第七十八話 命を奪ってきた手
『菊理姫様!お導きを!』〜定時で帰りたい領主は、今日も魔法犯罪に追われます。〜
主人公櫻子とヒロの出会い編スタート!
毎日23時更新!
時系列
〜しくじり元公爵令嬢とこじらせ忌守君〜
〜英雄の誕生〜 ←鬱展開あり閲覧注意
〜定時で帰りたい領主は、今日も魔法犯罪に追われます〜
蝉の鳴き声とそれに負けない太陽の日差し。
じっとりと肌が汗ばむ。ドレスが張り付くから不快だ。
私は魔法で冷気を生み出し、火照った身体を冷ました。
“魔法”本当に私は魔法を使っていいのだろうか?
日傘をさし、石畳の上を歩く。
ガータロの里で出来事を思い出す。
あの時、私は………確かに楽しいと思った。
いつからだろう?
いつから、あんな風に殺人を楽しむようになったのだろう?
真っ白な雪の上に飛び散る鮮血。
敵が悲鳴を上げようと口を開く、それよりも早く獲物を捕まえ氷魔法を叩き込んでいる両手。
血に濡れた神器。
私は自分が着るように用意された和洋折衷のドレスを見る……。
紫と生成りの美しい藤が描かれた着物ドレス。
袖口のレースを見てため息をつく。
薫さんと一緒に自分で選んでる服の方が自分らしい。
学校の教室を思い出す。
黒板の前に立って文字を書いている。子供たちが輝いた目で黒板や友達の発表を聞いている。
休み時間に鬼ごっこをする子供達の顔……。
みんなにこやかで優しくて、喧嘩もするけど小さなことで
ー命が奪われることなどない。血も泥も炎も氷も何もない。ー
ー柔らかな優しい世界ー
こんな感覚久しぶりだ……。私は白いレースの日傘越しに太陽を見る。
「櫻子姫様!お散歩ですか?」ヒロが首からタオルをかけながら話しかけてきた。
ヒロはデニムにTシャツを着ている。
「用意された服に着替えなかったの?新人のにぃやに間違えられるで」そんなヒロに声をかける。
「使用人に間違えられた方が楽や。実際、歩いていたらそこで草引き手伝えって言われたわ」そんなこと言いながら汗を拭うヒロ。
今の私と並んだら失礼な側仕えと令嬢みたいじゃん。
視線を落とす。
桔梗の花が目に入る。紫の可憐な花。五角形の可愛らしい花。
「なんの花なん?それ」ヒロが尋ねてきた。
「桔梗やん。同じ花のネックレスをプレゼントしてくれたのに知らないの?」
「知らん。装飾品として絵とかでは見たことあるけど現物なんて気にしたことないわ」そんな事を言ってバタバタと襟元を仰いでいる。
私は、ヒロに日傘を差し出した。
暑そうやし…。
でも、魔法は使いたくない。
魔法を使いたくない。
初めての感情かもしれない。
日傘の柄を握り直し、ヒロの方へ腕を伸ばす。
私の身長が足りなくてヒロに届かない。
「んっ!」精いっぱい背伸びをしてヒロに日傘を傾ける。
いつもは、飛行魔法や氷魔法を使う。
でも、今は違うような気がする。
ヒロが不思議そうな顔をした。
私が背伸びをして、傘を差し出す。足が震える。
それでも届かない。魔法がなければヒロとは並べないのだろうか?
