第八十一話 とある一族の終焉
『菊理姫様!お導きを!』〜定時で帰りたい領主は、今日も魔法犯罪に追われます。〜
主人公櫻子とヒロの出会い編スタート!
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時系列
〜しくじり元公爵令嬢とこじらせ忌守君〜
〜英雄の誕生〜 ←鬱展開あり閲覧注意
〜定時で帰りたい領主は、今日も魔法犯罪に追われます〜
ポイズンリングの傍らに立つ小さな貴婦人は、俯いたまま動かない。
先ほどまで毅然とした態度で話していた彼女の肩が、小さく震えている。
握りしめた扇子。
その美しい指先が、込められた想いによって白く変色する。
付喪神がこれほどまでに憂いるなんて………。
華丘家。そして、華丘千尋とはどんな人物だったのだろう?
「わたくしは……初めて華丘の者を殺しましたわ。わたくしの毒で……千尋を」震える湿った声でそう静かに告白した。
「千尋はわたくしを磨きながら……こう、話していました」そうして、俺の方をゆっくりと向く。
指輪の貴婦人の長いまつ毛には涙が絡まり光っている。少し赤くなった目元に高揚した頬がほのかに桃色に色づいていた。
そうして、美しい声でこんなことを発した。
『なんであの時、殺してくれなかったんやろ』
その言葉を聞き、胸の中にある。普段見ないことにしている“人殺しの罪悪感”が見え隠れした。
「どう言うことかね?」三条さんが尋ねた。
「景房が殺された時………千尋は9歳でした。こちらをご覧になって」
そう言うと、婦人は自身の手に魔力を込めて何もない空間に銀色の霧状の魔素を出現させた。
銀の霧が形になってゆく、ガスマスクをした女性に……対面には中年の神経質そうな男性……。
霧の濃度が濃くなっていく、華族の執務室のような部屋に男。
そして、机の陰に隠れている少年。
すごいな……どんな魔力操作やろう?
ガスマスクの女性が男にトドメを刺した。
絶命する男。そうして、ゆっくりと机の後ろに回る。
「ひっ!」少年から声が漏れる。
涙目で腰を抜かし、その場にへたり込んでいた。
女性がガスマスクを取る。櫻の可愛らしい顔が見えた。
一瞬、少年の顔が驚きに満ちた。しかし、櫻の血まみれのハサミを見ると再び恐れをなし、震え出す。
「逃げなさい。大和軍がやってくる。君は嫡子だろ?処刑対象だ」静かに眉も動かさず、櫻が冷たく言い放つ。
「で、でも、どないして……」少年が歯を震わせながら答える。
「親の業を子が背負うことはない。私はそう考えるだけだ。逃げろ。その先は知らない」そう言って、部屋を後にした櫻。
呆けていた少年が、意を決したように目に力が入る。立ち上がり、ドアに駆け出す。
しかし、何かを思い出し振り返る。
「お祖父様の指輪!」
そう言うと、男の手から指輪を抜いた。
そこで、銀色の霧は空気に溶け、消えていった。
「千尋にとって……このポイズンリングは父親より祖父の記憶の方が鮮明だったようだわ
……指輪をひい抜いた指は父の景房だったけれども」
「その……祖父は確か……」丸山さんが目を細めながら話す。
「ええ、息子。千尋の父ね。景房に殺されたわ。大和側か安宮側かで揉めて」婦人が静かに続けた。
華族の親子喧嘩は時に殺人まで発展するんか。物騒やな。
「その後……千尋はどうしたんや?確か、旧華族子息の救済法案が可決されて保護されておったはずやで」三条さんが、婦人に声をかけた。
「………そうでしたのね。千尋はそうは思わなかったようだわ。言葉よりこちらの方がいいでしょう」婦人は、再び手に魔力を込めて銀色の霧を出した。
俺らはそれを見る。
ーーーー。
小さな引き出しがたくさん並んでいる箪笥を開けたり閉めたりしている少年。
内宮の薬局やな。薬箪笥なんてものは内宮でしか見たことがない。
少年は清潔な白いスクラブを着ていた。
そこに初老の男性がやってくる。
「キヨが来てから助かってるわ。最近は、魔法生薬に詳しい者はほとんど内乱に向かったやろ。ほんに助かったわ」そう言って、少年の働きを褒める。
「俺もじいちゃんに拾ってもろうて良かったです。こうやって、働きながらまた薬の勉強できるんやもん」そう言って、キヨと呼ばれた少年は箪笥の中に生薬を入れていく。
「…………なぁ、キヨ。キヨは本当に華族とちゃうんか?」神妙な顔の老人が話す。
少年の手が止まる。その指にはポイズンリングがはめられている。
大きいのだろう。親指に無理やりはめている。
「俺は、そんなお華族様とちゃいますよ」そう取り繕って笑顔を見せる。
「前にも話したやないですか。内乱に巻き込まれて両親亡くなったんです。親は二人とも側仕えやったんで……ほいで、俺の躾も厳しかったんですわ」そうして、また生薬を箪笥にしまい始めた。
「それならええんやけど……最近な、旧華族の子息を然るべき所に送ろうって法案が出てなーーー」
銀色の霧が渦まく。
真っ暗な月明かりもない夜。
書き置きを机の上に置く少年。
そうして、静かに部屋を出ていった。
霧が渦を描いが。
次に見えてきたのは、薄暗い路地の光景だ。
頭上を走る高架の向こうから、車の走行音が響いている。
雑居ビルの隙間。壁際には、飲みかけのペットボトルにエナジードリンク。そして、ストロング系の缶が転がる。湿った地面には色褪せた段ボールが敷かれていた。
若者たちが数人、思い思いの格好で座り込んでいる。
まだ、未成年なのがわかる子たちがタバコや酒を煽っている。
時折、下品に笑う女の子。ミニスカートから下着が見えるのも気にする様子もない。
浪華の有名な繁華街の高架下。
有名お菓子メーカーぐるみ堂のランドマークの下で“グリ下”と呼ばれる場所。
その片隅に、一人の少年がいた。
年齢は……15、16歳やろうか?
