第八十話 死なずのポイズンリング
『菊理姫様!お導きを!』〜定時で帰りたい領主は、今日も魔法犯罪に追われます。〜
主人公櫻子とヒロの出会い編スタート!
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時系列
〜しくじり元公爵令嬢とこじらせ忌守君〜
〜英雄の誕生〜 ←鬱展開あり閲覧注意
〜定時で帰りたい領主は、今日も魔法犯罪に追われます〜
「………あの娘は何処?」冷たい声が応接間に落ちた。
誰もその声に返事をしない。
先ほどまで漂っていたタバコの煙が、結界に閉じ込められたように、ゆっくりと天井へ昇っていく。
鼻にタバコ独特の苦い香りが部屋に漂っていた。俺の口の中にはメンソールのツンとした味が微かに残っている。その香りと味と櫻のジャスミンの香水の匂いを思い出す。
銀の指輪の傍に立つ、小さな貴婦人。
その姿が精巧な人形のようで、触れれば壊れてしまいそうなほど繊細だ。
けれど、彼女が顔を上げた瞬間から、誰もその存在を無視できなくなっていた。
俺は、無意識に息を止めていたことに気づく。
こんな迫力のある付喪神久しぶりやな。
「あの娘とは……誰のことでしょう?」なるべく言葉を選び声を発する。
「しらばっくれなくても良くてよ!」指輪の貴婦人は俺を扇子で指した。
「そこの男!あなたからはあの娘の魔力を感じますわ!」そうして、腰に手を当てる。
そして、一つため息をついたら扇子を閉じて両手に重ね、胸に添えた。
すっと腰を降り、頭をわずかに垂れる。
銀の巻き髪が、さらりと肩先を滑った。
「申し遅れました。わたくし、華丘清周の指輪の付喪神でございます」
三条さんと丸山さんが驚きの声を出す。
誰だ?その華丘って人?
「華丘家……紀州の名門華族でしたね……。ヒーラーとして」三条さんがそんなことを話す。
「ええ、そうでしたね」指輪の貴婦人が目を伏せながら話した。
「でも……あの男……景房の代を持って遅かれ、早かれこうなっていましたわ」そう続ける。
「少し……お待ちになってもよろしいですか?」三条さんがそういうとメガネを取り出し、自分のPCを操作しはじめる。
「………華丘景房。確かに紀州の那賀・西野山の華族ですね。息子が一人……行方不明。まさか!」
「そう、最後に服毒自殺をいたしました子は息子の千尋ですわ」貴婦人の目から涙がそっと落ちる。
「そんな!彼は現在15歳のはずだ。記録にもそう載っている」三条さんが驚き目を見開く。
「促成薬か……子供を無理矢理大人にする薬があります」俺がつぶやく。
その会話を聞いて丸山さんが俺の顔をまじまじと見た。
「田中……お前………」
「大体はあってます。でも、俺の場合成人してからっす。どうしても若く見えるのは不利なんで」そうして、俺は顎の髭を撫でた。
「そんな薬……普通に出回っておるんか?」三条さんが俺に尋ねてきた。
「裏の方は……でも、普通使わないです。20歳未満で使うのはリスクが大きい、俺も少し使っただけです。最近は、薬が抜けてきたんで髭も薄くなってきましたわ」そう、俺は本来の魔力を取り戻しつつある。
いや、それ以上の魔力かもしれん。
最近、やけに若くなってきたような気がする。
櫻みたいにいちいち年齢確認いやなんだけど……。
「あのガータロの里で死んだのは華丘千尋と言う青年ですわ」指輪の貴婦人がそう言う。
「わたくし、あの娘には感謝してますの」そうして、俺の方を見た。
「ほんまかいな?」眉を顰める。
「本当です。わたくしは……華丘家で“死なずのポイズンリング”と言われてました」貴婦人が自身のリングをそっと撫でる。
「ポイズンリングなのに……死なない?」丸山さんが驚いて尋ねる。
「ええ……大きな戦争や戦を経験しても……この指輪をつけて軍医になれば帰って来れる」そうして貴婦人は下を見た。
「そんな風に言われて私は歴代の当主に引き継がれましたわ」そうして、くるりとこちらを見た。
「そんな力があったん?」俺が尋ねる。そんな力があるならどんなカラクリだろう?知りたい。
