第八十四話 深藍の縁
『菊理姫様!お導きを!』〜定時で帰りたい領主は、今日も魔法犯罪に追われます。〜
主人公櫻子とヒロの出会い編スタート!
毎日23時更新!
時系列
〜しくじり元公爵令嬢とこじらせ忌守君〜
〜英雄の誕生〜 ←鬱展開あり閲覧注意
〜定時で帰りたい領主は、今日も魔法犯罪に追われます〜
奥の部屋は、外の喧騒が嘘のように静かだった。
白いテーブルに、ピンクのハートをあしらったメニュー表。
そこにアニメキャラのぬいぐるみなどが置かれてる。
「田中殿!まずはドリンクを注文するでござる!」伊能がメニューを開いた。
「いや、先に仕事の話やろ」
「何をおっしゃる!仕事の前には糖分補給が必要でござる!」真剣な顔でこちらを見てくるオタクイケメン。
「お前、さっきからメイド喫茶に来たかっただけちゃうんか?」華族の子爵ということを忘れて俺の声が荒くなる。
「心外でござるな!拙者は公私の区別をつける男!」そう言いながら、伊能は迷いのない手つきでメニューを指さした。
「ミルフィ殿!拙者はいつもの『きゅんきゅん♡お絵描きオムライスセット』を!ドリンクは、いちごミルクでお願いするでござる!」
「かしこまりましたぁ♡田中様はどうされますかぁ?」ミルフィの甘ったるい声がする。
「……カフェラテで甘いやつ」頭が痛い…。俺も糖分が欲しい。
「かしこまりましたぁ♡それでは、ご主人様たちに愛情を込めて、お料理つくりますねぇ!」そう言い、一礼して部屋を退出する。
メイド喫茶より、クラブのVIPルームかストリップ劇場の方が落ち着く……。
おれは、ため息をついた。
そして、タバコを出す。
「田中殿!ここは禁煙でござる!」伊能に注意された。
仕方なくタバコをしまう。
「で?どこまですすんでるんすか?」俺が腕組みをして話す。
「それは、拙者の質問でござる!」
「はぁ?報告資料にあげた通りやけど?」
「違うでござる!」そして、下を向く伊能。
「……?」
「最近……櫻子殿から……処女膜から声が出てないでござる……」
とんでもねー、ワードが伊能の口から飛び出してきた。
「はぁぁぁ?キショいで!自分で何言ってるかわかっとんのか?」
それに、俺は櫻が他の男からそんな風に見られてるのがたまらなく、腹立たしく思ってきた。
思わず、テーブルを叩き伊能を見る。
自分の目に魔力が集まってくるのがわかる。
あかん!抑えへんと!
櫻はセフレや。仕事仲間や。
それだけの関係やろうが。
なのに、なんでこんなに腹が立つ。
顔がいいから、変な男が寄ってくる。
わかっとる。そんなことは、わかっとる。
それでも――許せねえ
「ひぃ!?」伊能が身を縮める。
「お前……それ色々覚悟して言うてるんやろうなぁぁ?」俺の声が自然と低くなった。
そして、腰に隠してるコンバットナイフに手が伸びる。
「たっ田中殿!すまないでござるぅ!でも!!拙者も!!譲れないでござる!!」そう言って、涙目で俺を見てくる伊能。
落ち着け俺。
何をムキになってやがる。
腹から煮え繰り返りそうな魔力をなんとか抑える。
「田中殿、わかっておらぬ!櫻子殿は綾瀬翠嬢に似ておられるのでござる!特に横顔!目元から鼻筋にかけてのラインが……いや、笑ったときの口元も捨てがたい!」早口で捲し立てる伊能。
「知らんわ!誰やねん!その綾瀬って奴!?」俺が、コンバットナイフを抜いて伊能の首元に近づける。
「ひぃ!ここは神聖な場所でありますぞ!そのような物騒な物はーー。」
「気色悪い話してきたんわ、お前やろうがぁ?」俺の魔力で部屋が少し揺れた。
これ以上はやばい。
しかし、感情が抑えられん。
「た、田中殿!落ち着くでござる!拙者は別に、櫻子殿をどうこうしようなどとは……!」
「ほぉぉ?ほな、なんであいつの顔をそんな細かく観察しとんねん?」ナイフの切っ先を、ほんの少しだけ近づける。
伊能の喉が、ごくりと動いた。
「そ、それは……!顔の造形を分析するのは、オタクとしての基本的な素養でござる!」
「知るかぁぁぁ!」
テーブルを叩く力が強くなる。
バンっと跳ねる。そして、落ちるアニメのぬいぐるみ。
「あぁ!拙者の嫁が!」素早く空中でそれを掴む伊能。
その動きは流石、中央騎士団オロチのメンバーやな。
「さっ櫻子殿はこの澪!拙者の嫁の中の人に似ているのでござる!櫻子殿をどうこうしたいとは思ってないのでござる…」
「中の人?」意味がわからなくて聞き返す。
「声優のことを指すでござる!ほら!」そう言うと、伊能はスマホを見せてきた。
大きなウェーブの黒髪。
スッと通った鼻筋。
落ち着いた表情。
なるほど、櫻の劣化版みたいな顔してる。
「この綾瀬 翠殿の……ピヨッターが最近、更新頻度が落ちている……」そして、下を向く伊能。
