第六十六話 斎宮古書店
『菊理姫様!お導きを!』〜定時で帰りたい領主は、今日も魔法犯罪に追われます。〜
主人公櫻子とヒロの出会い編スタート!
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時系列
〜しくじり元公爵令嬢とこじらせ忌守君〜
〜英雄の誕生〜 ←鬱展開あり閲覧注意
〜定時で帰りたい領主は、今日も魔法犯罪に追われます〜
私はバックルを使って豊富さんのその事を報告。
「しかし、紀州出身者をなんで誘拐しているんやろう?」私が顎に手を置いて考える。
「今は、仕事は忘れたらどうや。せっかくの休日なんに……」ヒロが呆れて話しかけてきた。
「それもそうやね。ねぇ!どこにあるのその古書店!」私は、まだ見たこともない本に出会えるかもしれなくてワクワクした。
ヒロの後をついていく。
大通りから一本、二本と路地を曲がる。
さっきまで聞こえていた人の声や車の音が、少しずつ遠くなっていく。
居酒屋の看板が減り、代わりに古い民家や小さな事務所が増えてきた。
「………こっちで合ってるん?」
「合っている。俺、昔から知っている店やから」
ヒロは迷う様子もなく、さらに細い路地へ入っていく。
両側にそびえるビルの隙間。
空を見上げると、細長く切り取られた青空が見える。
その先に、ぽん、と一軒だけ古い建物が現れた。
煤けた古民家の壁。大きなガラス戸。軒先には小さな植木がいくつか並んでる。
そして、その横に古びた看板が掛かっていた。
『斎宮古書店』
「……ここなん?なんか急に出てきたね」
「せやろ?」ヒロが少しだけ笑った。
「内宮じゃなくて外宮にあるの?」私がヒロに尋ねた。
「あぁ、でも魔導書もあるで」そう言って店の中に入っていく。
ヒロが引き戸を開ける。
チリン、と小さなベルが鳴った。
中に入った瞬間、本の匂いがした。
左右の壁には天井まで届きそうな本棚が並んでいる。
和書、洋書、古い装丁の本、見たこともない文字の本。
背表紙が隙間なく並んでいて、まるで本の壁みたいだ。
中は昼間だというのに少し薄暗い。けれど暗いわけではない。
天井や棚のあちこちに置かれた小さなランプが、暖かな光を落としている。
その光が、古びた本の背表紙を一冊ずつ照らしていた。
入り口から奥を見ると、細い通路の先にカウンターがある。
そこに、一人の女性がいた。
カンターに肘をつき、古い本を読みながら煙管を燻らせている。
煙が細く立ち上がり、ランプの光の中でゆっくりと消えていく。
私たちに気がついたのか、その女性は本から一度だけ視線を上げた。
煙管をゆっくりと口に咥えるとふーと煙を吐く。
青紫の瞳が、こちらをちらりと見る。
「やぁ、待っていたよ。」
「魔導書だね。」そう言うと後ろの本棚に魔力を込めた。
奥の本棚が動いた。そっと中を確認すると魔導書が天井いっぱいにある。
「わぁ〜!」思わず声が出る。
「櫻子ちゃん自由に見てええで」女性が本から顔をあげないで私の名前を読んだ。
「え?なんで私の名前を?」私は女性の顔を見る。
女性が本から顔を上げた。
目力が印象的な人だ。青紫の瞳がこちらを覗く。少し中性的な顔立ちと白い肌。
そして、口元に小さく黒子がある。
髪の毛を無造作にクリップでまとめていて、小さな歯車のピアスをしている。
アイボリーのダボっとしたシャツを着ている。首元にある小さな懐中時計型のネックレスに目がいく。
「奥州の磐城国領公爵令嬢として生まれる。先の内戦では功績を讃えられたが、その反面厳しすぎる粛清と父親が捨て身で内乱を止めたことで……。華族は少ないからね。華族名鑑に載っている子ぐらい覚えているよ」そう言って煙管の煙をまた吐く。
なるほど…華族名鑑か…。
しかも私は剥奪されたばかりだから覚えていたのかもしれない。
「自己紹介が遅れたね。私は経子。ここの店主よろしく。」そう言ったら経子さんは再び本に目を落とした。
ヒロに肩をトントンと叩かれてクイッと親指で本棚の中に促された。
私は素直に本棚の中へ入る。
「すごい!すごい!すごい!」小声でそんな感想を言う。
棚を見る。『神代秘抄』『造化神典』『高天原秘録』『國生み秘抄』『天沼矛之秘事』どれも帝都の国立図書館にあってもおかしくないものだ。
「気に入ったかい?」経子さんが入口に寄りかかりながら話してきた。
煙管を燻らせながらこちらにやってくる。
「櫻子ちゃんが求めているのは………これかな」そうして、風魔法で一冊の本を取り出した。
『神器匠伝』と書かれた文字。
古語で書かれている。かなり、古いものだ。
「これは?」
「神器を生み出した名工たちとその技術が書かれているで」そう言うと経子さんはまた煙管を咥えた。
そうして、入口にある灰皿に灰を落とした。
「なんそれ!俺も読みたい!」そう言ってヒロが私の手元の本を見る。
「………俺には読めやん。櫻は読めるん?」ヒロがガックリと肩を落とす。
「まぁ、これくらいの古語なら」私が答えた。
「これくらいって言っても専門家レベルやで。櫻子ちゃんが読もうとしている本の文字は」そう言って楽しそうに煙管を灰皿の縁に置いた。
「魔法の研究は好きなので……」そう答える。
私は、棚に目を滑らせる。
外国の神の理も置いてあるようだな…。でも、読めないな……。
「あの外国の神の理で魔素の流れが分かる……。大和語のものはありませんか?」私が経子さんに尋ねた。
「ん〜、大和語のものかぁ。今までどんな本を読んできた?」
「『神統記』や『創世聖典』などは…。」
「なるほど…。神の理とそれを使った魔法原理の本をお望みかな?じゃ……これかな?」そう言ってまた、棚から一つの本を取り出す。
そこには『異邦神祇の理』と書かれた本がある。
私は中をパラパラとめくって速読する。
これなら新しい魔法が生み出せるかもしれない!
