第八十五話 魔道具の縁。そして、華丘家の子供たち。
『菊理姫様!お導きを!』〜定時で帰りたい領主は、今日も魔法犯罪に追われます。〜
主人公櫻子とヒロの出会い編スタート!
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時系列
〜しくじり元公爵令嬢とこじらせ忌守君〜
〜英雄の誕生〜 ←鬱展開あり閲覧注意
〜定時で帰りたい領主は、今日も魔法犯罪に追われます〜
深い深海のような深藍の縁から、悲しいメロディが聞こえる。
鯨の鳴き声だが、そこには子供を思い泣いている姿が俺の脳に映し出される。
そして、深藍の縁からはポタポタと涙がとめどなく溢れていた。
「……田中殿?」伊能の声が聞こえた。
「なんや」
「その化け鯨は、何を訴えているのでござるか?」
「子供を助けてくれ、ってな」俺は、ゴーグル越しに化け鯨の瞳を見つめながら答えた。
「子供……?」
「せや。ただ、具体的に何があったかまではわからん。強すぎる想いが縁に残って、それが見えとるだけや。記憶を再生しとるわけやない」
伊能は、手帳に何かを書き込んだ。
「つまり、化け鯨の身に何が起きたのか、誰がこんな状態にしたのかは不明ということでござるな」
「そういうことや。俺にわかるんは、こいつがひどく悲しんどるってことぐらいや」俺はゴーグルを外した。
これ以上見ていても、答えが出るわけやない。
「それにしても……」
ブルーシートの上に置かれた魔道具を見下ろす。
ガータロの毛皮に、カッパ族の嘴。そして、化け鯨の瞳。
一つの魔道具に、複数の種族の素材が使われている。
しかも、俺の目には、それぞれの縁が複雑に絡み合っているように見えた。
「これ、誰が作ったんやろな」
胸糞悪い魔道具だ。
人の手で勝手にそいつの意思も何もかもねじ曲げて作っているのがわかる。
俺も素材を扱うときに縁を見るし、そいつの生き様の片鱗を確認するが……。
市場に出回っているやつや任務で回収したやつは、
基本、魂は残らんと霊世へ旅立った後だ。
こんなに残滓を残してるのに無理やり縁を結んでいるなんて。
外道のすることや。
「製作者については、まだ特定できておらぬでござる」
「こんな素材を集めて、わざわざ魔道具に加工する。しかも、ガータロの連中に運ばせとったんやろ?」
「その可能性は高いでござる。ただし、彼らが製造にも関与していたのか、単に運搬を請け負っていたのかは、まだわからぬ」
「製造に関しては無理やと思うで」
「なぜそう思うのでござる?」
「お前……人間の皮はいで、加工できるか?死んだ仲間で?」俺が、思わずタバコを咥える。
そうして、ジッポを躊躇いなく擦った。
ごくりと伊能の喉が鳴る。
携帯灰皿を出す。禁煙とか知らん。
肺の中にタールを詰め込んでそれを胸糞悪い気分と共に吐き出す。
「そんなこと………」伊能が言い淀む。
「魔道具を作るってことはそういうことに直面するんや。だがら、素材には最大の敬意と尊厳を持って扱わんといけん。こん胸糞悪い魔道具はそのどちらもない」そう言いながら、ブルーシートに広げられた上に乗った魔道具を顎で指す。
ーーーチラリと目線を移した時。
ブルーシートの上で皮を剥がれてさめざめと泣いているガータロ達。
嘴が掛けて顔を抑えたカッパ。
そして、全てを奪われて自分の意思すら空気に溶けてしまいそうな化け鯨。
そんなものが一瞬見えた気がした。
俺は腕を組んだ。
運び屋が中身を知らんかったからといって、運び屋の背後にいる人間まで何も知らんとは限らん。
逆に、運搬を指示した人間が製造元とも限らへん。
結局、今の段階では何も断定できんわけや。
伊能を見る。口元を抑えている。
俺の話を聞いてことの残酷さに目が向けれたか?
「まずは、この魔道具がどこから来たのか。そこを調べる必要があるな」
「田中殿………ククッ」伊能の様子がおかしい。
無言で伊能を観察する。
「じゃ……相手は地獄の業火に飲み込んでいいのでござるなぁ」
オタクファッション。
ダサい緑のペーズリ柄のバンダナの下にある山吹色の瞳に魔力がこもり赤黒く光を放つ。
「せやな。俺は裁き方までは知らん。それは、騎士団の仕事やろ?」
そう言って、またタバコを咥えて煙を吐いた。
こいつは死神にならんと生きていけんタイプか……
櫻は鬼女。俺はなんやろうな?
