を掴んでもズレて穴も大きくなるだろうし。

 

(『エクトプラズム』を板五枚分棒状に伸ばし……動きを制御する訳ではなく……上に向けて投射するのなら……)

 


[DISPLAY] -----------------------------


 【床返しの構成要素】(1本あたり発動消費EP:6)


 ・「EPをエクトプラズム化」(発動消費EP:2)

 ・「エクトプラズム硬化(棒状)」(発動消費EP:2)

 ・「射出」(発動消費EP:2)


----------------------------------------



[DISPLAY] -----------------------------


    上げる

     ↑

 ────── ←(床板)

     ○ ←(エクトプラズムの棒)


----------------------------------------



(射出スピードは手で持って裏返すぐらいの勢い。

 板五枚の重量でも消えないように『エクトプラズム』をしっかり棒状に硬化――一本EP6ほどですね。

 四本作るほどEPはありませんので、鬼の前後に一本ずつ作り、五枚ほどの床板をまとめて裏返しましょう。長くなってしまいますがそれに耐えられる強度となっています)



 ――ありがとう。それじゃあタイミングが重要だな。

 横に逃げられないように、なるべく板の真ん中に誘導して、術で気を引いている隙に板を上げる。

 足元に残る床板は二、三枚だろうし、前後に穴が空いているので、鬼はバランスを崩し、床下へ――これでどうだろうか?



(はい、この作戦の利点は、この棒状の『エクトプラズム』を鏡の視界外である床下に展開するので、気取られにくいことでしょう。

 起動のタイミングは私が純友様の動きに合わせて発動します。

 誘導地点は『情報重畳表示《スマートオーバーレイ》』で視界に印を表示しますので、そこに鬼を誘導してください)



 ――念の為、聞いとくけど、俺が床下通って塗籠(ぬりごめ)の真下に行くのはあり?



(出た瞬間、捕まえられて終了かと。

 台もしっかりしたものだったので持ち上げるのは不可能ですね。

 そもそも鏡を倒したところで、すぐに鬼に立てられたら意味がありません)



 ――了解。じゃあ、できることは決まったな。



 まあ、失敗しても逃げればいっか。



 気楽に考えないと、怖くて前には進めない。

 俺は武者震いを誤魔化すように、その場で屈伸を行うのであった……。





――――――――――




    

      ――ギシッ



         ――ギッ

    

     ――ギッ

            ――ギッ


       ――ザッ




 床を鳴らしながら走り、目的地に着いた俺は鬼を正面に捉える。


 少し距離はあるが、ここは塗籠(ぬりごめ)の入り口から直線に位置しており、奥にある鏡が見える場所だ。

 そう、この場所にYuiさんはマーカーを立ててくれている。



(この場所に『床返し』を設置します。

 少しこのまま待機してください)



 今いる室内は広めの寝殿造(しんでんづくり)で、壁は無く遮るものは柱しかない。

 マーカーの場所は柱と柱の間で、両柱から最も遠い位置であろう中心。

 床の上に落ちているものも少なく、邪魔なものが無いため少し広くなっている。



 当然鬼はこちらに気がついており、唸り声をあげて様子を窺(うかが)っていた。



 余計なものがあったら、板を持ち上げられないからな。

 一番不確定要素が起きにくそうな位置に、Yuiさんはマーカーを仕掛けてくれたようだ。



(『床返し』を床下設置しました。いつでも起動可能です)



 ――フーッ



 深呼吸をして、再度、その場で体を伸ばすように屈伸する。

 そして体の動きを確かめるようにジャンプし、頭上にある梁を触った。



 EPが増えてから、少し運動能力も上がったようだ。

 以前なら、こんなに動けば息切れしていただろうし、こんなに高い梁になんて届かなかった。



(EP拡張に伴い、エーテル体の強度が引き上げられました。身体の物理スペックも向上しています。ですが、依然として、この鬼の攻撃は質量が大きいため、当たると致命傷に直結します。安全距離をキープしてください)



 うん。柱に食い込んだあの爪を見てゾッとしたんだ、受けるのが無理なんてことは承知している。



(対象のエーテル波形から攻撃モーションを予測し、『情報重畳表示《スマートオーバーレイ》』に予測ラインを表示します。確認しながら回避してください)



 できる自信は全然ないが、ここでいつまでも鬼とお見合いしていても埒が明かない。成功してくれよと祈りつつ俺は鬼に近付いていった。 




   ――オオオオオオオオォォォォン!!!



          ――オオオオオォォォォォンンンン!!!




 鬼が咆哮を上げる。

 走りながら『聖地雷符(せいじらいふ)』を取り出した。


 鬼狩りしない日に作っておいたものが、今は手元には三枚ある。



 まあ、ダメージを与えるならこれしかないか。

 浄化の炎は、物質である肉体を破壊することはできないが、奴のエーテルやアストラルエネルギーなどを浄化させることはできるだろう。さっき『聖なる矢』の炎嫌がってたし。



 鬼の手前まで移動する。



 青白い肌は死人の肌のように精気がなく、肋の浮いた体から生えた長い手がアンバランスに地面についていた。

 頭は梁に近く、長く伸びた髪が黒い滝のように地面へと落ちている。




   ――オオオオオオオオォォォォン!!!



