第7話:食堂or拷問現場
2章ではアデルの食堂が勤務開始!
箱推しとすれ違いが本格稼働です。追いかけていただけると嬉しいです。
◆◆◆【アデル】
「本日よりお世話になります、アデル・クレッセントです!」
アデルの声が、駐屯所の厨房に響く。
令嬢らしい優雅な挨拶は、昨晩練る間を削って何度も練習してきた。職場の働きやすさは、どのような第一印象を与えたかで変わるのだと、父親から教わっていたからだ。
そう、職場である。
アデルは、王国騎士団の駐屯所の食堂に就職したのだ。
すべては王国騎士団を支えたいがため。
アデルの王国騎士団箱推しは差し入れだけにとどまらず、「日頃の食事を作って差し上げたい」という気持ちに昇華した。
昨日、町で「料理人募集」の貼り紙を見つけたアデルは、すぐに自宅で履歴書を作成。即行でそれを駐屯所の事務員に提出。その場で即採用され、今朝が初出勤だった。
(少し前の推し活を知らない私なら、きっと今頃、つまらない気持ちで差し入れメニューを考えていたでしょうに)
ここでなら、人の心を動かし、自分の心もときめくような料理が作れるに違いない。
アデルはわくわくしながら、挨拶のために下げていた頭を持ち上げたのだが――。
「あれ……? 誰もいない?」
響いたのはアデルの鈴を転がしたような声だけ。
自分の声の余韻がこだまして消えていくのを肌で感じながら、アデルは「??」と首を傾げたまま、厨房内をきょろきょろと見回した。
年季は入っているものの、綺麗に手入れされた調理台や調理器具、ピカピカに磨かれた食器棚が目に留まるが、料理の仕込みがされている気配ももちろんない。
先ほど王国騎士団支給のエプロンを受け取りにいった事務所では、朝・昼・夕と食堂は稼働していると聞いた。入寮している若い騎士たちが、早朝訓練を終えたら朝食を摂りにやってくる、とも。
(事務員さんには、5時に来てって言われたのに……)
早く来すぎただろうかと、アデルは厨房の壁に掛かっている吊り時計を見上げた。時刻は5時ちょうどだった。
そわそわと待っていると、少し遅れて料理人と思しき男性が姿を見せた。
「ごめん、ごめん。昨日、吞みすぎちゃって……。料理長のグレゴで~す」
グレゴと名乗った料理長は、ぬぼ~っと絞まりのない口調が特徴的な中年男性だった。黒のコックコートに王国騎士団の紋章の刺繍が入ったエプロンを着けている。
けれど、短髪頭をぽりぽりと掻く仕草はどこかだらしなく、失礼ながら王国騎士団のピリッとしたイメージとは程遠い。ちなみにちょっとお酒臭い。
「初めまして。アデル・クレッセントと申します。本日よりこちらで――」
「あ~、いいよいいよ。履歴書見せてもらったから。副団長の婚約者の子でしょ? 嫁入り前の女の子を紹介してくれるなんて、副団長ってば余裕だよねぇ」
「いえ、ちが――」
「前の人が突然飛んじゃって困ってたんだよ。法律でさ、厨房には最低2名の正規職員が必要だっていうから。でもま、本当に基準を満たすためだけだから。ぜんっぜん、気負わなくていいからね。お嬢さんの白魚みたいな手が荒れるようなこたァないよ」
グレゴは、戸惑うアデルにつらつらと事情を語って聞かせた。アデルの話など、まるで聞いていない。
「――てぇわけで、豆、すり潰してくれる?」
「は、はい!」
アデルはすり鉢いっぱいのひよこ豆を手渡された。
(お父様、コミュニケーションって難しいです……)
領地の父を思い出しながら、アデルはせっせとひよこ豆をすり潰していく。普段から料理をしているので、こういった力がいる作業にも慣れていた。
王国の東部では、ひよこ豆に好みのハーブやスパイス、オイルを合わせ、ペースト状にした料理がある。シンプルな料理だが、濃厚なコクと旨みが癖になる、クリームチーズのような味わいの一品だ。パンや肉との相性が抜群なので、アデルも実家で何度も作ったことがある。