そんな、姿をみてなぜか無性にバカらしくてナイフを腰に収め直す。
「それが、どうしたって言うねん」
「男が出来たかもしれない…」ボソッと話す。
「はぁ?」
「男が出来たかもしれない!澪!俺の嫁からも処女膜から声が聞こえない!」クワッと目を見開きこちらを見てきた。
「はぁ?そんなのわかるわけねーだろーよ」
「しかし!投稿頻度が落ちるということは、生活環境に何らかの変化があった可能性が――!」
コンコン。ドアがノックされた。
「ご主人様ぁ♡お待たせいたしましたぁ!」扉が開き、ミルフィがトレーを持って入ってきた。
甘い香りが部屋に広がる。
「こちら、雅人様のきゅんきゅん♡お絵描きオムライスセットです!そして、田中様のカフェラテでございますぅ♡」
テーブルの上に置かれたオムライス。
そして、ケチャップを持つミルフィ。
「今日の魔法は何にいたしますかぁ♡」
「今日は、ぬこたんを描いて欲しいでざる!」
「かしこまりました!」そう言って、目の前でハートと猫の絵を器用に描くミルフィ。
黄色い卵の上には、ケチャップで描かれた大きなハート。その横には、かわいらしい猫の顔が見事に現れた。
「おおおおっ!ミルフィ殿!本日も見事な作品でござる!このハートの曲線!猫の耳の角度!実に素晴らしい!」
「きゃーっ♡ありがとうございますぅ!」
……こいつ、さっきまで推しに男ができたかもしれんと絶望しとったんちゃうんか。
立ち直りが早すぎるやろ。
「それでは、ご主人様♡おいしくなる魔法をかけましょうねぇ!」
ミルフィが両手を胸の前で合わせる。
「萌え萌え、きゅんっ♡」
「萌え萌え、きゅんっ♡」
伊能も即座に両手でハートを作った。
帰ってええかな…?
もしくは、特別手当を請求したい。
ミルフィが一礼して部屋を出ていく。
カチャリ、と扉が閉まった。
「……で?」俺はカフェラテをひと口飲み、向かいの男を見た。
伊能は、スプーンを握りしめていた。
「ん?」
「ん?やないわ。仕事の話や。華丘家の件、どこまで調べとんねん」
「んむ……」
伊能はオムライスを頬張りながら、リュックからバインダーを取り出した。
「田中殿、これをご覧くだされ」伊能が口を動かしながら話す。
「飲み込んでから喋れや!」俺が、華族の子爵様にマナーについてたしなめた。
櫻がいたら、氷嵐が叩き込まれるぞ…。
「んぐっ……。失礼したでござる」ごくり、といちごミルクを飲み干す。
それから、伊能はテーブルに数枚の資料を広げた。
さっきまでの浮かれた様子が、ほんの少しだけ影を潜める。
「今回の紀州ガータロ族違法就労及び組織的関与事案。表向きは、ガータロ族が不法な労働に従事し、何らかの物資を運搬していたという話でござる」
「そこまでは報告書で読んだわ」
「問題は、彼らが何を運んでいたのか、そして誰の指示で動いていたのか……本人たちが、ほとんど把握していなかったことでござる」伊能はスプーンを置いた。
「中身は?」
「明らかに違法な薬物と……我々にはわからない魔道具。だから田中殿の知識が必要と徳田隊長は申しておりました」
そう言い、写真を見せてきた。
ウエットスーツのような物。
しかし、茶色い毛皮でつくられてる。
それに……マスクは嘴か。
ゴーグルも特殊やな。
「現物はあるか?」
「ここに…」
床の上に青いブルーシートが広げられた。
そうして、白い手袋をするとリュックサックから先ほどの魔道具の現物を出す。
おれは、メガネからゴーグルに変えた。
そして、自分も黒い手袋をする。
そして、魔道具の縁を見た。
間違いない…。ガータロの毛皮だ…。
しかも、これ一つでガータロの縁が10人分も絡まってるな…。
俺は細く青い縁の糸を数える。
嘴を見る。これは、カッパ族やな。3人ってところか…。
そして、つなぎ目をみて驚く。
「化け鯨の材料まで使ってるで…これ」
「化け鯨なんて!簡単に捕まらないであります!何かの間違いではござらんか?」
「……そう思いたいがなぁ。このゴーグルにも化け鯨の縁を感じる」
そう言って、伊能にゴーグルを差し出した。
「このプラスチックみたいな素材…化け鯨の瞳や」
「なんで!そんなことがわかるのでござる?」何故かメモ帳を取り出しながらそんなことを尋ねてきた。
「……心臓、脳、瞳……後は手やな。そんな部位は元の生体の記憶と縁が出やすい。それで……この化け鯨の元の正体は…」
そうして、俺はゴーグル越しに見えてることを伝える。
「子供を助けてくれって縁を震わせて泣いておるわ」
深い深海のような深藍の縁から悲しいメロディが聞こえる。
鯨の鳴き声だが、そこには子供を思い泣いている姿が俺の脳に映し出される。
そして、深藍の縁からはポタポタと涙がとめどなく溢れていた。