          ――オオオオオォォォォォンンンン!!!




 ぽっかりと空いた穴のような口が、咆哮を上げた。


 足元にオレンジ色のラインが、鬼を中心にして扇状に広がる。

 俺はバックステップでそのラインの外へ出る。



 

      ――ひゅッ




 鬼の手が、しなる鞭のように目の前を通り過ぎた。

 目の前スレスレを鎖の鞭でも通ったかのような気配が、俺の背筋を冷やす。


 これが予測ラインの『印』ね――

 『情報重畳表示《スマートオーバーレイ》』で視界に鬼の攻撃範囲を表示してくれたのだろう。


 ありがたいのだが、これを避け続けるなど高速道路の真ん中に置き去りにされるぐらい怖い。さっさと誘導してしまわなければ俺の命が危なくなることは確実だ。



 石を包んだ『聖地雷符(せいじらいふ)』を鬼の足元に投げつける。




    ――ゴォぉぉ ぉッ ッ




 瞬く間に青白い炎が鬼を包んだ。




   ――オオオオオオオオォォォォン!!!



          ――オオオオオォォォォォンンンン!!!




 鬼は嫌がるように、長い腕をでんでん太鼓のように振り回す。



 ――アブなっ!



 俺は転がりながら、オレンジ色の予測ラインから必死に逃げる。

 鬼の方は前進しながら、炎の範囲から逃れていた。


 このまま前進させれば『床返し』を仕掛けた場所まで誘導できるだろう。



「ほーら、もう一発どうだぁ!!」



 ワザとらしく声を出して、鬼の後ろに石に包んだ呪符を投げる。

 気がついた鬼は、それを嫌がるように、体を前進させた。

  


 ――表面上に傷はないけど、やっぱりこの炎は効いている?

 この呪符を何発かぶつけたら倒せるんじゃね?



(不可能ですね。

 ダメージを与えるには今の十倍は必要です。それでも倒せる訳ではありません)



 ――うーむ。効いているようには見えるのだが。



(効いてはいますがキツめの静電気レベルですね。

 驚きはしますし、反射的に肉体が逃れようとしてしまうレベルには効いています)



 なるほどね。

 まあ、当初の予定通り誘導するしかないか……。



 俺は先回りするようにマーカーの位置まで下がる。



「ピッチャービビってる、ヘイヘイヘイ!」鬼へ向けての挑発だ。



(鬼にピッチャーは理解できませんよ)

 


 ――こーいうのはノリなんだよ「ヘイヘイヘイ!」



 存外、鬼には効いたようで、怒り狂ったようにこちらへ向けて走ってくる。

 走るといっても、そのアンバランスな体型のせいか、あまり速くはないので余裕を持って眺めることはできた。


 この辺なら、マーカーの上に来てくれるかな……。

 気がついて止まるもよし、踏んで動きが止まるもよし、これみよがしに『聖地雷符(せいじらいふ)』を床に貼る。



 しかし、鬼の重量に床が悲鳴をあげているな。

 『床返し』するまでもなく落ちてくれればいいのだが――



 そんな俺の願いも虚しく、鬼は目の前まで近づいてくる。



(純友(すみとも)様、もうそろそろ発動です。少し下がってください)



 タイミングはYuiさんに任せる。

 なるべく、鬼に『床返し』は悟られないようにしなければならない。




   ――オオオオオオオオォォォォン!!!



          ――オオオオオォォォォォンンンン!!!




 ちゃんと、俺が足元に呪符を張るところを見ていたようだ。

 足元を気にして、床に貼った『聖地雷符(せいじらいふ)』の前で止まる。


 鬼は今、マーカーの上だ――



(『床返し』発動!)



 Yuiさんの声と同時に――




   ――ブ ワッ


        ――ブ ワッ




 床板が弧を描くように舞い上がり、そのまま脇へと落ちる。



 鬼は、足元の床二枚ほど――陸の孤島ならぬ床の孤島に取り残されていた。

 そのデカい体のせいで、こういう足場ではバランスを取れないのだろう。

 必死に床に落ちないように手を伸ばす。



 だが、両脇の柱からは少し遠く、掴まることができない。

 鬼はそのまま床下へと転落するように見えた――




   ――オオオオオオオオォォォォン!!!



          ――オオオオオォォォォォンンンン!!!




 鬼は両手を天井の梁へと伸ばし、捕まろうとする。

 類人猿が木にぶら下がるように、頭上の太い棒へ捕まろうと試みたのだ。




 走馬灯のようにゆっくりと時を感じる――



 鬼は頭上の梁を持つことで、この罠から逃げおおせたと思っているのだろうか。コチラの策を失敗させたことに、喜びを感じているのかもしれない。



 その顔は笑っているかのように見えた。



 黒い穴が半月のようになっている。




    ――ケケケケケケケッ




 俺の顔が、絶望に歪むことを想像しているのだろう。

 この鬼は人の絶望が楽しくて仕方ないのだ。



 鬼は楽しそうに梁に捕まる。

 これから、この愚かな人間を、どのような目に遭わせてやろうかとでも思っているのだろう。




    ――ゴォぉぉ ぉッ ッ




 鬼が捕まった梁が、派手に青白い炎で燃え上がった。




   ――オオオオォォォォン!!!




