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第十二話 鏡の館と隠世



     ――サアァ ァ



      ――ククク、ケケケ ケ



  ――サアァァ

            ――カサカサ



     ――コロコロ コロコロ




 葦の葉が擦れ合う音に、蛙や虫の声が混ざって、やけに耳につく。


 一条大路から北へ三百メートルほど。

 紙屋川(かみやがわ)のせせらぎが、湿った風に乗って聞こえてくる。

 そのあたりまで進むと、にわかに周囲の空気が重くなった。



 闇の向こうに、ぬっと黒い影が浮かび上がったのだ。

 その正体は、葛(かずら)に完全に呑み込まれた土塀。


 かつては立派な門だったのだろう。

 今は外れて斜めに傾いている無残な門が、そこに佇んでいた。



(純友(すみとも)様、目的地に到着しました。

 この門の奥が、クエストの指定エリアです)



 マップで確認するが、確かに現地に着いている。

 前世なら、北野天満宮に近い場所だと思う。だが、現在はまだ無いはずだ。


 菅原道真(すがわらのみちざね)の怨霊が内裏に雷を落としたのは昨年。

 その怨霊を祀(まつ)るのは、まだ十数年も先の話だ。今のところ、この辺に祀る話は聞いたことがない。



(菅原道真(すがわらのみちざね)は祀られていませんが天神地祇(てんじんちぎ)を祀る神社はありますね。

 さすが天津神、国津神を祀るだけあってこの地は天から降り注ぐエーテルを平安京へと流す龍脈となっています。

 ただ、清めの地としての作用がうまく働いていないようですね。

 アストラルエネルギーが澱んでいるのでエーテルも澱み、結果、平安京に澱んだエーテルを莫大に流し込んでいます。

 夜間に発生する怪異の一因となっていると言えますね)



 ――なるほど。

 そんな土地なんだから、この放置屋敷に怪異が発生することも不思議じゃないか。

 怪異が不思議じゃないとはおかしな言い方かもしれないが。



(はい、特にここの『緑青(ろくしょう)の鏡』は京中の噂話となっています。

 確実に阿頼耶識(あらやしき)の日本語社会OSにライブラリが登録されているでしょう)



 ――『緑青(ろくしょう)の鏡』関数が生まれたということ?



(そうです。さらに『緑青(ろくしょう)の鏡』というのが実際に存在するのが厄介ですね。

 この物質界に肉体となる「鏡」があることで、『緑青(ろくしょう)の鏡』関数が効率よく作用する土台ができてしまったのです。

 さらに怪談話による恐怖にリアリティが付与され、人間たちとのより強固な関係性が発生します。

 即ち、阿頼耶識(あらやしき)の日本語社会OSが動作し始め、この「鏡」にアンカーされたパーティションが作られるということですね)



 ――『緑青(ろくしょう)の鏡』が魂を持つということ?

 そう考えると、今まで夜間倒してきた鬼たちには魂がないのだろうか?



(『緑青(ろくしょう)の鏡』は御神木や磐座(いわくら)など信仰の対象になる神たちと一緒なのです。

 日本人の信者たちとの関係性により、それらのご神体は日本語社会OSによって個としてパーティションされ魂が生じます。

 そこで、それがただの物ならその魂は定着せず、霧散してただの物に戻る可能性が高いでしょう。

 ただ御神木や、今回の『緑青(ろくしょう)の鏡』のような依代は、人の感情であるアストラルエネルギーの影響を強く受けています。

 それは魂が依代にアンカーできるエーテルが集まりやすいということで、依代があるかぎり個として物質界に存在し続けるのです。

 今まで純友(すみとも)様が倒してきた百鬼夜行の鬼たちは、日本語社会OSに内包された関数たちが、平安京の澱んだアストラルエネルギーにより共鳴し、実行されている状態なのです。

 魂は宿っていない状態なので自我はなく、アストラルとエーテルのみが機械的に動いている状態です)



 ――うっわ。じゃあ『緑青(ろくしょう)の鏡』は神化しているってこと??

 ヤバくない??