(ニンニクでガツンとパンチを効かせるのもいいし、クミンなんかを入れて、ほろ苦い香りと風味を付けるのもありだなぁ。わくわくする)
「あの、グレゴさんは、どんなレシピで――」
「ほいっ! じゃあ、それ鍋に入れて。一緒に煮込もう!」
「煮込む?」
グレゴが銀色の鍋の蓋を持ち上げると、ぼわんっと白い湯気が、強烈な刺激臭を伴いながら、天井に向かって昇り立った。
目の奥がツンと痛くなるような青臭さと、ピリピリと鼻の奥を刺すような刺激臭に、アデルは思わず悶絶した。ゲホゲホとむせてしまい、鍋から顔を背けずにはいられない。
アデルは食材の香りには敏感なつもりだったが、いったい何が混じり合っているのか想像がつかない。
「なんですか、この匂い……」
「特製栄養ドリンクだ‼」
誇らしげに告げるグレゴでさえ、手で鼻を摘まんでいるではないか。
「●●●と◆◆と○○の粉末と△△の搾り汁と、あとはアレとソッチのソレとかが入ってるぞ!」
自信満々に胸を張るグレゴの口から飛び出したのは、強烈な食材の数々だった。驚くような高級食材から、薬の材料のような素材もある。古今東西からありとあらゆる滋養品を搔き集め、闇鍋化させたといった感じだろうか。
鍋の中身はどろどろとした液体で、角度によって紫に見えたり、灰色に見えたりする。しかも、謎の泡がコポ……コポ……ッと、時々噴き出している。
「あわわっ。本当に騎士様たちが召し上がって……?」
これが王国騎士の強さの秘訣だろうかと、アデルは刺激臭で涙が滲む瞳を瞬かせた。目がしょぼしょぼして、とても鍋の前に立っていられない。
しかし、グレゴは「まぁ、無理やり?」と、不穏なワードを口にした。
「ほら、さっそく来たぜ」
「あれは……新入りの騎士様たちですか?」
厨房にいる2人がカウンターからひょいっと顔を出すと、食堂を通り過ぎようとしている若者たちの姿が見えた。
まだ10代のあどけなさが残る顔立ちや、発展途上の筋肉具合に目を付けたアデルは、彼らが新入りの騎士たちであることを瞬時に見抜いた。
けれど、彼らからは若者特有の爽やかさが感じられない。皆、足首に鉄球付きの鎖でも巻かれているのかと思うほど、足取りは重い。
(ゾンビの行進……⁉)
アデルが静かに息を吞んでいると、いつの間にかグレゴがゾンビな新人騎士たちのところに走っていた。両手にはジョッキいっぱいに入った例の栄養ドリンクがあり、「待て! 若いの!」と、新人騎士たちに向かってがなり声を飛ばす。
「げッ! 料理長ッ!」
「逃げるぞ!」
「ダメだ、足が……!」
新人騎士たちたちはジョッキを手に迫り来るグレゴに気づくと、生気のない顔をさらに真っ青にした。咄嗟に逃げ出したが、足をもつらせて転んでしまった青年がいた。
「レオ! お前の死は無駄にしねぇから!」
「うわぁッ! 薄情者ッ!」
転倒してしまった青年――レオを残し、新人騎士たちはグレゴから逃げていった。
レオは、金色のツーブロックヘアに深い青色の瞳を持つ青年だった。高貴な特徴だけでなく、体格にも恵まれているようで、ガタイだけならユーリスよりも大きい。しかし、顔にどことなく幼さの残る男の子という印象もあるのだが、今はとにかく顔色が悪かった。
「オレ、水だけでだいじょぶ――」
「なわけねぇだろ! 栄養を摂れ!」
「あぁぁぁーーごぼぼぼぼぼぼぼッ‼」
グレゴがレオの唇に無理やり栄養ドリンクのジョッキを押し当て、鼻を摘まんで強引に口から流し込んでいく。
どろどろどろどろ……と、紫で灰色の半液体が、じたばたと必死に暴れ、言葉にならない悲鳴を漏らすレオの喉の奥に消えていく。
(ご、拷問現場⁉)




