第54話: 完璧の弊害
【アデル】
アデルのタウンハウスに設けられているティールームは、さして広くはないが居心地がいい。
アンティーク調の棚にはアデルが少しずつ集めたティーセットやティルが厳選した香りのいい茶葉の缶が美しく並び、天井からはターナが丹精込めて作ったドライフラワーの花束が吊るされている。
日常の延長線上にあるかのような穏やかな部屋は、緊張気味な客人をもてなすにはもってこいの場所だった。
「まさか、サミュさんがファリナの婚約者だったなんてね」
「親が決めた婚約なんです。新薬の開発のために、父が荒廃地の魔獣調査に行ったことがありまして。護衛についてくださった王国騎士団の小隊にサミュ様がいらっしゃったんです。父は優れたお医者様のサミュ様をいたく気に入り、婿養子になってほしいとその場で口説いたと聞いております」
「ま! ファリナの了承なしに?」
まだ温かいマドレーヌをコレットが豪快に真っ二つにちぎった。ふわりと香るバターの芳醇な香りがコレットの低めの沸点を慰めようとしているが、本人は不満げに眉を寄せている。
「はい。私も初めはひと言くらい相談してほしかったなと、父に恨み言を……。でも、改めてお会いしたサミュ様が、あまりにも素敵な方で……。頭もよく、お仕事熱心で、振る舞いも紳士的、手紙や贈り物も定期的にくださりますし、デートでもいつも素敵なお店を選んでくださって……。サミュ様のような“完璧な婚約者”は他にはいないだろうなと……」
ファリナの頬がほんのりと桃色に染まった。
アデルは直球の惚気に当てられ、素直にすごいなと感心してしまう。
「サミュさん、すごいわね。ユーリス様と正反対」
「ですわね。乙女心の分からないアデルの婚約者よりも、よほどちゃんとしているようですけど……。本当にあのクソ眼鏡ですの? わたくしには喧嘩ばかり売ってきて、玉ねぎの皮剥きが遅いことも、くどくどと言い訳していましたわよ?」
合同訓練で嫌味合戦を繰り広げていたコレットとサミュの姿は、アデルの記憶にも新しい。
「そうなんですね……」
ファリナの瞳が曇ったのを見て、アデルとコレットは顔を見合わせた。
さすがに言いすぎただろうかと、コレットは心配そうに「誰にでも褒められない一面はありますわ」とフォローになっていないようなフォローを入れた。
「サミュさんの本音を隠さない性格、王国騎士団の皆さんからは愛されていると思います。はっきりと意見を述べることって、やろうと思ってもなかなかできないですから。私も、正直に『この料理の味、薄くない? 舌、大丈夫? 診察しようか?』と言ってもらえて助かったことがありますよ!」
「めちゃくちゃ煽られてますわね、アデル」
アデルもいい感じエピソードを披露してみたが、ファリナを安心させるどころか、彼女の瞳には薄っすらと幕が張ってしまった。うるうると涙を堪える小柄な令嬢は、「羨ましいです……」と声を絞り出した。
「羨ましい? どうして?」
「だって……、サミュ様は私にそんな言動、一切見せてくれません。いつも私を気遣ってくださるのですが、そこにあの方の本音が感じられなくて……。一線を引かれているような……少し寂しい気持ちがするんです。すみません……望み過ぎだとは分かっているのですが……」
ファリナはティーカップの中の琥珀色を覗き込みながら、ぐすんっと鼻をすすった。
どうやら、彼女が口にした「寂しい気持ち」は相当胸に溜まっている様子だ。
「なるほど。あの男は頭がいいですものね。女性好みのプレゼントや店選びは得意そうですし、待ち合わせには10分前に来るタイプ。少し肌寒い日は、いざとなったら婚約者に貸してあげられるようにストールを巻いてきていて、町の温かい飲み物のワゴンの位置はリサーチ済み。食事は『あなたと食べるとより美味しいです』なーんて言いながら、実際味の感想は伏せていたり……」
「すごい! コレット先輩、どうして分かるんですか⁉」
「オタ活をしていると、人間の解像度が上がるのですわ」
「??」
ファリナはきょとんと首を傾げたが、コレットは特に掘り下げずに話を続けた。
「眼鏡がすべてファリナのための行動を取り、かつそれが完璧すぎると……。スマートが過剰だと、人間味がしませんものね。頭が回らず、必死にアデルを追いかけるユーリス様が可愛く見えますわ」
「私を追いかけるだなんて、そんな。ユーリス様にはバルドゥル団長がいらっしゃって――」
「まぁ、アデルは特殊な例だとして……。ファリナは眼鏡ともっと親しくなりたいと言うわけですの?」
「はい……っ」
ファリナが顔を上げ、こくこくと頷く。
「婚約の始まりは父の意思しかなかったとしても……私は、サミュ様と心から愛し合えるようになりたいんです。少なくとも、その努力はしたい……。このままだったら、表面上しか触れ合わない、空っぽの夫婦になってしまいます……」
(空っぽの夫婦、か……)
アデルはファリナの言葉を胸の内で反芻し、飲み込んだ。
自分のことは後でいい。今はかわいい後輩の力になってあげたかった。
「ならばまず、ファリナのことを知ってもらいましょう!」




