第六十九話 あの日、女神に恋をした。
『菊理姫様!お導きを!』〜定時で帰りたい領主は、今日も魔法犯罪に追われます。〜
主人公櫻子とヒロの出会い編スタート!
毎日23時更新!
時系列
〜しくじり元公爵令嬢とこじらせ忌守君〜
〜英雄の誕生〜 ←鬱展開あり閲覧注意
〜定時で帰りたい領主は、今日も魔法犯罪に追われます〜
神辺から浪華へと車が走る。
伊丹を抜けるころには、街の景色にも少しずつ変化が現れていた。
道沿いに並んでいた建物の隙間が広がり、時折、広い敷地を持つ施設や高い塀が目に入る。
自衛隊の駐屯地がある辺りを進む。
「檻の中に入らんでええん?」麗乃さんがヒロに話しかけた。
「お前が入っとれよ。発情期レズ!」そんな軽口を叩く。
私はそのやりとりを聞いてくすくす笑う。
そこをさらに東へ進む。
豊中を越える頃には、住宅が少なくなり建物がまばらになりはじめた。
代わりに木々の緑が印象的になる。
道は緩やかに坂道へ変わり、境界の先に丘陵が広がっていく。
私は何気なく窓の外を見た。
街の喧騒が、いつの間にか遠のいていく。
内宮に入ったな…。車で入れるとは流石。豊富公爵家だな。
私は、自分の実家を思い出す。
ーーーー。
実母の記憶はない。そして、養母は外宮の屋敷には訪れたがらない。
しずねぇが解雇される前……。
外宮の屋敷を引き払う時、一冊のアルバムと日記。そして、手紙の束をくれた。
「これは、旦那様と奥様の思い出でございます。姫様に持っていてもらいたく……」そう言って涙目になりがら私の手にその箱を渡してきた。
私は、それを凍えた目で持ち上げて叩きつけようとする。
両親の記憶などない。あっても仕方がない。
「おひいさま!櫻おひい!おやめください!」しずの手が私の手を包む。
泣いているしずの顔。
ーー櫻。櫻おひい。わたくしの宝物。
暖かな琥珀色目。垂れてまつ毛の長い大きな瞳。
大きなウエーブがかった黒髪が、その顔を縁取る。
凍えた目から何故か涙が溢れ出す。しずねぇの顔がくしゃとなり、私を抱きしめる。
ーーーー。
「もうすぐつくで」ヒロの言葉で私の意識が現実に戻る。
車窓の外は白い壁がどこまでも続いていた。
壁の向こう側に、黒瓦の大きな屋根がいくつも重なっている。
お城みたい。そんなことを思う。
ヒロが空き地に車を停めた。そこに黒ぶちの化け猫がやってくる。
ヒロが携帯を見せる。
「お待ちしてにゃした!」化け猫が答えると歩き始める。
豊富家は化け猫も使うのかぁ。いいなぁ。モフちゃダメかな?
化け猫の耳がぴこぴこと動いた。
そうして……。白い猫耳を思い出す。
ベッドに押し倒される身体、覆い被さるヒロの体。
体が熱くなった。魔素神経が脈打つ。
思い出すな!!
さっと自分の体を抱きしめる。
「なんや?櫻?やっぱり寒いん?」ヒロが声をかける。
「ちゃう。なんもない」
ふーふー……。優しくするな。ダメ狐。
私たちは、化け猫についていく。二又に分かれた尻尾をピンと立て、顔を上げて歩く化け猫。
もふりたい。
「あっあの!」私は化け猫に声をかける。
化け猫が振り向く。
「なっなでなでしちゃいけませんか……?」思わず声をかける。
化け猫の顔がパァと明るくなった。
「いいんですかぁ?」
「こっちこそ!いいんですかぁ!?」私はしゃがむとそのふわふわとした小さな頭を撫でた。
さらさらとして気持ちいい。
ふんわりしてる。化け猫の体の方まで撫でる。
ゴロゴロと喉を鳴らす化け猫。
可愛い。自分の顔が綻ぶのがわかる。
何故か麗乃さんがスマホを取り出し始めて写真を撮る。
「可愛い♡可愛い♡」と言いながらかしゃかしゃと連写している。
「そうですよね!猫ちゃん!可愛いですよね!」そう言って顔を上げる。
「ううん。櫻子ちゃんがぁ」そう言うとニタァと笑い、私をスマホで映す。
ゾクっとした。猫又がシャー!と威嚇する。
そんな様子をヒロが冷めた目で見てる。
「あ!櫻子さ〜ん!」遠くから友香里ちゃんの声が聞こえた。
友香里ちゃんたちの足元にも化け猫。こちらは白猫だ。
白……猫………。
自分の頭に乗せられた白い猫耳。
それが、動きに合わせてピコピコと動く。
ヒロの満足そうな顔……。
ぶわりと私の魔力が暴走して、夏の暑い日差しの元に霜を降りさせる。
「わ!櫻!なんや!」
「ちょっ!櫻子ちゃんどないしたん?」
「ぎゃー!私、何かしましたか!?」
「何があったんですかぁ!説明してくださいよぉ〜」
そんなそれぞれの声が聞こえた気がする。
思い出すな!思い出すなぁ〜!!!
