第七十四話 退職代行をお願いしよしと思うて…
『菊理姫様!お導きを!』〜定時で帰りたい領主は、今日も魔法犯罪に追われます。〜
主人公櫻子とヒロの出会い編スタート!
毎日23時ごろ更新!
時系列
〜しくじり元公爵令嬢とこじらせ忌守君〜
〜英雄の誕生〜 ←鬱展開あり閲覧注意
〜定時で帰りたい領主は、今日も魔法犯罪に追われます〜
室崎村。
熊野灘に突き出した、小さな半島の村。
古くから鯨と共に暮らし、鯨漁が盛んだ。
私は、紀州に勤めるようになって給食で鯨肉を食べる様になった。
聖ルクス教の過激な思想の者には鯨は知能が高いから食べてはいけない……そう言い抗議するものもいる。
しかし、知能が高いというなら豚もそうだ。3歳程度の知能があると言われている。聖典に書かれている大洪水を救った大きな魚を鯨と置き換えて食べてはいけない……そう説明したいが大和人にはピンと来ないからそう説明しているんだ。
本当に宗教はほどほどに……。
信じるのは勝手だが、神や宗教は良き隣人にとどめて置くのが一番だ。
神の力を最大限使っている私が言えたきりじゃないがな。
空間移動魔法で道の駅に辿り着く。
山が切り開かれた道。
そこを抜けると海が現れる。遠くに月が輝いているのがわかった。
「ガータロが騒いでいるっていうのは室崎かいな。また、ずいぶん遠いとこまで……」そんな事をヒロが話す。
「ちゃんと日報見てる?私、ちゃんと予定書いているで……」
そう、今日の捜査内容を簡易的にまとめてヒロの机に置いて出勤してる。
朝一それを確認しろと言っているのに確認しない。
「真夜中や早朝に訂正しやんと俺が起きているうちにまとめて置いておいてくださいぃ〜。朝なんて眠くて頭に入らんわ」そう言って、あくびをしたヒロ。
「……戦場にいる時によくそれで生き残ったね」
「あぁ、爆撃されても結界張って寝ておったから」
「どんなんよ?それ……さて!大夢君!仕事だ!」私は無理矢理仕事モードを作った。
「紀伊のガータロが室崎に避難しているらしい」
「へぇ〜、自衛も大変やな」
「まぁな。そこで古くから大杉さんと交流があるガータロ一族の長老がこんなことを言ったらしい」
「あの剣術バカ爺さんがやればええやん」
「いちいち突っ込むな!話が進まんやろぉ〜!いつまでお盆休みボケしてんねん!」
「へいへい」そう言って、またあくびをしたヒロ。
どうしたのだろう?寝不足か?
「集中したまえ。大夢君……」
「すまん。最近……大量に魔力を取り入れることがあって、魔力を処理するのに眠いんよ」
「………え!?それって!」私は棘の魔力吸収法を思い出した。
え!ヒロ……私、意外と………。なぜか、血の気が引いてきた。目に魔力が集まりはじめる。
いや、私たちはバディだし、セフレなだけ……。あ……でも、ヒロに恋人ができたら、この関係も解消か?
「ちゃう!ちゃう!最近魔道具いじるの忙しかったやろ?温泉や!温泉!ちょっと魔力を落ち着かせるために長めに温泉入ったらこんなんになって………」
「……ホンマに?」私はヒロの灰みのかかった琥珀色の瞳を覗く。
「ホンマやって……」ヒロの瞳が揺れている。
「ふ〜ん」私は一先ず納得することにする。仕事だ。私情を挟んではいけない。
グッと気持ちを抑える。ヒロと恋人みたいな関係になりすぎているかな?
