第七十五話 琥珀色の瞳
『菊理姫様!お導きを!』〜定時で帰りたい領主は、今日も魔法犯罪に追われます。〜
主人公櫻子とヒロの出会い編スタート!
毎日23時更新!
時系列
〜しくじり元公爵令嬢とこじらせ忌守君〜
〜英雄の誕生〜 ←鬱展開あり閲覧注意
〜定時で帰りたい領主は、今日も魔法犯罪に追われます〜
「はぁ?どないなってんねん?」俺の口からそんな事がスルッと出た。
「うぅ、怒らんといて…。あんな、最近“社長”が来たねん」ガータロが説明する。
「社長?」櫻が小首をかしげる。
「そう、オレら…。遊んでばかりやから、今まで金を稼いだことないねん」
「真面目に働いてるガータロの方が聞かんけどな」
「しゃーないやん。働くってことがわからんかったから……でな、一人月に10万札稼げたらいい方やったんよ」
「どこで、働いていたん?」
「人間界のコンビニ」
「すごいやん。私、多分出来やんで」櫻がそんな感想を言う。
「俺も無理や。バイトなんてしたことない」俺も続いた。
「伝達者の方が難しいやん」ガータロがツッコミを入れる。
「でな、“社長”が集落にやってきてな。“一人月に20万札だしたる”って言ったんよ」
「へぇ〜俺の整備士の給与よりええやん」と、呟く。
「はぁ?」櫻が俺の顔を見る。
「手取り20行くか行かへんぐらいやで」そう答える。
「……資格持って仕事しとるんよね?」
「せやで」
「安すぎへん?車の安全にも関わるのに」櫻が俺らがいつも愚痴ってる事を代弁してくれる。
「そうなんよ。どうにかして」俺が顰めっ面で櫻を見た。
「わしの話聞いてお願い。5分でいいから」ガータロが嘆く。
「「………」」俺らは黙る。
ガータロの話はこうだった。
ある日、社長と名乗る魔術師がやってきた。そいつは月に20万札を約束してくれる。
一日8時間労働。
「休みとかあるの?」櫻が尋ねた。
「週に2日」ガータロが答える。
「ええやん」
「でも、最初にうちだけやった」
そうして、また続けた。
初めは休めたし、給与もちゃんと支払われた。
でも、残業だと言われはじめて仕事が終わらない。
「そもそも何の仕事なんよ?」俺が疑問に思う。
「運び屋や」
「運び屋?何の?」櫻が眉を顰める。
「中身は知らん。海や川から箱を高速で運ぶ」ガータロが答えた。
「中身知らんで運んでいるんかい……」怖いことするな……。
「聞いたらあかん。仕事をもらえんくなる。中身を見たら懲罰対象や」
「どんな懲罰なの?」櫻がメモをとりはじめた。
「それもわからん。帰ってきたやつは喋れなくなって、ただ働くだけや……そうして」
「…………」
「限界が来たら皿の凹みがなくなって死ぬ」ガータロが顔を覆って答えた。
俺たちは顔を合わせる。
「それで?」櫻が続きを聞いた。
「最近では……倒れたり、死ぬものが多くて……子供も働いておる」
「子供まで!?やらせんかったらええやん!」櫻が激昂する。
櫻の性格だ。こんな危険な仕事に子供が関わってるなんて聞いて怒るのも無理がない。
「でも…でも………契約で……」そう言ってガータロは自分の首の毛を掻き分けて奴隷紋を見せてきた。
「これが……どんな契約か知っているのか?」櫻がワナワナと震える。
残暑の残るガータロの集落に場違いな冬の風が吹いた。
これでも抑えている方やな。
俺は櫻の手を反射的に握った。櫻が俺を睨む。
俺の心に凍てついた吹雪が吹き荒れる。
「俺も同じ気持ちや。今は落ち着け。バレたら逃げられる」
「え………なんなん?これ?人間も契約するんやろ?こんな風に?」ガータロが困惑している。
「それは……」櫻が喉から絞り出すように声を出す。
「俺から説明する。櫻は大丈夫だ」櫻の目を見る。
帝王緑の瞳が怒りに満ちている。
「ガータロ……それは、奴隷紋や。大和では禁止されている……今は……」
そう、数年前、平生の大乱が集結するまで。