「そんなものはないですわ。ただの迷信です。偶然ですの……全部」俺のことをキッと睨む貴婦人。
そうか…残念だ。そんな力をあるなら魔道具を作って……お守りとか作りたい。
「でも、わたくしは嬉しかったの。毒を盛る道具でしかないわたくしを華丘の人々は大切にしてくれましたわ」貴婦人が指輪に寄りかかる。
まるで、自身を抱きしめるかのように。
「そして、お守りとして持ち歩いてくれました。ステイツとの戦いでも、その前のロシア・ツァーリ国との戦いでも……戦の度に危ない目にあいましたが、紀州の地に生きて帰ってきましたの……」
「でも!」そこで、貴婦人は指輪から身体を起こし、扇子をばっと広げた。
「景房だけは違いましたの!?」叫ぶように話す。
「あの男は、華丘家が研究してきたことを逆手に取り……本来、生薬として人の命を助けるはずなのに!その生薬を毒に変え、祈りを呪に変えて多くの人の命を奪いましたわ!」貴婦人が自身が持っている扇子を握りしめた。
「わたくしは悔しかったのです。本来の持ち主……清周の秘技をそんな風に使った景房が!」指輪の貴婦人の肩が震えている。
「………だから、あの娘が景房を討ち取った時……正直、ホッといたしました。わたくしはもう人を殺さないでいいのだと……」
「人を殺す?」三条さんが尋ねた。
「ええ、景房は私を使って祈りを“呪”に変えて……そして、それを毒に入れていましたわ」
俺は眉を顰めた。
「そんなこと出来るん?」
「……あなた達でもカラクリはお教えできません。でも、できた。その事だけは伝えますわ」そう言って、指輪の貴婦人は、扇子で口元を隠す。
三条さんのPCが動きカタカタと音を立てる。
「………華丘家が関わった戦い……今の話が本当なら確かにこの被害は納得やな」息を吸いながらそんなことを話した。
そうして、続けた。
「内乱時……戦場でとある“疫病”が流行った。覚えているか?丸山君」
「ええ、あれはやかいでしたわ。高魔力者だけが重症になった。しかも、治癒魔法も効かない。むしろ、治癒魔法を使うと逆に悪化する。………反祈の疫」
「櫻は……なんで大丈夫やったんです?高魔力なのに?」俺が気になることを尋ねる。
「簡単な話や。マスクして、手洗いうがいをしていた。魔術師は自分の魔力に過信しているところがある。外宮の知識がある彼女は疫病ならそれやろうって……自衛官が使うガスマスクをして戦場に立っていた。件の病気が流行っていた時には……」
「多角的に物事を見れる賢いお嬢さんなのね……華丘家にいたらとてもすごいヒーラーになれたと思うわ」指輪の貴婦人はそう言って下を向いた。
櫻は聡いし、高魔力だ。
今でも櫻を必要としている魔術師は多い。
本当は、俺なんかと伝達者してないで帝都の研究機関をになっている一族に輿入れした方が幸せなのかもしれない。
三条家の庭先で日傘を差し、桔梗の花を見ている櫻を思い出す。
強い日差しの中、凛と佇み
藤色と生成りのドレス着物を着て、緑の中に一輪の花のように立っている。
振り返り、俺を見るその瞳は、エメラルドのようなグリーン。
その点、俺は野生の狐だ。
とても、綺麗で……。
俺には届かない存在。
今だけ、今だけでいい。
そう思って過ごしている。
「………大夢」ロッキーがこちらを見上げる。
覚ったな。
心の中でロッキーに話す。
下を向くロッキー………。落ち込まんでええ。俺が望みすぎているんや。
「わたくし……殺して欲しかったの……千尋を……」そんな指輪の貴婦人の声に俺は意識が戻る。
夫人の美しい目からポタポタと大粒の涙が流れ出ていた。
付喪神がこれほど悲しむ。
いい持ち主だったのだろう。
俺は、指輪を見る。ただの道具。
ーーーしかし、人とはその道具にどれほどまで助けられているだろう?
そして、親から子へ。
その先へ。
付喪神。
大和にしかいない神。
彼女はどんな思いで華丘の人々の間を渡り歩いているのだろう?
俺は、その小さな貴婦人の話を聞くために座り直した。