「どうしたんですか?櫻子姫様ぁ、日傘に入れてくれるんですか?」
ヒロが腰をかがめてくれ、日傘に入ってくる私の顔の目の前にヒロの顔が近づく。
滝壺の近くのキスを思い出す。
口から心臓が出るかと思った。
手元が狂い、日傘が大きく揺れる。
「危ないな!合法ロリババア!目に突き刺さるやん!」ヒロの目に傘の骨の先端が当たりそうになる。
「すみませんね!ダメ狐!」私の手から傘が滑り落ちる。
とっさにそれを掴むヒロ。
ほんの数センチ先にヒロの絵がある。
琥珀色の瞳が私を見る。
その瞳に映る自分がとても恐ろしい。
反射的に身体を引く。
地面を見る。
顔が赤くなり、名前のない気持ちが押し寄せる。
これに名前をつけてはいけない。咄嗟にそう感じた。
名を与えると“呪”に変わり、自分を呪うのがわかる。
戻れなくなる。いや、もう戻れないのかもしれない。
再びゆっくりと目の前のヒロの顔を見る。
ヒロの顔も少し赤らんでいるように思えた。
夏の日差しが突き刺す。
けたたましい蝉の鳴き声が聞こえる。
私はそっと目をそらし、ヒロに背を向けた。
「なんや……ちゅーせーへんの?」よく通る男の人の声が聞こえた。
声の方を振り返ると三条さんの右腕である妖狐のライラが立っていた。
黒髪のショートカット地味目の顔立ちなのに、胸が大きく黒いブラウスの上からも主張している。
彼……は女性のメイド姿で私たちより数メートル先に立っている。
手にはダブレットを持ち、私たちを見ている。
「ライラさん……いつからそこにいましたの?」私が声をかけた。
「え?ずっとやで」
「そうですか」静かにそんなことを話す。
「えっ?えぇ?」ヒロが困惑している。
そうだろうね。顔や見た目が女性なのに声が男やもんね。
「ヒロ、こちら三条さんの右腕で三条家と契約している妖狐の一族のライラさん」私はヒロに簡単にライラを紹介する。
「お初にお目にかかります。ライラと申します」そう言って、ロングスカートを持ち上げてカーテシーをしたライラ。
普通側仕えがカーテシーなど無作法だけど、ライラは本来側仕えではない。
「こちら、一応オスの妖狐だよ」大事なことだから補足しておいた。
「オス……なん?」理解するのに時間がかかっている様子のヒロがライラを見る。
地味顔、爆乳メイドがオスって言われても困るわな……。
「にいちゃん、田中大夢やろ?元AIS職員の」
「あぁ、よう知ってますね」
「当たり前や。僕がにいちゃんの素行調査したんやもん」そう言って、ライラは腕組みをした。
ヒロがライラの爆乳を見ている。
「なんや?気になるか?」そう言って、胸を持ち上げるライラ。
「いや、まあ、見てしまいますね」ヒロが眉を顰める。
「にいちゃんも自分の好みのメスに化けたらええのに」そう言って頬に人差し指を当ててコテンと小首を傾げるライラ。
仕草が可愛いな。女の人らしい。私にはあまりできない。
「俺は、変化魔法使えやんですよ……」
「そうか?得意そうな血筋やけど」そう言って、ライラは庭を歩く。
「そろそろ、お茶にいたしましょう。お花を摘んではいかがですか?櫻子姫様」ライラが振り向きざまにそんな提案をしてきた。
「お花ですか……」私は足元の桔梗を見た。
テーブルにあったら華やかかな……。
そう思い手を伸ばす。
【その手が血で真っ赤に染まっていた。】
自分の手を再び見る。
レースの手袋がはめられた手。
白いレース隙間からどくどくと赤黒い血が溢れてきている。
ーー「血も涙もないのか!このーー!」魔封じの手錠をして縛られた男が叫ぶ。
その男の顔は泥と煤に汚れて白い狩衣は血に染まっている。
ーー「バケモノ!」私を見て腰を抜かす男。
私の横には死体が積み上がっている。目と口が空虚に現実を見つめ返し、無情にも魂が抜けていく骸。
ーー「氷血の鬼姫!」叫ばれ撃たれた魔法を氷魔法で打ち返し、全ての人間を氷に変えていく。
「櫻!」私の手をヒロが握る。
その手は驚くほど強く、大きな手だ。
小刻みに震えているのが伝わる。
ゴツゴツして、ささくれなんかも酷い。
ーー櫻子!お前は大丈夫だ!俺と導子の娘なんだから………。
緋色の袖から伸びた手。その手も大きくとてもごわついていた。
もう一度、自分の手を見る。
桔梗の花を摘もうとした手に氷魔法の残滓が残る。
ヒロの手が少し冷たい。私の魔法かな?