嫌じゃないけど……むしろ、嬉しいけど……。
しくじってこの関係が壊れるのは嫌だ。
私の人生はしくじってばかりだ。
一つ息をつく。
「行こうか。バイク出して」
そうして、魔力節約のためにバイクを出してもらう。
私はApe50、ヒロはそれよりも大きなバイクだ。
「なんか、排気量でめっちゃ負けてない?私のバイク」
「じゃ、免許取りいや。中型免許。400ccまで乗れるんやから」そう言ってセルを回した。
私もジェットメットを被りながらキックアームを蹴った。
ヒロのブルーのYZF –R15のシフトがガチャリと下がった。
私もシフトを下げてバイクを走らせる。海岸沿いを走る。
誰もいない道は私たちが貸切にしている様だ。
『飛ぶぞ。認識阻害をかけろ』魔道具の通信機で短くヒロに話す。
『へーい』
私は左のスロットルを回す。
右が前に進むアクセルグリップ。左が高度を上げるアクセルグリップだ。
よくこんなこと出来て、思いつくな。
確かに……ヒロのバイクもいじっていたし、単純に寝不足だったのかも疑って悪かったかもしれない。
『道具で飛ぶってこんな感じなんやな。』
『へ?なんで?』
ダメ狐から頭の悪そうな声が聞こえた。
『ヒロは飛行魔法を使う時に足につけた魔道具で飛んでいるやん』
『あぁ、ヴァルトハイムの魔道具な。あそこが一番、軍事魔道具進んでいるで』
『そうなんや』
『あぁ、櫻って大和のことは知っているけど他の国はからっきしよな』
痛い所を突かれた。
『うん。今から勉強して……間に合うかな?』
『間に合うんちゃう?……それか……俺と一緒に大和を出て別の国に行くか?』
私は息を呑んだ。ヒロの顔を見たい。でも、今は振り返れない。
目の前には穏やかな海が広がる。月の光が穏やかな海面に反射し、道の光を作っている。
ムーンロード。この光の道を進んだら私には別の道が待っているだろうか?
もし、もし仮にそんなことが出来たら?
『無理だよ………法律で私は勝手に出国出来ないことになっている』
『なんそれ?』
『しくじったの色々』そう、答えるしかなかった。実質、私は罪人だ。
私は気持ちを切り替える。
『見えてきたよ。ガータロの集落や』
私は、開きかけていたヒロへの想いに蓋をする。
無理だ。
今のままでいい。今のままで。少しでも長く。そして、これ以上望まぬように……。
私は久々に心を少し凍らせた。
◇◇◇
変な告白みたいなのをしてもうた……。
櫻がしくじってるなら俺はこじらせてる。
童貞かよ。
櫻と一緒にいるようになって、人間関係が変わりすぎているのも原因かもな。
俺は、なるべく考えないようにする。
そして、櫻の変化を感じとらないようにした。
櫻のApeが下降していく、ガータロの集落についたのだろうか?
俺もR15を降下させた。仕事だ。仕事。最近、遊びみたいな仕事が多すぎたのもいかんな。
女のバディは組むな。勘違いするぞ。
そう、先輩に言われた事を思い出してしまった。
あぁ!頭の中がうっといな!
『防音の結界をはる。』冷たい声の櫻。
俺は心が動かないよう返事をしない。
バイクを茂みに止めた。
静かだ。夜なのにとても静かな集落。ガータロの活動時間はまちまちだが基本、日が暮れてから動き出す妖が多い。
それなのに今は誰もいない。
認識阻害魔法をかけた。
ザーザーと水車があちこちで回っている。
大きな川から細い水路が家々を結んでおり、どの家にも水車が回っている。
その音だけが集落を包んでいる。
「妙だな」櫻が短く話す。
「せやな。ガータロはどこに行ったんや?」
「あちらから明かりが見える。行ってみよう」そう櫻が話して歩き出した。
後を追いかける。
なんだろう。この妙に心をざわめかせる気持ちは。
俺は足の運びを慎重にした。
櫻が俺に異変に気が付く。
「どうした?」
「わからん。しかし、妙だ。慎重に行こうや」腰のホルダーからハンドガンを出す。
櫻も何かを感じたのか神器のハサミを手にした。
慎重に歩みを進める。
ちゃぷん。ちゃぷん。ちゃぷん。
水音がした。俺らの足が止まる。
魔力探知を研ぎ澄ます。とても弱々しい魔力が、水路の方からする。
櫻と顔を見合わせる。
頷くとそちらの方に歩みを進めた。
水路の中。てっぺんが凹んだ頭。そこには毛がなく窪みの中に水が溜まっている。
長く大きな耳。鼻は穴しかない、横に大きく広がった口。
太くこい茶色の眉毛は長い。眉毛で目が隠れており、垂れた目がかろうじて見える。
カワウソの様に短く茶色の毛が覆った身体。
「もうし…もうし…伝達者様か?」ガータロがヒレのある手の指を俺らに向ける。
「あぁ、呼ばれたので来た……」
「退職代行をお願いできないか?」
「「はぁ?」」俺らの声が被った。
その声にビクッと体を震わせたガータロ。
「お願いや!もう、仕事辞めたいんやけど。言えへんねん。だから……退職代行をお願いしよしと思うて」
バタンバタンと水車の音だけが集落に響く。
その大和風の長閑なガータロの集落に「退職代行」という場違いな単語が俺と櫻の間を駆け抜けていった。




