第61話: 突撃!おたくの晩ご飯!
【アデル】
「お夕飯ですよぉ!」
侯爵の用事を済ませた後、アデルはユーリスの部屋前にやって来た。
彼が少年時代に使っていた部屋だそうで、推す者としてはその全貌が気になって仕方がない。というわけで、アデルは彼を食堂に導く係を買って出でいた。
「調子が優れない……。後で一人で食べる」
アデルの間延びした呼びかけにユーリスの重苦しい声音が答える。
(あ、嘘ついてる!)
ファンの耳を舐めるべからず。アデルにはユーリスの声の調子で、その日の体調が分かってしまう。このわざとらしくしんどそうな声は、食事をスキップした時に「調子が悪くて」と言い訳していた時とそっくりだった。
「まぁまぁ、そうおっしゃらずに!!」
「んなッ⁉」
アデルがばーーーんッとドアを開け放つと、ベッドの上で本を読んでいたユーリスがギョッと目を見開いた。
まさかアデルが突撃してくるとは予想もしていなかったのだろう。白シャツだけのラフな格好をしており、顔は熱されたやかんのように真っ赤だった。
「ななな、なんて真似を⁉ 淑女が男の部屋に押し入るなんて……ッ」
「えっ⁉ そんなに恥ずかしがるなんて、何かやましいことを⁉ その本、もしや……」
「この本は偉人の伝記だ! というかなぜ入って来れた⁉ 俺はたしかに鍵を閉めて……」
「侯爵閣下より、マスターキーを賜りました!」
「父上ぇぇ……ッ」
ユーリスの恨みごとをよそに、アデルは彼の腕を強引にぐいと掴んだ。さぁ、食堂へ出発! と張り切るアデルにユーリスは引きずられる形になる。
「待ってくれ! せめて着替えさせてくれぇぇッ!」
動揺でよろよろとした足取りのユーリスの声が屋敷中に響く。
アデルが振り返って見た彼の少年期の部屋は、ベッドと空っぽの勉強机しか置かれていなかった。
まるで思い出が何も残されていないかのような寂しい空気が、静かに満ちていた。
***
食堂での夕食は、厳かを通り越して沈黙の極みだった。
奥の席に侯爵、その両脇にダリアとエリーゼ、少し離れた場所にユーリスとアデルが隣り合って座っているのだが、まるでお葬式のようだった。時々エリーゼが「これ切って」などと、ダリアに食事の手伝いを頼むような会話が小声で交わされるものの、それ以外はカトラリーが皿に擦れる音しか聞こえてこない。
卓上に飾られた白い花を見て、「綺麗ですね」とアデルが感想を述べると、ユーリスは「シクラメンだな」と花の種類を口にした。
それは見たらわかりますけど……と言い返したかったが、意外にもユーリスが愛おしげに花を眺めていたので、アデルは黙ってその様子を見守った。
「ユーリス。バルドゥル王弟殿下はお変わりないか……?」
「ますますのご壮健ぶりです」
「バルドゥル王弟殿下のお役には立てているか?」
「それは私の判断するところではありませんが、日々お力になれるよう精進しております」
「そうか……」
シーーーン……。
(あのユーリス様が、推しの話題に食いつかないなんて!)
侯爵とユーリスの乾いた会話がしばらく続き、ぷつん……と途切れた。見事にバルドゥルの話題ばかりだというのに、ユーリスの眉は横一直線。真顔で料理を食べ進めていく。
料理はがっつりとした肉料理が多かった。ラム肉のグリル、チキンのトマト煮込み、スパイスの効いたソーセージ、ローストビーフ……。ボリューム満点のガーリックトーストやプディングなどもテーブルに並んでおり、アデルは学生時代のゼミのパーティを思い出しながら、舌鼓を打った。
その料理に合わせた赤ワインも絶品で、葡萄のほのかな酸味と甘みが肉の旨味と混ざり合い、極上のハーモニーを作り上げている。
ユーリスがどう感じているのかは分からない。彼は少し赤らんでいる頬を緩ませながら、無言で黙々と肉を口へと運び、ワイングラスを傾けていた。
「……美味しかったです。後は皆さんで楽しんでください」
しばらくして、ユーリスは遠慮するような言葉を残し、寝室へ上がってしまった。
「ユーリス兄さま、もう行っちゃったね」
寂しそうなエリーゼの声、「そうね」と眉を下げるダリア、「うむ」と湿っぽいため息を吐き出す侯爵。悲観的の空気の裏には、ユーリスへの悩みがありありと滲んでいた。
アデルはユーリスの席に残る皿に視線を落とした。
たくさんの肉料理からデザートまでをたっぷりと食べ終えたその皿には、綺麗に何も残っていない。ワイングラスも同様だ。おまけに花瓶に生けられていたシクラメンの数も減っている気がする。
ユーリスと彼らの間には、見えない溝がある。だがきっと、対岸から手を伸ばせば届かない距離ではないと、ユーリスを見つめてきたアデルは確信していた。
「大丈夫です‼ 私がユーリス様とお話してみます‼」
アデルはスパイスの効いたプディングをぺろりと平らげると、食堂を飛び出した。
「ユーリスなら、東館の2階の端の部屋よ」
後からダリアの声が追いかけてきて、アデルは階段を駆け上った。
そこは、さきほどユーリスが籠っていた部屋とは違う場所だった。こげ茶色のドアには金色が褪せてしまったような色のドアノブが付いていて、アデルはそれを静かに回した。
ユーリスは言葉が足りない。
大事なことをはっきり言わない。
しばしば思い込みも強く、大事なタイミングも逃しがちだ。
なんでもそつなくこなす副団長の鎧の中身を晒す勇気もなくて、内側でいろんな感情が拗れてしまっている――。
(ファンとして? 婚約者として? 分からない。でも、ユーリス様には笑顔でいてほしい……)
ガチャリとドアノブが回る。今度は鍵がかかっていなかった。なぜなら、そこは――。
「アデル……!」
月明りの差し込む薄暗い部屋には、大きな天蓋付きベッドが堂々と居座っており、そのそばでユーリスが寝着に着替えようとしていたところだった。
普段、日に当たらない胴体の色は白いが、ところどころ古傷が残っている。鍛え上げらえたしなやかな筋肉が美しく、それでいて色気が漂っているのが不思議で――とにかくアデルはユーリスの剥き出しの上半身を目の当たりにし、言葉にならない悲鳴を上げた。
「〇△◆✕✕□~~~ぅ! すみません! 寝支度をされているとは思わず……っ!」
「いい! いいんだ、アデル! 逃げないでくれ!」
ダッシュで逃亡しようとしたアデルの腕を素早く捕まえたユーリスは、躊躇いがちに唇を動かした。
「ここは、君の寝室でもある」
「へ……?」
なぜ、少年時代の部屋に突撃された時よりも落ち着いているのだろう。
ぼぼぼと熱くなっていくアデルの頭には、そんな疑問が浮かんで弾けたのだった。