伊能が大きく深呼吸をした。そうして、資料を一枚取り出す。
「それで、田中殿。今回の事件とは別に、もう一つ確認しておきたいことがあるのでござる」
切り替えて、無害なオタクに戻った。
「なんや?」
「華丘千尋という人物についてでござる」
その名前を聞いて、俺は顔を上げた。
ポイズンリング。
あの指輪に残されていた記憶。
顔を変え、名前を変え、年齢までも変えて生き抜いた青年。
その人生の果てに、死場所が待っていた。
「以前の資料にも目を通したでござる。あの人物の経歴には、まだ確認できていない部分が多い」
伊能はテーブルの上に資料を広げた。
「今回の魔道具と華丘家が関係していると判明したわけではない。ただ、千尋という人物について、まだ調べる余地があるのではないかと思ったのでござる」
「なるほどな」
俺は資料に目を落とした。
ガータロの事件と、華丘千尋。
今のところ、二つを直接結びつける証拠はない。
せやけど、どちらも調べずに放っておける話やない。
「まずは千尋の経歴を整理しよか。何が記録に残っとって、何がわかってへんのか。そこからや」
「承知したでござる!」
伊能が勢いよく返事をした。
……今度こそ、真面目に仕事を進めてくれよ。
俺は小さく息を吐き、華丘家の資料に手を伸ばした。
「わかっておること教えてくれや」そう言いながら、資料に目を落とした。
そうして、タバコをもう一口吸ったら携帯灰皿に押し付けて火を消した。
「御意!」元気よく答える伊能。その顔は人畜無害なオタクだ。
伊能がバインダーを出す。
「まず、華丘家について、紀州の那賀・西野山の華族のーー。」
「その辺の歴史は飛ばしてくれや。今は関係ないやろ。その一族の屋敷は俺らが報告した通り……今は空き家になっとるな?」俺が資料を見ながら話す。
「御意。急ぎ騎士団が確認しました。でも………」
「でも?」
「どうやら、櫻子殿の……結界が強くて入れなかったそうでござる」
Oh……。櫻の結界ならありえるな……。
「これは、本人連れて那賀に行かんといけんな……徳田さんに承諾を得てくれや」
そうして、資料の気になるところを質問する。
「千尋以外にも生き残りが何人かおるんか」
「御意。華丘家は紀州でも大きな一族でした。華丘家の全員の子供全員は助かりませんでしたが……生き残りも何人かおります」伊能が資料に目を落とす。
「お前は……おったん?内乱に?」
俺は………頭から血を被っているオタクを見つめた。
オタクファッションだが、人を何人も殺してきた匂いと仕草と足捌き。
それをうまく隠している男。
こいつはこのまま大きくなったら厄介な男かもしれん。
「………行ったことないでござる」血まみれの男が作り笑いをしてこちらに話しかけてきた。
「ふ〜ん」俺は、無意識に結界の魔道具と靴に仕込んでいるナイフを出しやすくする。
「って、嘘は見抜かれましたな!流石!“氷血の鬼女”のナイトですな」そんなことを伊能が言う。
なんやねん。こいつ。目を細めて伊能を観察する。
手に微かに魔力が込められている。
おうおう……ここでやり合うんか?
「試していたんかい……それに、その厨二病みたいな二つ名どうにかならんの?」
「そうでござるか?格好いいでござろう!拙者がいつも考えております!」そう言って、魔力を解除して胸を張る伊能。
お前かよ。厨二病あだ名の発信源……。
俺はため息をついた。
「俺は、ここでお前とやり合いたくない。興味本位で内乱のことを聞いて悪かったわ。事件の話に戻ろうや」
資料をトントンと指で叩く。
「ここにいる内乱の生き残りに何か聞けやんか?」
「どうでござろうなぁ……華丘家の残党。大人は魔封じのバックルを常につけるように呪われております。その時に安宮派と華丘家ことを自白したから死刑は免れたでござる」
「司法取引としては妥当よな。子供は?」
「子供は基本お咎めなしであります……当時の助かった子供たちの年齢も中学生以下が多いでござる……」
でも、その中学生と変わらんぐらいの年齢のお前は戦場に駆り出されておったんやろ?
心の中でそう呟く。
「一番、年上で……華丘瑠璃?」
ちょうど千尋と同じぐらいの年齢だ。
「この子に聞けやんか?」
「その子は……喋れないでござる……」伊能の顔が苦しそうだ。
そうして、下を向いてしまった。
華丘瑠璃。12歳。現在は外宮の中学校に通学している。
「正確には、喋れないではなくて……他人に話すことができないのでござる。特に騎士団には…」
「教育伝達者辺りに協力してもらって聞き出せん?」
「華丘瑠璃殿は今でも紀州にいるでござる。でも、紀州なので……人はおりますが……」
「みんな働きたくないと」俺が遠い目をした。
俺が櫻と組む理由を思い出す。
「なんか全部が紀州に集まっとるな……」
「え!?」伊能が素っ頓狂な声をあげてこちらを見る。
「だってそうやん。ガータロの事件も華丘家もマッチングアプリの被害者も……あ!初めに失踪者が多かったのも紀州やな!」
ガタンっと立ち上がる伊能。
俺が驚き後ろに体を引く。
「田中殿は鋭いでござる!」
「はぁ?」
「すべては紀州で起きている!」
メガネをクイっとあげ、ビシッと指を差しポーズをする伊能。
俺は口が空いてしまった。
「早速!捜査本部を紀州に置けないか徳田隊長に話すでござる!」そう言って、俺の手を取るとブンブンと手を振ってきた。
「え?捜査本部を本格的に紀州に置くんか?」俺の背中に冷たいものが走る。
「そうでござる!これほど証拠が揃っているのに帝都に置いている方がバカでござろう」
そうして、やれやれと言ったように肩をすくめた。
いや、気がついたの俺なんやけど……。
あの徳田って隊長と櫻が再び?
俺は、演習で山一つを吹き飛ばしたことを思い出す。
【マゼルな!キケン!】の文字が脳裏に浮かぶ。
「さ…櫻はしばらく休みよなっ?」肝心なことを聞く。
「どうでござろう?徳田隊長次第でござるな!」そう元気よく言われた。
俺の魔素神経がビービー警告音を鳴らしはじめた。
その警告音を心の中で聞きながら、これからはじまる地獄を予想する。
そうして、全力で表向きの仕事が忙しいを理由に逃げれないか頭をフル回転するしかなかった。




