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第50話:それってファンサのことですか?

 ◆◆◆【アデル】



 朱色と群青色が緩く混ざり合う空の下。ナギツ大森林に設けられた野営地からは、腹を減らした男たちを虜にする香りが立ち上っていた。


「お待たせいたしました!」


 王国騎士と士官学生たちが獲ってきた鹿は、王国のジビエの中でも抜群に高タンパクで、名をナギツ鹿という。肉の状態によっては驚くほど高値で取引されるそれを、アデルは余すことなく絶品料理へと姿を変えていた。


 赤身がジューシーなロースは、じっくりと火入れをしてローストに。しっかりとした旨味のあるモモはパンチのあるステーキに。貴重なヒレ肉はカツにして揚げ、肩肉はミンチにしてラグーパスタに。硬めのスネやアバラはたっぷりの時間をかけて赤ワインで煮込んだ。


 ジビエ独特の野趣溢れる風味をスパイスや燻製で際だてる皿の数々は、宴の席に並べた途端にはけていく人気ぶりである。

 始めは緊張ぎみだった若い士官学生たちも、極上の鹿料理をきっかけに王国騎士たちと打ち解けていき、先輩たちの経験談や武勇伝に目を輝かせている。皆の笑顔が焚火に照らされ、揺らめいていた。


 なんて眩しい光景なのと、アデルの唇は無意識に弧を描く。


「鹿狩り対決なんて始めた時は、仲が悪くなっちゃうんじゃないかと不安だったけど……。推したちも推し候補生たちも楽しそうでよかった~」


「まぁ、良い余興になったのでは? あのクズ男が多少心を入れ替えている様子も見れましたし」


「クズ男って……ユーリス様のこと、そんな風に言っちゃ失礼よ」


「あら、わたくし、ユーリス様だなんてひと言も言っておりませんわ。アデルの方が失礼ですわ」


 追加のステーキを鉄板で焼きながら、アデルとコレットは顔を見合わせた。小さくクスリと笑い合う声は、じゅうじゅうと脂の弾ける肉の音に耳にかき消される。


「でも、ユーリス様は本当にお変わりになった気がする。私、バルドゥル団長をお支えするユーリス様が好きだなぁって思ってたんだけど……」


「推しの成長を見守るのも、ファンの喜びですわ。わたしくの愛するルミエール歌劇団の座長も、ド下手くそから成り上がりましたもの。下積み時代から推す身としては、母性が炸裂して敵いませんわ」


「ふふ……そっか……そうよね」


「ですわ」


 コレットは青い髪をさらりと掻き上げる。


「姉上」


 煙と酒の香りに酔う男たちの宴の席からひょっこりと現れたのは、空になった大皿を集めて返しにきたルカだった。艶やかな赤髪に月明りが差してキラキラとしている。

 狩りや訓練をこなしたとは思えぬ爽やかさと足取りで姉のもとにやって来たルカは、「すごく美味しいです」と料理の感想を笑顔で告げた。


「ありがとう、ルカ」


「いえ。僕は小さい頃から姉上の料理が大好きで……、久々に食べることができて嬉しいんです」


「もう! 嬉しいこと言ってくれるんだから!」


「あら? 言うことはそれだけですの?」


 アデルに頭を撫でられ照れくさそうにしているルカに、コレットは挑発的な物言いをした。示唆しているのはもちろん、ルカがエドガーを伴侶にと勧めた件だ。

 ルカは気まずそうに目を泳がせてから、改めて口を開いた。


「……僕は、姉上があまりにもユーリス様の話をしてくれないので、心配だったんです。大切にしてもらえていないんじゃないかって……。だから、いつも優しく見守ってくれるエドガー様なら、と思ったんです。でも、杞憂だったようですね。ユーリス様は、ちゃんと姉上のことを気に掛けていらっしゃる。愛がひしひしと伝わってきましたよ」


「愛?」


 アデルはぽかんと放心してしまった。

 言葉を継げないアデルには気が付かず、ルカは話を続けた。


「ですが、姉上がユーリス様を心の底から愛しておられるかは、また別の話ですから。どうか、姉上は自由でいてください。領地は僕が守っていきますから、あなたは何にも縛られる必要なんてありません」


「あらあら、まぁまぁ」


「……あ、愛? それってファンサのこと??」


 にこりと微笑み、大皿を置いて宴会の輪に戻っていくルカをコレットはニヤニヤしながら、アデルは頬を熱くしながら見送った。


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