(神化と言っても程度はあります。

 比較的新しい噂なので、まだ赤ちゃんのようなものです。今までの鬼と変わらない……ハズと、言いたいところですが……)



 ――えー、何が起こってんのよ……。



(龍脈に呼応して、屋敷がエーテルを吸い寄せていますね。

 純友(すみとも)様の纏っているエーテルはしっかり固定されていますので取られることはありませんが、周囲に漂っているエーテルはどんどん屋敷に吸い込まれている状態です)



 ――か、帰ってもいいかな?



(ダメとは言い辛いですね。

 ただ立体曼荼羅の件もありますので、このクエストは純友(すみとも)様の成長には必要な試練だと思います。

 それに、このエーテル吸収スピードを見ると、後へ回せば回すほど厄介なものになりかねません)



 ――ぐぬぬ。ここが分水嶺ってやつか。

 再チャレンジなんて悠長なこと言ってられない気もする。

 

 

(……今、炭を持っていますよね、その辺に散乱している板の切れ端を拾ってください)



 俺は、Yuiさんに言われる通り、壊れた門の板を壊し、手のひらサイズの木の切れ端を作った。



(今から、この木を符にします。内容は対象を『エクトプラズム』で包むというものです。『五行の結び印』を追加して袋の状態を維持できるようにしましょう)



[DISPLAY] -----------------------------


 【霊袋の符】(作成消費EP:4.1)


 ・符頭:「EPをエクトプラズム化」(発動消費EP:1.5)

 ・符身:「エクトプラズムを袋化」(発動消費EP:0.5)

 ・符胆:「五行の結び印」(作成時消費EP:2)

 ・符脚:「起動スイッチ」(発動・作成時消費EP:0.1)


----------------------------------------



(この符を、『緑青(ろくしょう)の鏡』の入っている袋に入れましょう。

 エクトプラズム化したエーテルによって流動性の高いエーテルは遮ることができます。

 『緑青(ろくしょう)の鏡』のエーテル吸収を抑えることは可能です)



 ――なるほど、とにかく相手は動かない鏡なんだから、袋に入ってるうちにエクトプラズムの袋でさらに包んで、エーテル吸収を抑えちゃおって腹づもりね。



(はい。うまく行くかは分かりませんが試してみる価値はあるかと)



 とりあえず、屋敷に入る前に作っておこうか――

 俺は『書けルンです』を立ち上げ、鉛筆代わりに持ち歩いている炭のカケラを使って『霊袋の符』を作る。


 やはり、弱いうちに『緑青(ろくしょう)の鏡』のクエストは終わらせておくべきだろう。




     ――サアァ ァ



      ――ククク、ケケケ ケ



  ――サアァァ

            ――カサカサ



     ――コロコロ コロコロ





 相変わらず、熱帯夜の生温く湿気った風が俺の首筋を撫でている。


 ゴリゴリと木片に符を書く感触と同時に、吹き出す汗が首筋を伝うのを感じるのだった。




――――――――――





 唾を飲み込み、傾いた門の隙間をすり抜けて、邸内へと足を踏み入れた。



 ギチ、と足元で濡れた草が鳴る。



 門を潜った先は、かつては美しい前庭だったのだろう。

 しかし今は、腰ほどもある雑草と、ぬかるんだ泥が広がるだけの荒地だった。


 その奥には、月光を浴びて不気味に佇む寝殿造(しんでんづくり)の廃屋が見える。



 屋根の檜皮(ひわだ)が剥がれ落ち、肋骨のように剥き出しになった垂木(たるき)が、夜空に向かって突き出ていた。

 主を失ってから、優に数十年は放置されているに違いない。



(周囲をスキャンしましたが、やはり平安京内で見かける鬼はいませんね。

 エーテルが屋敷の奥にある渦のようなものに吸い込まれているので、発生するのが難しいようです)


 雑魚鬼と戦うのを避けられたのは良かった。

 現在、EP16。符を作ることにより消費したが、まだ戦える範囲だ。

 これ以上浪費したくない。



 俺は腐りかけた板敷きの通路から、静かに建物の中へと上がった。




     ――ぎぃ


  ――サアァ ァ


 


