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第46話: 推しからの認知

「エドガー・シュトラウル教官。あの方こそが、姉上の伴侶に相応しい」


「あれって冗談じゃなかったの⁉」


 弟の発言にアデルの髪がぴょこんっと飛び跳ねた。

 居合わせたコレットたちも、目を丸くしたり白黒させたりしている。


 アデルはひと月ほど前、ルカから手紙をもらっていた。

 内容の半分は士官学校の生活について。アデルは弟が楽しく学んでいることに安心したのだが、残りの半分が教官のエドガーがいかに素晴らしい人かを語るものとなっていた。


 エドガーが現在士官学校の教員になっていることは(オタク心で調べたので)知っていたのだが、まさかルカの話が結婚の話に繋がるなどとは思いもしなかった。


「エドガー教官は魔獣討伐数が歴代1位! 大陸中の強者を集めた武闘大会でも堂々三連覇! 上司にしたい貴族ランキングでは殿堂入りを果たし、王家や国民からの支持も厚い。名門侯爵家の当主の弟でありながら、人柄は気さくで豪気。士官学校教員としての収入も安定。長期で家を空けることも、死地へ赴かれることもまずありません。女性や子どもに対して紳士的なことはもちろん、モテる漢として“界隈”を賑わせており、そして……お相手募集中の独身! これ以上ない条件が揃っています! ……というか、エドガー教官は純粋にかっこいいので! メロさは僕が保証します!」 


 ルカが頬を紅潮させながら早口で語る。

 まさにエドガー単推し、強火担。


(推しに狂っている……!)


「落ち着いて、ルカ」


 アデルは謎の“界隈”以外の情報は把握していたので驚かなかったが、隣で玉ねぎの皮をポイとゴミ箱に捨てているサミュは複雑そうな顔付きをしていた。


「……弟君さァ。この訓練にはアデルさんの婚約者のユーリスも来てるんだよ? 本来は騎士の先輩としてだけじゃなく、未来の義兄として彼を敬うべきところだ。いくらエドガー元団長が優れた人であっても、君の勝手な言い分は評価できない。クレッセント・シュトラウル両家が結んだ婚約を破棄させたがるような真似はやめた方がいい」


「サミュ・ブラウン殿。お言葉を返すようですが、我が両親も私自身も、家のことよりも姉個人の幸せを願っております。さすれば、姉をより大切にしてくださるお方を相手にと望むのは当然のことでしょう」


 ルカは新緑色の瞳を爛々と輝かせ、サミュに丁寧な口調で反論する。

 今日はなぜだかヒヤヒヤする口論が多い。アデルは「あの……」と会話に割り込もうとするが、飛び散る火花に弾かれてばかりだった。


(うわーん! 助けて、コレット!)


 けれども仰ぎ見た友人コレットは、知的な青い髪を怒らせていた。


「家の事情よりも個人を……という点は、わたくしも同意見ですわ。クズ男なんて切り捨てた方がアデルのため。ですが、そこで別の相手を宛がう必要はありません。女性が結婚しなければいけない時代は、もう終わり。家を継がぬ限りは、自由に人生を楽しめばよいのです」


(わぁ、コレットらしいっ)


 コクコクと頷いているティルはさておいて、調理場はアデルそっちのけの三つ巴状態になっていた。空気は怒気を帯び、刃物のように鋭い言葉が飛び交い、遠巻きに見守る騎士や学生たちはぶるぶると身を震わせて怯えている。


「3人とも落ち着いて……! 夕食の献立の話でもしましょう! ね?」


「おうおう! よく分かんねぇが、仲良くしろよ。飯が不味くなっちまう」


「エドガー教官!」


 ルカの上げた声からは、溢れんばかりの敬意が滲んでいた。

 おろおろと仲裁を試みていたアデルの後ろから現れたのは、噂のエドガーその人だった。隣には武装を終えたバルドゥルとユーリスもいる。

 どことなく硬い表情のユーリスと目が合い、アデルは何か声を掛けるべきかと悩んだが、その場では何も思いつかなかった。


「私は士官学生の一部と手合わせを。エドガー殿とユーリスはそれぞれ小隊を率いて森林内で訓練を行う。護衛のために数名の騎士を残していくが、サミュ、この場を任せても平気か?」