強い日差し、むせかえるほどの濃い緑の匂い。
虫たちの鳴き声。
ヒロの顔を見る。切れ長の目に琥珀色の瞳が微かに揺れている。
その目に何が映って、どう見えているの?
喉が詰まる。息ができなかったのか?思いきり息を吸う。
「お花はやめとこうかな……」そう呟いて屋敷に帰った。
◇◇◇
三条家、応接間には、汗をかいたコップに入った麦茶と数枚の報告書が並んでいた。
窓の外から蝉の鳴き声が聞こえる。
暑い。
さっきまで草引きを手伝わされていたせいか、汗が引いても身体に熱がこもっている気がした。
カランとコップの中の氷が揺れる。音だけが涼やかだ。
「さて、本題に入りましょうか」三条さんが机上の報告書に目を落とす。
その隣では丸山さんが腕を組み、難しい顔をしている。
俺も報告書に目を落とした。
【名前:不明
年齢:20代半ばと推定
死因:服毒(夢喰花の夢蝕アルカロイドによる中毒死)】
そうして、社長と呼ばれた男の顔写真が写っていた。
平均的なアジア人の顔。
俺は違和感を感じて、マジックバッグからルーペを出しその男の顔を観察する。
目元、鼻、口などを見る。
「田中、どないしたんや?」丸山さんが不思議そうに俺を見た。
「こいつ、よく殺した顔やなって」俺がなんともなくそんな話をした。
「どういうことかね?田中君」三条さんの目が光る。
「魔術師ではない奴は整形して顔の特徴をなくすんすわ」そう言って、タバコを出す。
「つまり?」
「変化魔法ができない工作員は顔を変えて特徴を消す。そうして、敵組織や国に潜り込む。よくある手口ですわ」そう言って、ジッポで火を擦った。
大きく肺に煙を入れる。
個性を消して、少しの本当と嘘を混ぜ込んで、そうして潜入する。
「俺らはこの通り、火すら出せやんので、科学で頼れるところは頼るんです」そう言って、煙を吐き出す。
男の顔を見る。よく殺してきた顔だ。
スナイパーはスコープ越しに標的の顔を確認して殺す。
この顔を何回殺したらわからない。bot顔。
「田中もか?」丸山さんが鋭く聞いてきた。
その目は真剣でふざけた感じはない。俺が一般人で伝達者なんぞやっている理由が知りたいわな……。
「俺は、見られる前に殺しますよ。スナイパーなんで」そう言い、タバコを再び咥える。
ふぅーと細く煙を吐く。心のしこりのような考え事を考えないように。
「田中君の素性はライラが調べてる。安心したまえ」三条さんが資料を睨みながらそう声をかけてきた。
「しかし……それでは、個人の特定が進まないな……」苦虫を潰したように声を出した。
「それなら心配いらないですわ。ロッキー、ちょっと力借りれへん?」俺はロッキーを呼んだ。
ロッキーは、俺のマジックバッグから出てきて、目をクリクリしながら三条さんと丸山さんを見る。
ロッキーは三条さんの前までちょこちょこと歩く。
「ロッキーでしゅ。前にも会いました。よろしくでしゅ」そう言って、漫画の紳士のようなお辞儀をした。
こりゃ、櫻が仕込んだな……こんなこと………。
「その男の指輪があるなら、ロッキーが付喪さんにお話聞いてもいいでしゅよ」そう言って三条さんに小さな手を伸ばした。
最近更新まちまちですいやせん。
これからは時間を守りたいと思いやす。