◇◇◇
その日は、少し慌しかった。
櫻子はんの名前は側仕えたちの間でも有名や。
庭を念入りに掃き、厨房では怒号が飛んでいる。
どうやら“氷血の鬼姫”のイメージの方が強いらしい。
若いねぇやなど中には「私……なんかやらかしたらどないしよう。」と涙ぐんでいる者もおった。
そんな怖い人ちゃうんやけどなぁ……。
わしが声をかけると、それもそれで処罰対象になってまうから無視を決め込む。
わしの隣では、西林が佇んでいる。
タバコを出す。さっと火を出してくる西林。
「そろそろ到着かいな?」
「ええ、化け猫を向かわせました……」
「そっちの方が忌憚なくてええやろ」わしがふぅーと煙を吐く。
屋敷の外から大きな魔力が揺らいだのがわかった。
うちの屋敷の結界からもわかるなんて一人しか居らへん。
「なんや?どないしたん?」魔力がした方を見て、わしがそんなことを呟く。
「少し、見てまいります。坊ちゃんはこちらでお待ちください。」そう言って西林が退出した。
わしはまたタバコを咥えた。
最近の櫻子はんを思い出す。
あんなに自然に笑っている櫻子はんを見たのは、初めてだった。
それまで、華族学校でも社交会でも……。
櫻子はんの笑顔は完璧だったが…。どこか物悲しいものだった。
わしが櫻子はんを気にしはじめたのは……。
己の元婚約者の子供をあやしている姿だった。
夜間学部を申請していたわしは、昼間はそこそこ…。そして、夜だけ全力で魔法の勉強をしていた。
その中でどうしても過去の成績を抜けない女がいた。
それが、伊達櫻子だった。
奥州の田舎出身のくせに父親も母親も高魔力。
でも、産みの母親は変わった奴らしく。令嬢なのに魔道具作りが好きで夫の神器の手入れもしているとか……。
そんな忌守みたいな女の娘が、なんで俺より成績いいねん。
そう思っていた時もあった。
一発、ギャフンと言わせたくて何回も立ち合いを願った。
その度に凍った目で見下ろされ神器を鼻先に突き立てられた。
その日もそんな試合を終えた後だった。
華族学校の中庭。誰もいないはずのそこから赤子が泣く声が聞こえてきた。
わしは、初めゴーストでも出たんか?と思った。
憂さ晴らしに槍で叩き斬ってやろう。そうも思っていた。
しかし、そこに居たのは、疲れ切った顔の側仕えとひたすら泣いている赤子だった。
そう言えば、一個上の学年で学生婚した奴がおった。
なんでも在学中に妊娠したとか………。
ゴムくらいせいや。猿じゃあるまいし。その連中も奥州の出だったな。
わしは、文句を言おうと側仕えに近づこうとした。すると……。別の方向から雪崩のような魔力がやってきた。
大きなウエーブのかかった黒髪。帝王緑の瞳。ビスクドールのような肌。
伊達櫻子。
俺は、魔力を抑えた。
赤子に変なことした所をスクープしてあいつの評判を落としてやる。
確か、あの赤子の母親は伊達から婚約者を奪った女だ。
婚約者を奪った腹いせに、赤子に何かするに決まっている。
戦乙女と持て囃されてアイツのファンは男女ともに多い。
そんなところも気に食わない。
親の隣で少し立っているだけやん。
内乱に出陣する前。わしはそんな失礼なことを思っていた……。
「大変ね。かん虫がついているわ」そう言ってかん虫をとる櫻子はん。
とても愛おしいように赤子を見ている。
自分の元婚約者の子供やで?アンタから男を奪った女の子供……。
まだ、若かったわしには、自分のプライドを潰したやつかそうでないかしか基準がなかった。
「少し、抱かせてくれないか?泣いちゃうかな?」櫻子はんがそんなことを言った。
「そのようなことは、ないかと」側仕えが困惑していた。
そっと赤子を抱く櫻子はん。
その顔は驚くほど穏やかで、慈愛に満ち、そして美しかった。
女神がおったらこんな姿なのだろうか?そうとも思えた。
「わたくしは……教育伝達者になりたいんだ……」そんなことを静かに語った。
「子供は宝だ。これから多くの子供を守って導きたい」赤子を見て笑いかける。
「この子が安心して暮らせるように……戦いを選ばないように………」大きな目が揺れる。
「だから……わたくしは教師になりたい。笑えるだろう?わたくしの手は血で染まっているのに……」赤子が手を伸ばしてキャッキャッと笑う。
「そうかぁ。おかしいか。でも、わたくしは諦めないぞ。君が、戦場へ行かないようにしよう」そう言って微笑む。
「ご立派でございます。………伊達様。ご立派でございます」乳母の側仕えの声が揺れている。
「わたくしは、当たり前のことをしているのだ。難しいが……。当たり前のことだ」そう言って月の光を背に微笑んだ女神に、わしは恋をした。
あの日のことは鮮明に覚えている。
あの時の笑顔が見たくて、わしは外宮の勉強も真面目になるようになった。
教育伝達者は無理でも警ら伝達者として努力した。
でも………。
あれから、どんどん伊達先輩の笑顔は作り物になり、そして目が真っ白に凍っていった。
それが、あんなに優しくて無邪気で綺麗な笑顔になるなんて……。
「ーーっ!」手にしたタバコの火がフィルターまで迫っていた。
いつの間にか、タバコ一本分燃え尽きるまで考え込んでいたらしい。