 まあ、最初にこのマーカー地点に来た際、梁になけなしのEPを使って『聖地雷(せいじらい)』の術を貼り付けていたのだ。こちら側だし、呪符と違って見つけ辛かったんだろうね。


 当然だが、この梁が一番掴まりやすそうだから、奴は掴むだろうなとは思ってた。

 



 俺は全力で駆け出すと、床穴前で足腰のバネをフル稼働させる。



「超物理、ドロップキィィィィィック!!!」



 俺は叫びながら、火に包まれる鬼の胴体へと、全体重を乗せたドロップキックを叩き込んだ。





        ――オオオオオォォォォォンンンン!!!




 

 不意に炎上する体。勢いよく飛んでくる成人男性の体重。

 そしてぶら下がる手には自分の体重ものしかかっている。


 鬼は耐え切れるはずもなく、俺と一緒に床下へと転落したのだった。

 




――――――――――





(急いでください!!

 また鬼を実体化させようとしています!)



 床下に落下した俺たち。

 鬼は分解されるように消え、俺は床下に叩きつけられていた。



「ゴホッ! げぇ、ゴホッ!」



 衝撃でふらつく頭を無視して、床下から這い上がる。

 烏帽子(えぼし)が脱げ、土に汚れたざんばら頭の俺。



 そ、そうだ、ぬ、塗籠(ぬりごめ)は――



 足がもつれそうになりながらも、塗籠(ぬりごめ)の入り口に飛び込んだ。

 部屋の中央には、黒いモヤが集まり始めている。




 くそっ、そうはさせるかっ――




 俺は、台に駆け寄り、『緑青(ろくしょう)の鏡』に『霊袋の符』を貼り付けた。

 途端に鏡は『エクトプラズム』に包まれ鞠のようになる――ハズだった。



 符を貼り付けた瞬間、鏡面から反発力のようなものが発生し、完全には外界を遮断できず、まだギリギリ現実を映し続けようとしている。


 

 依然、黒いモヤは集まり続けている。



 次から次へと――



 どうする??

 どうすればいい??



 俺は必死に思い出す。Yuiさんが言ってたことを――



(この『量子もつれ』の状態を保つためには再現した鏡の世界と、鏡が映している世界が一致していないと無理なのでしょう)



 完全に違うものを映したら『量子もつれ』破れる?


 でも衝立とかで、別のもの、そもそも映ってるけど?


 その度再現してるのか? じゃあ何故、床下は?



 ――あああ! もうわからん!!

 もうわからんが!



 俺は、思いっ切り夜空が見えている屋根に向けて、手に持った鞠状になりかけた『緑青(ろくしょう)の鏡』を投げつけた。



 鞠は屋根から外へと放り出される。



 すると――


 数秒? いや数分?

 長く感じられた時間が過ぎた頃には、いつの間にか黒いモヤが消え去っていた。



 

 ――ピコン




 手の中にスマホが現れる。

 画面を覗くと、そこには『「クエスト:緑青(ろくしょう)の鏡を調伏せよ」をクリアしました。』と書かれていた。




 ――ぶはぁぁ ぁ




 俺は深呼吸をして立ち上がるとヨロヨロと外へ出た。

 東の空が薄らと明るくなり始めている。



 しばらく、陽が上がってくるのを呆けたように見ていた。



(『緑青(ろくしょう)の鏡』を回収して帰りませんか?

 賀茂忠行(かも の ただゆき)に相談して、できれば使役したいですね)



 ええぇ、あの不気味なアイツをぉ。

 まあ、さっさと帰るのは賛成。もうヘトヘトだよ……。



 縁側っぽい通路に座り込んだ俺は、埃っぽくなった自分の頭を掻いた。

 しかしその時気がつく、そこにあるべき物がないことを。




「――あ、俺の烏帽子(えぼし)は?」


 さっさと探さないと、こんなに丸出しだと恥ずかしくて帰れやしない。







※AIを文章の校正・改稿、設定整理、資料調査、アイデア検討等に活用しています。また、一部の本文にはAIが生成した文章を直接使用しています。物語・世界観・登場人物・展開等の創作および最終的な文章の判断は作者が行っています。

※本作に登場する仏教用語・哲学用語・科学用語は、実在する思想・学説・科学的知見を参考にした、作中独自の解釈です。現実の思想・学説・科学的見解を厳密に説明するものではありません。

※本作に登場する歴史上の人物・出来事は、実在の史実を題材としておりますが、人物像・人間関係・行動・出来事などに作中独自の創作・改変を含みます。史実とは異なる部分がありますので、歴史創作としてお楽しみください。


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