    

     ――ぎぃ


            ――カサカサ


       ――ククク、ケ ケケケ 




 内部も同様朽ち果てている。

 広めの板間には、貴族の家にあるはずの御簾(みす)や几帳(きちょう)が湿気で完全に朽ち果てて腐り落ちていた。


 この中に入るとわかるのだが、うっすらと奥に向かって風のようなものが流れている。



(エーテル体が、屋敷の奥にある渦の力に抵抗しているのを感じているようですね)



 暗い奥へと進むと、部屋の中心に壁に遮られた小部屋を見つける。

 寝殿造では唯一、四方を完全に囲まれた部屋となっている「塗籠(ぬりごめ)」だ。


 入り口は一つのようで、両開きの扉は外れてしまい、開きっぱなしになっている。

 中に入らず、壁を辿って入り口とは反対側に回ってはみるが、板の壁がつながっていて案の定、中には入れない。




 ――ぎぃ


    ――コロコロ コロコロ



     ――ぎぃ


              ――カサカサ




 やっぱり、この怪しい入り口から入らないとダメか……。



(渦はこの「塗籠(ぬりごめ)」の中に出来ているようですね)



 あの怪談で話されていたのはこの塗籠(ぬりごめ)だろう。

 いつまでも、ここで二の足を踏んでいても、朝になり、クエストが消えてしまう。



 まあ、なるようになれだ。


 俺は意を決して、塗籠(ぬりごめ)へと乗り込んだ。




     ――ぎぃ


  ――サアァ ァ


 


    

     ――ぎぃ


            ――カサカサ


       ――ククク、ケ ケケケ 





 天井には穴が空き、月光が差し込んでいた。

 落ちてきたであろう木材が室内に並んでいた棚たちを倒し、一緒に転がっている。


 思ったより、室内は明るい。


 入り口から真向かいにある一番奥の壁際の台の上に、立て掛けている銅鏡を見つける。



 (渦がエーテルを吸い込むのをやめました)



 体の周りを引っ張っていた感覚は消え、外の風もピタリと止まったように凪いでいるのを感じる。




 なぜか、蛙や虫たちの声も止まっていた。

 それはまるで、生き物たちが様子を窺うために息を潜めているようにも感じられる。



    

  ――ぎぃ


    

       ――ぎぃ




 俺はその『緑青(ろくしょう)の鏡』であろう、青くなった銅鏡に近付く。



    

    ――ぎぃ


    

       ――ぎぃ




 最悪だな、この鏡、袋に入ってない。



    

      ――ぎぃ


    

    ――ぎぃ




 鏡面にはあまり青い錆が付いておらず、今し方磨きあげたかのように鈍い光を放っていた。



    

      ――ぎぃ


    

    ――ぎぃ




 恐る恐る、鏡面を覗き込んだ。

 そこには冴えない烏帽子(えぼし)を被った中年男が映っている。



(精神攻撃を検知!

 エーテルによるアストラル干渉をブロックしました!

 純友(すみとも)様、危険です!すぐに離れてください!!)



 俺は尻餅をつくように、後ろに倒れる。

 すると背後に向けて、俺の脇を通り過ぎながら何か黒いモヤのようなものが集まっているのが見えた。



(エーテル集中を確認!

 『エクトプラズム』を強制的に作り……実体化に移行しています!)



 嘘だろ、ちょっと待って!

 躓きながらも立ち上がり、黒いモヤを素通りして出入り口へと走る。

 すぐに塗籠(ぬりごめ)の出入り口に辿り着くと、俺は振り返って室内を眺めた。



 尻餅をついていた後ろあたりに、黒いモヤが集中している。




   ――オオオオオオオオォォォォン!!!



          ――オオオオオォォォォォンンンン!!!




 空間に開いた穴のように見える。

 その穴からは空気を震わせる、低く不気味な声が響いていた。



(精神攻撃が弾かれたため、物理攻撃へシフトしたようです!

 『緑青(ろくしょう)の鏡』の鬼が実体化します!!)



