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第55話: 相談

 ◆◆◆【ユーリス】



「――というわけで、2人のために協力してほしいのです」


「いいだろう。任せてくれ」


 アデルが休息日だというのに駐屯所に現れ、何事かと不安に思ったユーリスだったが、彼女から相談ごとを持ちかけられたと分かった時には、すっかり上機嫌になっていた。

 普段、推しの一人として埋もれているのではないかと焦っているユーリスだ。個別に頼られると、自己肯定感が満たされて仕方がない。無意識に口の端が持ち上がり、頬が緩んでしまう。


「ユーリス様ってば、どうしてにやにやしてるんですか。ファリナは真剣に悩んでいるんですよっ」


「そ、そうだな。すまない。君が俺を指名してくれたことが嬉しくて、つい……」


「だってバルドゥル団長、ご不在ですし。順当に行けば、副団長にご相談するのが自然では?」


「う……そうだな」


 喜んだ途端、手厳しい言葉にほころんでいた頬をビンタされた心地である。それでも婚約者に頼られたことには違いないのだと言い聞かせながら、ユーリスはアデルを家へと送っていった。


 道中の会話のメインはサミュとファリナの話であり、そのおかげ沈黙はない。

 普段、婚約者を大切にしろと散々言ってくるサミュが、まさか自身の婚約者に不満を持たれているとは驚きだった。


 きちんと手紙を出し、デートに誘い、エスコートしていても、上手くいかないことがあるらしい。じゃあ、どうすれば? という答えなど、ユーリスが知るはずもない。

 ただ、最近サミュがぼんやりと気を散らせていた理由がそこにある気がして、自分の現状は高い棚に上げて、友人として力になりたいと思った。


 やや傾いて来た午後の柔らかな日差しに目を細めながら、ユーリスはアデルにサミュのことを語った。


「サミュは昔、貴族を毛嫌いしていたんだ。平民の特待枠で士官学校に来たあいつは、貴族たちから何度も嫌がらせを受けたから……」


「そんな……椅子を隠されたりとか?」


(なぜ、椅子?)


 アデルが真面目な顔で心配しているので、ユーリスは冷静に続けた。


「椅子……は消えたことはなかったが、学用品が盗まれたり、下品な噂が流されたりすることは多かった。平民でありながら頭のいいあいつを妬む、くだらない虐めだ。だが、騎士を目指す者にあるまじき精神だ。バルドゥル様はすぐにサミュを救おうとした。俺も加害者たちを退学に追い込む策を練ったんだ」


「ユーリスとバルドゥル団長は、昔からお優しかったのですね」


「俺はともかく、バルドゥル様の正義感は当時から突き抜けるものがあった。けれど、サミュの偏屈も相当だった。王侯貴族はそうやって、すぐに下級民を見下すのだと、バルドゥル様の手を突っぱねた。だがその後、サミュは俺たちをも驚かせてくれた。騎士科から医学科に編入し、飛び級を重ねて最年少で一級軍医の資格を取ってみせたんだ」


 体格に恵まれず、サミュは騎士になることは諦めたが、より適性のある医学の道を進み、医者となった。潤沢な学習環境が望めない平民が成した偉業は、今でも士官学校に語り継がれている。サミュは自力で貴族たちを見返したのだ。


「虐めた側が実地訓練で負傷した時だったか。医療班の班長がサミュでな。そいつが泣いて許しを乞うまで、地獄のように染みる薬を患部に流し込んでいた。『貴族の生殺与奪の権を僕が握れるなんて最高だ』なんて、恐ろしいことを言っていたな。バルドゥル様がそんなサミュに興味を抱き、3人でつるむようになってからは、奴の貴族嫌いは薄まっていったように見えたが……今はどうなのだろうな。婚約を成り上がる手段として考えている可能性もあるが……」


「はぁはぁ……お宝エピソードをありがとうございます……!」


 いつの間にか箱推しモードに火が点いていたアデルは、興奮気味にユーリスの話に食いついていた。

 ユーリスとしてはアデルが退屈していないようで安心だが、友人の話なのでいささか複雑な心境になってしまう。


 そして、いい機会かもしれない……と、震える唇を開いた。緊張を飲み込み、平静を装うユーリスをアデルがちょうど見上げていた。


「貴族の世界では、白い結婚も珍しくない。だが、ファリナ嬢は愛のある結婚を望んでいる。アデル……君はどうなんだ……?」


「え……私は……」


 アデルの新緑色の瞳が揺れた。

 びゅぅと強い風が、アデルのピンクブロンドを弄びながら吹き抜けていく。





「アデルお嬢様」


「あっ! ターナ、ティル!」


(なッ⁉)


 ユーリスとアデルの間に流れた静寂を払い除けたのは、後方の歩道を歩く、男女の使用人だった。ココアブラウンの髪をしたよく似た顔の侍女と執事だ。これまでユーリスは訪問のたびにどちらかとは顔を会わせていたのが、今ようやく彼らが血縁関係なのかもしれないと気が付いた。


 彼らは買い物に行っていたらしい。手には大きなバスケットや紙袋を持っており、アデルに「いいものが買えました」と誇らしげに報告している。


「ありがとう! お砂糖も卵も牛乳もばっちりね! 果物も新鮮そうだし、腕が鳴るわ!」


「お役に立てて何よりです」


「あ、アデル? アデル、おーい??」


 アデルは侍女と執事に駆け寄り、楽しそうに購入品のチェックを始めてしまった。ユーリスとの会話は忘却の彼方だ。


(くぅぅッ。タイミングが悪かったか!)


 悔しさを唇と一緒に噛み締める。半面、アデルの本音を聴くのを先送りにすることができて、安堵しているユーリスもいた。

 もし、「白い結婚でいいです。だって相手がユーリス様ですし」などと言われてしまったら、一生立ち直ることができないかもしれない。


(俺はいつまでも臆病だ……)


「ユーリス様、送ってくださってありがとうございました」


「あぁ。じゃあ、また明日」


「はい、また」


 明日――「次」があるだけ、希望もある。諦めないぞと、ユーリスは拳を握りしめた。






 ◆◆◆【アデル】



「ユーリス様、ずるい尋ね方をなさりますね」


「ターナ、聞こえていたの?」


「申し訳ございません。姉に同じく」


 ユーリスの背中が見えなくなった頃、ターナとティルが怪訝そうに眉をひそめた。

 双子に挟まれるようにしながら、アデルはタウンハウスの門をくぐった。

 彼らはアデルとユーリスが2人で歩いているのが気になって、少し離れた場所から見守っていたのだと言った。


「お嬢様は、ユーリス様とどのような夫婦になりたいとお考えで……?」


「うーん……お父様とお母様が恋愛結婚だったから、仲の良い夫婦には憧れるけど……。私の『好き』はお父様たちと同じなのかしら……? それがずっと分からなくて……」


 首を捻るが、それだけで答えが飛び出してくるわけでもなし。

 タウンハウスの花壇で育てているハーブに目が留まり、爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。アデルは、ユーリスにハーブのパンを焼いたことを思い出す。


(そういうユーリス様はどうなのかしら……)


 アデルは自分の推し活についてどう思っているのか、ユーリスに聞こうとしたが聞けなかった。

 相手の想いを受け止める覚悟が、アデルにはまだなかった。湧いてくるのは疑問ばかりなのだった。


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