痩せた身体に、大きめの上着。伸びた前髪をコームで上に上げている。
「やっほー、元気?」そうして、集団に声をかけた。
「キヨどこにいってたん?」
「ええ、仕事ぉ。まじ金ねー」そう言って、しゃがみ込む少年。
その手にはポイズンリングがはめられている。
もう、親指ではなく、薬指に………。
「おい!誰か!ちょっと来てや!」若い男の声が響く。
視線の先では、一人の少女が倒れていた。
少年の仲間はダルそうにしていたが、少年だけは、目に力を入れてそちらに駆けていく。
口から涎を出して、痙攣している少女。
瞳孔が開いている。
少年が手早く脈をとった。時計を見てる。
「何を飲んだ?」少年が鋭く側にいた男に尋ねる。
「知らん。気持ちよくなるって話やった。もっと気持ちよくなりたくて……“いっぱい飲もうか”って」男が戸惑いながら話す。
「っ!薬はなぁ!そんなして使うもんとちゃうんやっ!」そう言うと、少女の呼吸を確かめはじめた。
周囲が飲み物を渡そうとしたり、少女の口から薬を吐かせようとする手を振り払う。
そして、回復体位を取らせる。見事な応急処置だ。
そこにサイレンが近づいてきた。救急隊がタンカーと救命具を持って路地にやってくる。
そのどさくさに紛れて、少年が人混みから離れようとした。
「随分、詳しいのね……それに、一瞬だけど治癒魔法使ったでしょ?」少年の手首を怪しい女が掴む。
あの女だ。『ENISHI』というマッチングアプリで“レナ”と名乗っていた女。
そうして、女はゆっくりと少年の手首を自身の顔に近づける。
少年が振り払おうとしたが、力が強いようで虚しく抵抗するのみだ。
女の顔の横に少年の手が掲げられた。
チラリとポイズンリングを見る女。ニタリと笑う。
「華丘家のお坊ちゃんね。貴方」そうして、瞳に魔力が込められる。
深紅の瞳が三日月型に歪んだ。
そこで銀の渦巻きが消えていった。
ーーーー。
「千尋は、こうやって必死に生きてきたわ。そして、最後はあのテロリストに利用されるように……あの子が何を考えて、何を望んでいたのか……わたくしには、すべてを知ることはできませんでした」貴婦人が続ける。
「わたくしがわかることは……テロリストたちは紀州の華丘家の地下にアジトを構えたこと。そして、そのアジトを開くのに千尋の血筋が必要だったこと。それだけですわ」
そこでゆっくりとこちらを向いた。
「でも、こう独り言を話していましたわ……“俺が殺されるなら……あの人やろう。親父を殺したあの人”そう話していましたわ」
「千尋は、持ち主はなんでそう思ったと……わかるか?」なぜ、櫻に殺されたいと思ったのだろう?
死ぬなら一人で死んで欲しいものだ……。
「全てはわかりませんわ。でも、死場所を探していたのと……。お前が逃した男はやっぱり逃す価値なんてなかんだ……そう思わせたかったのかしら?最後の方は酷く疲れていて。そして………」
「手首の自傷痕がすごかったな……」三条さんがPCを覗きながらそんなことを話す。
「ええ………わたくしは、わたくしが毒を盛るのではなく……千尋と千尋の祖父である清博の思い出のこの指輪が華丘家の終焉を運ぶことはしたくなかった……。」そう言いながら、指輪の貴婦人が銀色に淡く光る。
「もう、力がございませんわ。でも、あの娘には勝手な話よね…。自分が手を汚したくないから貴方が手を汚してなんて………。」貴婦人の輪郭がぼやけていく。
「9歳で殺されるはずだった千尋と6年も一緒に入れたのだもの。感謝しなければ……。職人さん」
淡く輝きながら指輪の貴婦人が俺を見た。
「あの娘に感謝をお伝えくださいませ。千尋は、めいいっぱい行きました。次に葦原中国に生まれ変わる時には、平和な世の中でしょうね」貴婦人の輪郭が薄くなる。
「だって、あなた方が作る世の中なのだからーーー。」
そう言って、銀色の霧となり消えていってしまった。
カタンとポイズンリングの蓋が閉まった。
テーブルにはただの指輪だけが転がっていた。