 Yuiさんの声が終わるか終わらないかのタイミングで、丸太ぐらいはありそうな青白い腕が黒いモヤから出てくる。




    ――ずるぅぅぅり




 牛の母体から子牛が捻り出されるように、生の肉塊のような質感で床にドスリと落ちる。


 長い爪の生えた異様に長い腕――

 長い髪――

 穴のような目と口――



 明らかに生物として異様なものが、粘液を撒き散らし塗籠(ぬりごめ)の床でのたうっているのだった。





――――――――――





(鬼の質量が大きいので、攻撃を受ければ致命傷になります。

 この場から逃げてください!)


 

    

      ――ギシッ


    

    ――ミシ ミシッ


            ――ギッ





 床を鳴らしながら、実体化した鬼は両手を付いて起き上がる。


 頭は梁まで届くほど高い。

 類人猿のように長い両腕を前足のようにして立っていた。


 長い髪の毛が滝のように垂れ下がり、粘液と絡まったそれは酷く不潔に見える。


 鬼はこちらを見ながら、黒い穴のような口を縦に大きく開いた。




   ――オオオオオオオオォォォォン!!!



          ――オオオオオォォォォォンンンン!!!




 法螺貝のように空気を震わせる音。

 その振動を鼓膜や皮膚で感じる。




     ――ぶ おぉぉ ん

 



 鬼は片手を振る。




          ――ドンッ




 俺の横にあった立派な柱に、小太刀ほどもある爪が食い込んでいた。



    

      ――パラパラッ


    

    ――ミシミシッ




 屋根が揺れている。

 埃と土が天井からパラパラと落ちていた。


 鬼は体を制御しきれていないのだろう。

 柱に爪が食い込んだのは予想外のようで、鬱陶しそうに爪を引き抜こうとしている。



(早く距離を取ってください!)



 Yuiさんの声。

 呆然としていたが我に返り、屋敷の外へ走る。



 くそっ、ダメもとで――



 俺は逃げながら『聖なる矢』を鬼に向けて投射した。



 鬼まで一直線に進む矢。

 その矢は当たるが、鬼に刺さることはなく足元に落ちて燃えた。




   ――オオオオオオオオォォォォン!!!



          ――オオオオオォォォォォンンンン!!!




 矢自体は刺さらなかったが、浄化の炎は少しは効くようで、柱から引き抜いた腕で床に落ちた炎を払う。


 効果がないわけではないが、十分なダメージを与えられているかは疑問なレベルであった。



(とにかく、庭に出ましょう。そこまで来ることはできないはずです――)



 Yuiさんの助言を素直に聞いて、俺は外に出ることにした。





――――――――――





(『浄化の炎』『エクトプラズムの矢』では、実体化した鬼にダメージを与えることは無理なようですね。

 『エクトプラズム』にも質量はありますが、『聖なる矢』程度のものですと小石をぶつけたぐらいにしかなりません。

 やはり実物の矢ぐらい、物質としての質量がなければ、肉体を持った鬼には刺さりません)


 矢や刀を持ってきておくべきだった。

 俺は今まで『エクトプラズム』製の鬼としか戦ったことがない。

 まさか物質化する鬼がいるとは思ってもなかった。



 ――俺はとりあえず寝殿造の建物から出て、庭にいる。



 ここは湿地帯なので床が高く、俺の身長より少し高いぐらいの高床式に作られていた。

 なので庭に出てしまえば、奴の視線から隠れることができたのだ。


 しかし、奴は追ってこない。

 これはどういうことなのだろうか?



(『緑青(ろくしょう)の鏡』をスキャンしてわかったことがいくつかあります。

 奴は鏡面に映った範囲を把握し、アストラル界にコピーした部屋をエーテルで作っていますね)



 ううん?

 それはつまりどういうことだ?



[DISPLAY] -----------------------------


   物質界

    ⬜︎

 ───┼───(次元の壁)(鏡の鏡面)

    ⬛︎

  アストラル界


----------------------------------------



(⬜︎が鏡に映っている範囲で、⬛︎がエーテルでコピー再現された空間です。

 以前話した隠世(かくりよ)を作り出しており、そこがかの鬼の棲家となっているのです)



 ――『隠行術(おんぎょうじゅつ)』みたいなこと?