今の帝・太陽の君である花園康仁天命主になって廃止された。
「ヒロ……なんで知っとるの?」櫻が俺の顔を覗き込む。
「…………俺が高魔力なんは……母親の影響や」そうして、櫻を見る。
櫻の目が悲しく揺れた。
そんな顔をしてくれるだけでいい。
「平正の大乱は結構……庶民にも影響があった。ただ、それだけや。そして、俺は海外に逃がされて今に至る。以上や」そう短く説明する。
目の前のガータロが首を傾げた。
櫻は下を向く。
ぽたりと雨が降ってもいないのに地面が濡れた気がした。
「過去は過去。俺は俺。生き抜くだけや」櫻の顔を見ずに話す。
それ以上でもそれ以下でもない。無駄死にだけはしないようにしてきただけだ。
「話を戻すで」そこで櫻を見た。
櫻も強く俺の手を握る。
「その契約をしているってことはお前もやばくないか?こんなことをして」
「………やばい?俺は、契約いは…。けい…違反?違反?」ガータロの目が見開く。
「ガーーーー!イハン!イハン!イハン!」ガータロの目がぐるりと裏返り、奇声をあげる。
「あかん!しっかりしろ!」ガータロに声をかける。
櫻のハサミが月明かりで鈍く光を帯びた。
「櫻!」
そのまま櫻は凍った目でガータロの首を跳ねた。
弧を舞って地面に落ちるガータロの生首。
ずるりとガータロの体が水路に沈む。切断面から血がじんわり流れ出し……
瞬く間に水路を赤く染め上げる。
「奴隷紋の人を殺したことがある」櫻は凍らせた目でガータロを見つめ……機械のように話してきた。
「その人は……亜人で………とても綺麗な人で………。今みたいに叫んだ後に最後に人間として殺してくれって………」ポツポツとそんなことを話す。
「ええ。無理に話さんでも!」
「聞いて欲しいの。なんか、話さないとって……」櫻の目に霜が降りている。
5月の新緑の綺麗な頃に異常気象で霜が降りたように悲しく冷たい。
「真っ白な耳と尻尾の背の高い女性だった。ヒロと同じ琥珀色の目で………お願いだから、人間のまま殺してくれって………」
真っ白な……耳と尻尾………。
「その人は、息子に最後に会いたい……でも、ありがとうって私の手の中で冷たくなった………」
俺は深呼吸した。
「そうかい。その人は後悔はないやない?…………知らんけど」
「でた、西の都の人の無責任な“知らんけど”」櫻がそう呟き少し目を細めた。
それだけで、俺の役割は成功したと思った。
「このガータロも苦しまなくて済んだと思うで。あのまま奴隷紋によって潰されるよりはマシや」そう言ってガータロの首を水路に流してやった。
この哀れでお調子者のガータロが大和の水脈に乗って、龍神のもとへ帰れるように。
そして、次はがむしゃらに働くんやなくて、ほどほどに生活できるように。
月明かりが俺らを照らす。
影がゆらめく、魔力が濃くなる。
ゆっくりとそちらの方を振り返る。
特徴がないような平均的なアジア人の顔。
耳が特徴的で尖っており、潰れている。
その男がガムを噛みながら、パンツのポケットに手を入れて現れる。
「従業員殺してほしくないんですが?損害賠償払っていただけますぅ?」そう言って不気味に目が光った。
◇◇◇
水車の音だけが響くガータロの里。
そこから、様々な人種の人々が現れた。
男も女もいる。
「お前が……ガータロが話していた“社長”か?」私の口から氷血の鬼姫の声が漏れる。
「ふっふふふ………殺してあげる。殺してあげる。殺してあげる………」
何人かの獲物が後ずさった。
一人が恐怖で後ろを向く。
空間移動魔法を使いソイツの前に行く。
神器に力を込める。首に突き立てる。肉を切り裂く感覚。飛び散った血液。
口元が緩む。
賊が一斉にこちらに攻撃をしてきた。結界で弾く。
バチリと大きな音がしたと思ったら何人か吹き飛んだ。
惨めな獲物達………。
「あははは!お初にお目にかかりますわぁ!わたくし!伊達櫻子公爵令嬢でございます」そう言ってカーテシーをした。
