第56話: 推しの誕生祭
◆◆◆【アデル】
それから2週間後――。
「王国騎士団設立記念祭にようこそ!」
アデルは両手を大きく広げ、笑顔いっぱいに騎士たちを食堂に招き入れた。
食堂内は色紙で作った花飾りや輪飾りでデコレーションされ、各テーブルには真っ白なクロス、中央には3段重ねの巨大なクリームケーキが迫力満点に座している。苺やブルーベリー、ラズベリーといったたくさんのベリーが美しく盛ったアデルの自信作だ。
「すげぇ! パーティじゃないですか!」
「えへへ。おめでたい日ですから。何といっても、王国騎士団83周年ですからね!」
「83……?」
立派なケーキに目を奪われていたレオは、半端な数字を聴かされ、途端に目が点になっていた。
「それって、祝うもんなんですか?」
「当然です! 推しの誕生日は毎年派手に祝わなければいけません!」
コレットに頼まれ、歌劇団の団員の誕生日も個別にケーキを焼いているアデルである。本当は王国騎士の誕生日毎にパーティを開きたいところだが、さすがに人数が多く、職場の迷惑になるので控えていた。
「生まれてきてくれた推しに感謝を!」
「僕にはその感覚、分からないや。見返りもないのによく祝えるねェ」
「サミュ。そうは言いつつ、ケーキは食べるんだろう?」
「だって余ったらもったいないでしょ」
予定通り、サミュをユーリスが連れて来てくれた。
医務室に籠って薬作りをしている彼を誘導するのがユーリスの役目だった。「甘いものがあれば、サミュを連れ出すのは容易い」と彼が話していた通り、サミュはすんなりと姿を見せた。
そんなサミュのため、アデルは意気揚々とケーキをナイフで切り分けた。
「はい、サミュさん。83周年おめでとうございます!」
「リアクションに困るよ。っていうか、僕のだけすごく歪なクッキーが載ってるんだケド?」
サミュが怪訝そうに眉根を寄せている原因は、アイシングクッキーだ。サミュのケーキに寄り添うようにして鎮座するそれは、白い砂糖クリームでデコレーションされた2つの丸が連なっているのだが、形もアイシングもガタガタだった。
何を模しているのかもまったく分からないと、サミュは顔を引き攣らせながら席に着いている。
「いいクッキーだろう? それは眼鏡だ」
サミュの正面に腰掛けたユーリスは、自信満々のドヤ顔だ。サミュは「はぁ?」と呆れた声を上げ、クッキーとユーリスを交互に見やる。
「もしかしてユーリスが作ったの? アデルさんのクオリティじゃないとは思ったケド、卵を握りつぶすような不器用者の君がお菓子作りを?」
「それは昔のことだ」
「いや、割と最近の野営の話だし。殻を食べてる気分だったよ」
サミュがおそるおそるクッキーを摘まみ上げると、ねちゃねちゃとした不出来なアイシングが指にまとわりつく。おまけに少し力を入れただけで、真っ二つどころか8分割程度にパラパラと崩れ落ちたではないか。何をどうすればこうなるんだ、と言わんばかりに、サミュの顔は青くなった。
「うわ……。コレ、大丈夫? 自分で味見した?」
「していない。作ったのは俺じゃないからな」
「は……?」
サミュの顔がピシリと固まった。視線は不敵な笑みを浮かべるユーリスを通り越し、その後ろに隠れるようにして立っている緑がかった黒髪の女性――ファリナに注がれていた。
「ファリナ……さん?」
「サミュ様……ご、ごきげんよう」
「ごきげんよう……じゃなくて……え? どういうコト⁉」
サミュが椅子から勢いよく立ち上がると、ガタンッと椅子がひっくり返った。普段見せない動揺っぷりだ。
ファリナは動きやすいワンピースの上から白いエプロンを着けていた。彼女は落ち着かない様子でもじもじと顔を赤らめながら、エプロンの裾を手で揉んでいる。何のためのエプロンか――サミュはその理由にすぐに気が付いた。
「まさかこのクッキー……あなたが……?」
「は、はい……。味見……してなくて、すみません……っ」
嘘だろ。
サミュのそんな悲鳴がアデルには聞こえた気がした。