「そこのルカ君を連れて行ってもらえたら、負担がやや減るので大丈夫かと」


 バルドゥルがやれやれと肩を竦めるが、サミュはルカとコレットを順番に睨み据える。

 ルカはツンとした態度をしまい込み、柔和な笑みを浮かべてエドガーの後ろへと移動していく。上官への懐き具合は天井を知らないのか、まるで忠犬のように見えてくる。


(小さな頃の私みたい)


 5歳のあの日、王国騎士団長だったエドガーに無邪気にまとわりついていた自分を思い出す。

 エドガーは「騎士になりたい」と駄々を捏ねた幼いアデルを適当にあしらわず、一人の人間として真正面から接してくれた。


 当時のアデルは彼のことを漠然と「かっこいい騎士さま」だと認識していたが、その器の大きさと優しさが、今なら分かる。アデルが王国騎士団に憧れを抱いた原点は、きっとエドガーへの――。





「アデル?」


 不意にユーリスに名を呼ばれ、アデルの意識は現実に引き戻された。ぼんやりとエドガーに見入っていたことに気が付くと、慌てて視線を婚約者へと移す。

 ユーリスは伺うような顔つきで、アデルのことを見つめている。


「ぼんやりしているから、気になったんだが……」


「た、たいしたことでは……。ちょっと夕食の献立について悩んでいて」


「そうか……なら、鹿肉はどうだ⁉ ここの森はいい鹿が獲れると聞いたんだ!」


 適当に話題をすり替えたアデルに、ユーリスは一生懸命に食らいつく。アデル本人はそのことに気づかないのだが、バルドゥルとサミュは無言で「頑張れ」という目線を送っていた。


「いいですね! 鹿は高タンパクで低カロリー。鉄分豊富で栄養面に優れているので、生活習慣病の予防に最適! 硬くて臭みが強いと言われがちですが、それは仕留め方と血抜きの方法は悪い場合が多いのです! いかに鹿にストレスを与えずに捕獲し、速やかに血を抜くことができるかが美味しさの秘訣でして。煮ても焼いても絶品なのですが、あの野趣あふれる風味を生かした調理法を考えるのが楽しくって――」


 ユーリスがジビエに興味を持ってくれたのだろうかと、アデルはつい嬉しくなってしまい、一聞かれた問いに対して十の言葉を紡ぐ。

 ユーリスはアデルに圧倒され、「わ、分かった……!」とコクコクと頷いた。


「訓練が終わったら、狩りに行く。期待していてくれ……!」


「わぁ! 楽しみです~!」


 アデルはジビエ料理を過去の修行で履修済みだが、これまで調理の機会にほとんど恵まれてこなかった。

 気持ちはわくわくとした期待で膨れ、どんな料理を作ろうかという思考が巡り出す。なので、バルドゥルとサミュが引き続き「大物を狩れ」「しっかりね」とユーリスに釘を刺すような眼差し注いでいることには気づかなかった。


 しっかりとその様子を金色の瞳でとらえていたのは、エドガーだ。端に皺の寄った切れ長の目が一瞬鋭く細められて、また戻る。


「んじゃあ、いっそ鹿狩り対決といこう! ユーリスの騎士チーム、オレの学生チーム。どちらが食事に貢献できるか勝負だ!」


「えっ。しかし……」


「森の中で獲物を仕留めるんだ。人間相手よりもよほど対魔獣の練習になる。だろ?」


 叔父の提案にユーリスの口をはくはくと動かす。バルドゥルも反論をしないので、それ以上言い返せないのだ。

 そしてエドガーは「ま、それに」と付け加える。


「アデルが料理人になって会いにきてくれたんだ。なら、再会の祝いにいい食材をプレゼントしねぇと」


「……!」


 エドガーの大きくて傷だらけの手が、アデルの形のいい頭をわしわしと撫で回した。まるで小さな子どもを可愛がるかのような手つきだったが、アデル、そしてユーリスは思わず驚愕で目を見開いていた。


「はわわわわ……っ」


「お、叔父上……!」


 アデルの胸はトクントクンと高鳴っていた。頬が熱い。脳がのぼせるような感覚が湧き上がる。

 アデルは、エドガーが自分との10年前の出会いを忘れているに違いないと思っていたのだ。


 なのに。


(エドガー様、私のことを覚えていてくださった……!)


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