第6話:推し活不可侵宣言
◆◆◆【ユーリス】
ユーリスは全力で王都を駆けた。
アデルが住んでいるのは、王都の貴族街にある別荘だ。クレッセント伯爵領の実家は西部の港にあるのだが、ユーリスの勤務に合わせ、王都の避暑用の別荘で暮らしている。
それがまた、ユーリスにとっては「近くにわざわざいてくれるくらい愛されている」という慢心を招いた要因の一つだった。
規則正しく並ぶ白いレンガの通りを抜けたところをアデルは歩いて――いや、スキップしていた。見覚えのあるふんわりと柔らかそうなピンクブロンドの髪が、軽い足取りに合わせて揺れている。
(めちゃくちゃ機嫌がいい……!?)
当てつけのミートパイを騎士団員たちに贈り、気分がすっきりしたのだろうか。
婚約者が取り付く島もないほど不機嫌ではなさそうであることに、ユーリスはほっとしながら、「アデル!」と大声で彼女を呼び止めた。
はた……と足を止めて振り返ったアデルは、「まぁ。ユーリス様!」と丸い瞳を不思議そうにさらに丸くしていた。
「そんなに一生懸命に走って、どうなさったのですか? もしや、バルドゥル団長とはぐれてしまい、全力で捜索中……?」
「なぜそうなる。バルドゥル様なら今頃、駐屯所で君の作ったパイを食べている」
「ほほほ本当ですかっ!!!!????」
乱れた呼吸を落ち着けていたユーリスに、アデルが身を乗り出して尋ねてきた。
若葉色の双眼が、見たこともない輝きを放っている上に、圧がすごい。
彼女の欲しい言葉が分からず、戸惑ったままのユーリスは「た、多分」と言葉を絞り出した。
「バルドゥル様はミートパイが好物なんだ。それに部下たちも喜んで食べていた」
「まぁ、うふふっ。それは良かったです! 実はあれ、雷蹄牛の赤身のパイなんです。お肉全体がビリビリッと引き締まっていて、肉汁をしっかり保ってくれるんですよ。肉汁の甘みと芳醇な風味のパイ生地が引き立て合って、こう……グワッとコクが深く――」
(うっ。なんだ、この眩しい笑顔は。だがやはり、俺個人への差し入れでなかったことは確定か…)
「ちなみに、ユーリス様は?」
声を弾ませ、楽しげに語るアデルの言葉が、耳に入ってこない。眩しい彼女の笑みを見つめることが絶えられず、つい視線を俯けていたユーリスへの不意打ちのようなひと言だった。
うっかり、「え」という狼狽えた声を漏らしてしまい、数秒の間まで開けてしまった。
「俺は……食べていない。急いで出て来たから……」
アデルの目の輝きが、一段階鈍くなった。
「やっぱりそうですか」
にこりと笑っているが、どこか割り切ったような寂しげな口ぶりだった。
びゅうぅっと冷たい風が街道の並木を揺らし、アデルの長い髪がなびく。
何か大切なものがさらわれてしまったかのように、アデルは風が吹き抜けた方向を黙って見つめ、そして桃色の唇を引き結んだ。
傾きつつある日が、気まずい空気に沈む二人の影を作っていた。
ユーリスの胸は、ドッドッドッと嫌な鼓動を繰り返す。
何を言っても間違いである気がして、気を抜くと、「さようなら、ユーリス様」が頭の隅をよぎる。
(あぁ、きっとアデルは――)
「(俺が今まで料理のお礼をしてこなかったから)怒っている……のか?」
「いいえ。そんなこと(あなたが私の料理を食べてくださらないこと)で、目くじらを立てたりしませんよ」
「そう……なのか」
「はい! 私、吹っ切れたんです!」
ズレた方向を探り探り発言するユーリスと異なり、アデルは実に爽快な表情をしてみせた。彼女は胸の前で両手の拳をぐっと握りしめ、熱く語り出す。
「私、ユーリス様のこと、“推し活”のプロだと思えるようになったんです!」
「おしかつ?」
「推しと尊ぶ気持ちは痛いほど理解できます。私はそれを阻みません。寧ろ見守ります。思う存分、推してください! 私はユーリス様の“推し活”を後方腕組みで応援いたします!」
突然の話題の転換に、ユーリスの切れ長の瞳はテンになってしまった。
一瞬、「押し勝つ」という意味かと思ったが、どうにもイントネーションが違う。ただひたすら、楽しそうに話し続けるアデルに圧倒され、ユーリスはすっかり置いてけぼりになっていた。
「君はさっきから何を……」
「ただし――」
アデルは天に向かって拳を突き上げた。
「私も今日から“推し活”をすると決めました! 今後はお互い、推し活不可侵ということで!」
(おしかつ……ふかしん??)
まるで一軍の将の出陣のようだった。
いるはずのない騎士たちが、「うおぉぉぉぉッ!」「アデル将軍~ッ!」「おしかつ万歳!」と、アデルの後ろで武器を掲げているかのような幻覚が見えた。
その隙を突いたつもりではないのだろうが、アデルは「では! 明日の準備で忙しいので!」と言い残し、再びうきうきとしたスキップで去っていってしまった。
ピンクブロンドの髪が楽しげに揺れる。
ユーリスはアデルの後ろ姿を見つめ、うーんと首を捻っていた。
(彼女が何を考えていたのか、結局分からない……。でも、まぁ、大丈夫か。俺のことも応援すると言っていたしな)
嫌われていない。
その一点のみに安堵したことを、後日ユーリスは後悔することとなる――。
ここまでが第1章です。
今後、ヒロインとヒーローのすれ違いがどんどん加速!ヒーローが酷い目に遭います(断言)。
ブクマ等で応援してくださると嬉しいです。
よろしくお願いいたします!