(はい、ただ純友(すみとも)様が使っている『隠行術(おんぎょうじゅつ)』は『九字』による結界で自身を包み『摩利支天(まりしてん)』関数により、アストラル界方向へとズレているので規模が小さく限定的です。

 結界の範囲や作りが違うので、宇宙服を着て宇宙空間に居るのと、スペースコロニーを作って中に居ることぐらいの差がありますね)



 ――そ、それは結構違うな……。

 そういえば『隠行符(おんぎょうふ)』を使ってるのに、見つかったし。

 それも関係あるのかな?



(アストラルエネルギーへの感応力が高いのでしょう。鏡に映る範囲に近づけば感知されますね。

 『緑青(ろくしょう)の鏡』は鏡の鏡面という窓からコチラを伺っているのです)



 ――でも鏡の鏡面を窓にして覗いているなら視界は平面的だよね。

 何か衝立のような物があったら、その向こう側は再現できてないの?



(現状、今まで鏡に映っていた範囲を隠世(かくりよ)で再現していますので、後から追加された衝立で視線を遮るぐらいでは、こちらの動きは把握されてしまいます。全体を遮るぐらいの勢いでなければ無理ですね。

 ただ、元から存在する物陰、つまり入り口のある壁の陰は再現されていないようで、鬼はそこへ入ることができません。)



 ふむ。なるほど。

 ・敵は鏡の鏡面からこちらを見てる。

 ・アストラル感応力が高いから『隠行符(おんぎょうふ)』で近づくのは無理。

 ・今まで写って見えていた範囲を隠世(かくりよ)で再現しているので後から持ってくる物では視界を遮ったことにはならない。



 ――あ、鬼が鏡持ってこっちに来たら、向こうさんは見放題なんじゃない?

 ヤバそうなのだが……。



(もう一つ分かった点でもあるのですが、あの物質化した鬼はあの鏡に映る範囲でしか顕現できません。『緑青(ろくしょう)の鏡』は映った⬛︎の世界の中でしかエーテルを操作できないようなのです)



 ――え、だって現にそこに鬼作れてるけど、どういうこと?



(少々複雑ですが、鏡に映った世界で鬼を作り、コチラの世界で鏡の映した範囲にだけ、「量子もつれ」を使い、コチラの世界に再現しているのです)



 「量子もつれ」……。

 高卒にも分かるように説明してほしいのだが、まあそういう便利な力があるのだろう。



(この「量子もつれ」の状態を保つためには、再現した鏡の世界と、鏡が映している世界が一致していないと無理なのでしょう。鏡を持って移動するなら、また鏡で映し取った世界を、エーテルで作らなければなりません。

 ただ、それをすると、その前に鏡面世界とコチラの世界の「量子もつれ」は解けてしまい、今出ている鬼は崩壊してしまいます)



 ――おお、じゃあ壁の後ろからドッカンドッカン蹴ってやればいいんじゃない?



(塗籠(ぬりごめ)内では、ちゃんとした台に立てられていましたよ。

 壁からは少し離れていたようですし――純友(すみとも)様の力では朝になっても無理だと思います)



 ――ぐぬぬ。じゃあ天井から侵入は?

 向こうも見えないんじゃない?



(純友(すみとも)様が忍者のようにステルスで近寄れるなら可能性はあるかもしれません。

 ただ、ご存知の通り、『隠行符(おんぎょうふ)』といえど、屋根を軋ませたりすれば音は鳴ります。警戒されている今、気が付かれないということはないでしょう。

 それに、そもそも慣れない高所へ登るのは、滑落による物理ダメージのリスクが高すぎます)



 八方塞がりすぎる。

 しかしどんどん夜明けは迫ってるわけで、このまま手をこまねいているとすぐにタイムアップだ。


 このまま、打つ手もなく朝を迎えるしかないのだろうか。







【第十二話・用語解説】


■ 平安用語・神道用語


・菅原道真(すがわらのみちざね)

