第53話: 推しの心、ファン知らず
【アデル】
前回のあらすじ。お茶会に来たら、自分だけ椅子が用意されていなかった。
招待しておいてひどいものだ。
「すみません。椅子を並べ忘れていらっしゃいます」
「あら、必要だった? 王国騎士団の騎士たちは、地べたに座して宴をすると聞いたわ。なら、そこで働くアデル様にも椅子なんて不要でしょう?」
アデルが手を小さく挙げて現状を訴えると、主催の公爵令嬢が高笑いした。
悪意を隠すつもりもないらしい。扇で口元を隠しながらも、彼女の取巻きと思われる令嬢たちも嘲笑を浮かべている。
「貴族の女が汗水流して働くなんて、あり得ないわ」
「分かった。ユーリス様に相手にされないから、男漁りしてるんじゃない?」
「わざわざユーリス様のいる黒鷲隊にいくなんて……なんて嫌味な行動なの?」
ひそひそと囁かれ、アデルは目を丸くした。
両親からも反対されず、ユーリスからも文句を言われず、王国騎士団からは歓迎されていたので、これまで外から自分がどう見られているかを考えたことがなかったのだ。
婚約者から放置されていると有名だったアデルが急に男所帯で働き始めると、どうやら不純な動機を想像されてしまうらしい。
(私はただ、推し活がしたいだけなのに)
「けしからんですわ!」
声を荒らげ、立ち上がったのはコレットだった。
アデルから離れた席についていたコレットは、青い髪を蒼炎のように怒らせながらツカツカとヒールを鳴らして近づいてきた。「帰りますわよ」と、アデルの手を掴む。
「崇高な志を馬鹿にするなんて! 脳みそが化石ですわ!」
「なんですって⁉」
公爵令嬢がテーブルをバンッと拳で叩き、怒気を露わにした。ティーカップがカタカタと震え、わずかに中身が零れた。
こうして楽しみにしていたお茶会は、あっという間に地獄の茶会と化したのだが、アデル自身はというと、いたって冷静だった。
元々怒ることが苦手で、負の感情はぐっと腹に収めるタイプなのだ。ユーリスに対しても、どれだけ後回しにされても怒ったことは一度もなかった。
「コレット、ありがとう。今日は帰ることにする」
アデルは穏やかな口調で親友に微笑むと、最後に公爵令嬢たちに向き直ってふた言告げた。
「王国騎士団の宴は、とても楽しいですよ。皆さん、笑顔でいっぱいなんです」
貴族のお茶会と違って。
その言葉は、椅子のない席にそっと置いていくことにしたアデルだった。
***
「好きなことをするって、難しいのね」
公爵令嬢の茶会を後にしたアデルとコレットは、王都の貴族街を目指して歩いていた。アデルのタウンハウスへ赴き、楽しいお茶会で口直しをする予定だった。
コレットは未だに「許せませんわ」「ゴミムシども」などと毒を吐いている。
子爵令嬢のコレットが公爵令嬢に歯向かうことは、相当リスキーなはずだ。けれど彼女は、身分や性別の差といった不利に屈することをとことん嫌う性格だ。そのため学生時代もクラスから浮いてしまったり、最近では婚約者と衝突したりしてしまったりと、生きづらい場面が発生することもある。
だが、アデルはコレットのそんなところが好きだった。
「自分の意思を貫けるコレットって、本当にすごい」
「後悔の残らない選択を心掛けてはいますわね。でも、アデルだってちゃんと意思を示しているじゃありませんか。騎士団箱推し」
「うん……そうなんだけどね」
アデルが少し黙ると、赤茶色のレンガが敷き詰められた歩道に2人分のヒールの音がよく響く。
仕事の時はいつも安定性のあるブーツを履いているので、久々のヒールにアデルはじわじわと疲れを感じ始めていた。もしくは、気持ちの問題かもしれないが。
令嬢たちから浴びせられた心ない言葉が、後からアデルの心を重たくしていた。
(あの人たちの言うことがすべてじゃないことは分かってるけど、このままでいいのかな……。私の推し活をユーリス様はどう思われているんだろう……)
たしかに、それぞれの推し活不可侵を誓った。
けれど、何かを思うかは別の話だ。
ただでさえ、ユーリスは遠くない将来、領地に戻って侯爵位を継ぐ。未来の公爵夫人たるアデルが自由に駐屯地を出入りし、自分以外の騎士たちと関りを積極的に持つことについて、いい感情を抱いてばかりとは限らない。
(もしかして、推し活をやめてほしいと思われている……?)