「この二冊を買います!」私が即答する。
「喜んでもらって良かったよぉ♩初来店記念にちょっとまけておくわ」そう言ってカウンターにその二冊を持っていく経子さん。
「他にも見ていいですか?」
「どうぞ。ごゆっくり」そう声をかけられる。
「俺もなんか図鑑ないか探すわ」ヒロも私の側から離れて魔法生物の本を見始めた。
私は、本棚に並んだ本の背表紙の文字を見る。
一冊……不思議な本があった。
『日本書紀』と書かれた本。
ひのもと?しょき?と読むのかな?
私は、その本に手を伸ばして、ページをめくろうとする。
「その本は別の経糸の本だから読んじゃいかんよ」すぐ耳元で声がした。
経子さんの青紫の目が私の持っている本を見ている。そうして、私の顔を見て目を細めた。
こんな近くに来ていたのに私が魔力探知しないなんて……。
経子さんはそっとその不思議な本を取り上げると私を見た。
「櫻子ちゃん、この本が見えたのかい?」変な質問をしてくる。
「えぇ……」
「ふ〜ん。気をつけることやな」
「何をですか……?」
「………」答えない経子さん。
「どないしたんよ?」ヒロが声をかけてきた。
「何もないで。コーヒーでも飲むか?私もおしゃべりしたいわ」そう言ってその不思議な本を腰のマジックバックに入れてしまった。
私は、わからなくて目をぱちくりする。
「俺、サイダーがいいすわ」ヒロがそんなリクエストをする。
「大夢君は子供の頃から変わらんなぁ」経子さんがニヤッと笑う。
「俺がガキの頃から見た目変わらん経子さんに言われたくないっすわ」そんな軽口をヒロが叩いた。
「まぁ、お茶しようや。櫻子ちゃんは私と同じアイスコーヒーでかまんか?」経子さんが尋ねてきた。
私はこくりと首を縦に振る。
「君たちは特別だからねぇ。ここに入ってもええで」
店の奥へと進むと、カウンターの裏に人が一人がやっと通れるほどの細い通路があった。
「こっちは?」
「私の家」
経子さんは何でもないことのように言う。
通路の先には暖簾がかけられており、それをくぐる。
その向こうは、古書店とは少し違う空気の部屋が広がっていた。
古い木の床。低いテーブル。壁際には小さな本棚。窓際には観葉植物。
その横には、しおりが挟まれている本が積み上がっていた。
本棚の上には、古い時計や小さな置物。
机の上にはPCが置かれ、隅の方にメガネと万年筆。そして、メモ帳。
使い込まれたコーヒーミルとドリッパー。
しかし、清潔に洗われている。
「適当に座って」
経子さんにそう言って、慣れた手つきでコーヒーを入れ始めた。
コーヒーポットに氷を入れてコーヒーをドリップしはじめた。
いい香りが漂う。高級な喫茶店に来た気分だ。
細口のポットを回しながらコーヒー豆を蒸らす経子さん。
「コーヒーお好きなんですね」
「まぁね。」そんな会話をする。
古書店の奥なのに、ここだけ妙に生活感がある。
………本当にここで暮らしているんだ。
私は少しだけ不思議な気持ちになった。
経子さんがポットの中のお湯を入れ終わると砂時計をひっくり返した。
「で?紀州の人魚と誘拐、どんな事件なんだい?」
私たちを見て、おもむろにそんなことを尋ねてきた。