平安時代の貴族・学者・政治家。昌泰4年(901)に大宰権帥として大宰府へ左遷され、延喜3年(903)に没した。死後、落雷や疫病などの災異と結びつけられて怨霊として恐れられ、やがて「天神」として信仰されるようになった。本作では、承平元年(931年)の時点ではまだ北野に祀られていない。


・北野天満宮

菅原道真を祀る神社。北野の地に天神を祀ったのは天暦元年(947)とされる。本作の時代である承平元年(931年)には、まだ創建されていない。


・天神地祇(てんじんちぎ)

天つ神と国つ神、すなわち天上・地上の神々を指す言葉。「すべての神々」という意味でも用いられる。


・磐座(いわくら)

神霊が宿る、あるいは神が降臨する場所として信仰の対象となる岩・岩石。神社の社殿を持たず、自然物そのものを神聖な対象として祀る信仰とも関係する。


・依代(よりしろ)

神霊が依りつく対象となるもの。樹木・岩石・鏡・幣など、さまざまな物が依代となり得る。本作では、神や怪異が物質界に存在するための「器」という意味でも用いている。


・寝殿造(しんでんづくり)

平安時代の貴族住宅に見られる建築様式。敷地の中心に寝殿を置き、その周囲に対屋などを配置し、南側に庭園を設ける構成が基本となる。寝殿内部は恒久的な間仕切りが少なく、母屋の一部などを板壁で囲んで使用することもあった。


・檜皮(ひわだ)

檜などの樹皮。建築では屋根を葺く材料として用いられ、「檜皮葺」の屋根を作る。平安時代の建築にも用例が確認されている。


・垂木(たるき)

屋根を支えるため、棟から軒先へ向かって渡す材木。屋根の下に規則的に並べられる。


・御簾(みす)

細い竹などを編んで作った垂れ下げる形式のすだれ。貴族住宅などで目隠しや仕切りとして用いられた。


・几帳(きちょう)

布を垂らした移動式の仕切り・目隠し。平安貴族の住宅や宮廷などで用いられた。


・塗籠(ぬりごめ)

寝殿などの内部に設けられた、壁などで囲まれた閉鎖的な空間。本作では廃屋となった寝殿の内部に残された、四方を囲まれた小部屋として登場する。


・烏帽子(えぼし)

古代から中世にかけて男性が着用した冠り物。平安時代の貴族男性などにも広く用いられた。


・銅鏡(どうきょう)

青銅製の鏡。古代日本では中国大陸などから伝来した鏡や、国内で製作された鏡が祭祀・儀礼・威信財などとして用いられた。


・緑青(ろくしょう)

銅や銅合金の表面に生じる緑色系の錆・腐食生成物。本作では、この緑青に覆われた銅鏡が怪異の依代となっている。



■ 現代知識


・量子もつれ

複数の量子系の状態に強い相関が生じ、それぞれを独立した状態として扱えなくなる量子力学上の現象。本作では、現実の量子力学を厳密に再現するものではなく、鏡の世界と物質界の状態を結びつける作中SF上の説明として使用している。


・関数(かんすう)

あらかじめ用意された計算やデータ処理の数式・プログラムのことです。本作では、日本語社会OSに組み込まれた機能・処理を指す。怪異や神仏なども、条件が揃うことで実行される「関数」として捉えることができる。




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※AIを文章の校正・改稿、設定整理、資料調査、アイデア検討等に活用しています。また、一部の本文にはAIが生成した文章を直接使用しています。物語・世界観・登場人物・展開等の創作および最終的な文章の判断は作者が行っています。

※本作に登場する仏教用語・哲学用語・科学用語は、実在する思想・学説・科学的知見を参考にした、作中独自の解釈です。現実の思想・学説・科学的見解を厳密に説明するものではありません。

※本作に登場する歴史上の人物・出来事は、実在の史実を題材としておりますが、人物像・人間関係・行動・出来事などに作中独自の創作・改変を含みます。史実とは異なる部分がありますので、歴史創作としてお楽しみください。

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