アデルは無意識にピンクブロンドを飾る金木犀に触れた。
(急によく話しかけて来るようになって、話を聞いてくれるようにもなった。朝迎えに来てくれるのも、外出に同行してくれるのも、料理の感想も、プレゼントも……、よそ見せず、まっすぐに侯爵夫人の椅子に座ってほしい……というお気持ちの表れ?)
ユーリスは変なところが真面目なので、推し活不可侵を破らないようにしながら、自分の意思を示している可能性がある。口では何も言わないが、心の中ではアデルの推し活を不快に感じているのかもしれない。
(コレットみたいに思っていることを言ってくださったらいいのに)
「どうしましたの。そんなにスイーツを食べ損ねたのが残念でしたの?」
「もう! 私が食い意地張ってるみたいに」
「有名パティシエのスイーツが食べられると喜んでいたのは、アデルではありませんか」
「そうだけどぉ」
笑顔で軽口を交わす。
アデルはコレットの竹を割ったような性格に救われながら、帰ったら彼女のためにとっておきの紅茶を淹れることを決めた。食堂の仕事の初任給でもらったお金で買った、かなりいい茶葉があるのだ。キャラメルに似た香りは、きっと甘いお菓子にも合うはずだ。
「あ、あの! アデル先輩、コレット先輩!」
突如背中側から呼び止められ、アデルとコレットは眉を持ち上げながら振り返った。
走ってきたのか、胸を押さえ、ぜいぜいと荒い呼吸を整えようとしている令嬢がいた。緑がかった艶やかな黒髪をゆるい三つ編みにしている、控えめな印象の女の子――アデルは彼女に見覚えがあった。
「ファリナ! 久しぶり!」
「覚えていていただけて嬉しいです」
ファリナ・ジゼットは目の奥を微笑ませると、丁寧にお辞儀をした。
彼女はアデルとコレットが通っていた貴族学校の後輩で、新興の男爵家のご令嬢だ。たしか実家は医療の研究をしていて、ゼミが一緒だったアデルとは、「食品が人体に及ぼす影響」を共に研究した仲だった。少々内気な性格だが、真面目で頼りになる後輩だ。
「先ほどは、申し訳ございませんでした……っ。私、あのお茶会の別のテーブルにいたのですが、その場で先輩方にお味方する勇気がなくて……。その……本当にごめんなさい」
ファリナは三つ編みを揺らしながら、先ほどよりも深く頭を下げた。
「気に病む必要はありませんわ。貴族の世界じゃあ、自分の身を守ることが何よりも大事ですもの」
コレットが言うと説得力がないが、たしかにその通りだった。アデルも「気にしないで」と頷いた。
「ですが、アデル先輩が不純な気持ちで働いていないことは分かっていましたから……。騎士団でのご活躍は、婚約者からよく聞いています」
「婚約者? だあれ?」
アデルが問うと、ファリナは頬を赤らめ、もじもじと俯く。
恥らう彼女の反応を見るに、きっと穏やかで清楚な彼女を包み込んでくれるような、懐の深い騎士に違いない――そう思ったのだが。
「私の婚約者は、サミュ様です」
「あのクソ眼鏡じゃありませんか!」
コレットの(さすがに失礼な)リアクションが、往来に響いた。