「ーー!」琥珀色の目の人が何か叫んでいる。
あぁ、この人は殺してはいけない。味方のような気がする。
襲いかかる獲物を神器で真っ二つにする。
「遅いですわぁ!それに………」逃げようとかけだした女の髪の毛を掴んだ。
「殺される覚悟があるから……。殺しているんでしょ?」そう言って手に魔力を込める。
女の体が氷漬けになった。
「あの女を捕えろ!」偉そうな男がガムを吐き出しながら話してきた。
「はしたないですわ。美しく………」わたくしが神器のハサミを振り上げる。
「殺人を楽しみましょう♩」神器に氷魔法を付与し、氷の嵐を巻き上げる。
獲物が結界を張ったが一瞬で崩れ落ち、白い氷の世界に赤い鮮血が美しく輝く。
周囲が雪で覆われる。
「ーーさく!ーー櫻!」琥珀色の瞳の男が目に入る。
月明かりにその瞳が反射した。
ーーーー。
「あぁぁぁぁ!」目の前の白銀の狐の亜人の女性の胸に、見覚えのない紋が浮かび上がった。
私は、後ずさることしかできない。
なんで?拘束して……。あとは、尊術派……安宮の証言をしてくれたら命を助けるのに……。
「おっ、お待ちになってください!証言を致しましたら命は保証します!」私が必死に目の前の女性にそう説明した。
『これ……これの………せい……』女性の声に魔力が宿り、恐ろしい声になる。
目が赤黒くなり、尻尾が割れてくる。
狐の耳も禍々しく大きくなり、人の形ではなくなり始めた。
そうして、真紅に染まった紋を見せてきた。
輪の中に蜘蛛の巣に捉えられた蝶。
その紋が怪しく紫に光り始めた。
『………お願い。ころ……殺して………』
私は後ずさった、そんなのできない。だってこの人はこんなことしたくないのにここで人を殺している。
「できません……そうだ!結界を張ります!その間にーー。」
『あぁ!』女性の尻尾がまた割れた。
ダメだ。私の魔力ではこの人を封印することはできない。
彼女が妖になってしまう。
『お願い。お願い。息子達と縁を切りたくない。息子に会いたい。殺して……殺して……』
赤暗く禍々しく光る瞳がすぅーと色を取り戻し、美しい琥珀色に変わる。
その瞳から涙が溢れる。
ーー息子と縁を切りたくない。
私はその言葉に顔をあげた。
顔も知らない。ぽっかりとした記憶のお母様………。
私が見ると写真も何もかも光が入ったように見える。
母と言う存在。「導子」お父様がなんとか色々な発音で教えてくれた名前。
神器を顔の横に構える。涙で目の前が滲む。
でも……やらないと!
思い切り深呼吸をする。
腹の底から声を出す。その声を聞き取っているはずなのに私の耳には届かない。
体が声で震える。
女性の胸の紋に向かって神器を突き立てる。
ふぅと笑う女性。琥珀色の目に涙が滲む。
「おおきに……」そう呟き、口から一筋の血が流れる。
力無く崩れ落ちる女性。
蜘蛛の巣が淡い黄金の光に包まれたと思うと……炎を出して燃えた。
紋の蝶が動き出す。金色に光った蝶は女性の胸から離れて、満天の星空に向かって消えていく………。
私は女性を抱き起こす。
「…………」穏やかに笑っている女性の琥珀色の瞳。
その瞳が月明かりに照らされ微かに光る。
その瞼をそっと撫でて閉じた。
そうしていると………女性の体が光り輝き。
魔石になってしまった。
私の手の中に残る。灰と魔石。
真紅に燃える綺麗な魔石。太陽に輝いている。時折、黄金の魔力が揺らめいていた。
暖かい。
確かにそこに………白銀の狐の亜人の女性がいた。
私はその魔石を握りしめて泣くしかできなかった。
後にも先にも……戦場で泣いたのはこの時だけだ。
静かに流れる細い滝の辺り、土の匂いと苔の匂いがむせるように濃い。
とても、幻想的で綺麗な所、そこで私は名前もわからない人の魔石を握りしめて……。
子供のように泣くしかできなかった。




