第45話: 合同訓練のはじまり
新章はVS叔父編です。
お楽しみいただけますように。
◆◆◆【アデル】
「夢でも見てるのかしら……」
アデルがうっとりとした瞳で見つめているのは、使い込まれた漆黒の鎧を身に着けた騎士の一団と、真新しい白銀の鎧を纏う若者たちだ。
鬱蒼とした森林の中で唯一開けた場所に天幕を張り、それぞれが指揮官の指示に従って装備の点検や作戦の最終確認を行っている。彼らは王国騎士団黒鷲隊と王立士官学校の学生たちだ。
つまり――。
「今推しと卒業した推しと未来の推し候補生たち! なんて熱いドリームマッチ!」
「いやいや、ただの訓練。夢とか詰まってないから」
「夢はどんな時でも詰め放題ですわよ⁉ あなたに侵害する権利がありまして?」
興奮が抑えきれず、ハァハァと息を荒らげるアデルにサミュが呆れた眼差しを注ぎ、そのサミュにコレットが食って掛かる。
会話を交わす3人と、無言の執事のティルは王国騎士団と王立士官学校の合同野営訓練の支援班に配属されていた。医療と食事の係である。
舞台は王都の北に位置するナギツ大森林。緑との土の匂いの満ちる森は獣も多く潜むため、支援班は野営地を囲む木々に獣避けのハーブの束を括りつけて回った。騎士たちが訓練に出てしまえば非戦闘員を守る者はわずかになってしまう。アデルたちにとっての自衛手段だ。
合同訓練は、つい先日急遽決まった催しだ。
アデルは驚くほど気軽に合同訓練を提案したエドガーの笑い顔を思い出す。
近所のおじさんのみたく「よぉ!」と駐屯所に現れた彼は、新人時代から面倒を見ていたというバルドゥルとユーリスにあっと言う間に現在の教え子たちとの訓練を承諾させた。
「頼りになるぜ、王国騎士団長さんよぉ!」
「先代団長にそのように言っていただけるなど、光栄に存じます。精一杯務めさせていただきます」
「かてぇな。昔はもっと、回りくどくて笑える喋り方してただろうに」
「え? 元の口調の方がいいでしょうか⁉」
「まぁ……面白いしな!」
「叔父上……! その点には触れないでください!」
ユーリスがエドガーとバルドゥルの間に必死に割って入ることで、いったん会話を途切れた。
その会話をお茶を出しながらさりげなく聞いていたアデルは、今思えば“最初の推し”であるエドガーの変わらない姿に密かに胸が躍るのを自覚していた。
さすがに初めて会った日から10年以上経っているので、目尻の皺などが増えている。だが、彼の豪気な振る舞い、言葉尻に滲む若者たちへの優しさは何一つ変わっていない。
エドガーは、アデルが王国騎士団に憧れるきっかけとなった騎士だった。
「たしか、アデルはエドガー様と面識があるのでしたわよね? 領地の魔獣を討伐してくれた時の王国騎士団長……合ってます?」
「そう! それでね、魔獣討伐数は王国のナンバーワン! 指揮官としても優れておられて、エドガー様が在任中の王国騎士団は、荒廃地の魔獣のスタンピードを三度も止めて――」
「アデルさん、喋りすぎ。ベルリオーズ子爵令嬢は彼女を興奮させるようなコト言わないで」
手頃な岩2つに木材を掛け渡して作った屋外調理台に皮を剥き終えた玉ねぎを置きながら、サミュはアデルとコレットに釘を刺す。
丸眼鏡の奥の目は不満そうに吊り上がっていて、初対面のコレットにも容赦がない。アデルは彼を明け透けのない正直な人だと思っているので平気なのだが、負けん気の強いコレットは「ふん」と唇を尖らせた。
今回コレットは、アデルが調理の補助要員として声をかけた。
グレゴは駐屯所に残っているので、合同訓練に同行する料理人はアデルのみ。しかし、それでは大人数の食事を捌ききれない。そこでちょうど推しの歌劇団の物販費用を稼ぎたがっていたコレットに、アルバイトをしないかと提案したのだ。
コレット曰く、「推し活費用は自らの手で稼ぐのがわたくしの美学!」とのことで、彼女は勇んで大森林へと来てくれた。
「あら、それではサミュ様がは玉ねぎをいくつ剥かれたのでしょう? うーんと、どれどれ……“1”と。わたくしたちの方が、遥かに手が速いですわよ」
「僕は医者だよ? 人の皮を縫合することはあっても、野菜の皮はほとんど剥かないんだよ」
「言い訳は見苦しいですわぁ」
会って間もないというのに、ここまでバチバチと嫌味を交わすことができるコレットとサミュにアデルはつい恐れ入ってしまう。ある意味馬が合うのではないかと思いながら、玉ねぎを包丁で刻んでいく。
すると、目の奥がツンと痛くなり、瞳がじんわりと潤いを帯びてきた。
(うわ~~っ。冷えてない玉ねぎを切ると目が痛いなぁ……)
すると。
「ぅぅぅぁああ姉上を泣かせたのはどいつですかッッ!!??」
涙が頬を伝うと同時だった。100mほど離れたテントから砂煙を上げてダッシュしてきたのは、白銀の鎧姿の士官学生。
彼はアデルに駆け寄ると、「大丈夫ですか⁉」と青ざめた顔で覗き込んできた。
「ただの玉ねぎよ。ルカってば、訓練前に私のとこなんかに来ちゃダメよ!」
「だって、大切な姉上ですよ? 男所帯に可憐な姉上がいるだけで、心配で仕方ないのに」
彼はサラサラの赤髪にグリーンアイをした美少年だ。中世的な顔立ちで、アデルが男装をしたらこうなりそう……といった可愛らしい外見をしている。名をルカ・クレッセントと言い、アデルの大切な弟で、未来のクレッセント家当主である。
アデルとルカは互いに実家を離れて暮らしているので、直接会うのは久々だった。
昔からお姉さん子な性格だったルカは、寮制の士官学校入学を期にようやく姉離れができたかと思っていたが、再会すればいつもの調子。姉のアデルに対して少々過保護めいた言動も見られた。
「相変わらずですわね、ルカ。アデルは推し活を楽しんでいるのですわ。過干渉は感心いたしませんことよ」
「コレットさん。お久しぶりです。僕の姉上を“推し活”とやらに巻き込んだのは、あなたですね?」
「あらん。わたくしは傷ついた友人を楽園の入り口に導いてあげたにすぎませんわ」
「婚約者から目を逸らさせることで、問題が解決するわけじゃないじゃないですか」
今度はコレットVSルカだ。
つい先ほどまで参戦していたサミュは我に返った様子で苦い表情を浮かべ、執事のティルは割って入るべきかどうか考えあぐねている様子だ。
止めるならば、話題の中心にいる自分しかいないのだとさすがのアデルも察するが、この2人の口論はいつも仲裁するのが難しかった。
アデルの学生時代もそうだ。食べることが大好きなアデルは、授業の合間に早弁をすることが日課であり、それについてコレットとルカは激しく揉めた。
下級生のクラスにいたルカが、アデルのために購買のパンを買って届けてくれていたのだが、そのほとんどが甘い菓子パンだった。
コレットは「乙女のプロポーションを気遣えないのですか?」と怒り、ルカは「姉上は痩せすぎなんです!」と言い返し、口論は激化。そんなバトルが何度もあった。
(2人とも私に優しいんだけど、あの惨状はもうごめんだなぁ……)
「ルカ。私は本当に平気だから! ユーリス様との関係だって悪くはないのよ。ちゃんと推しの一人として好意的に接して……」
「それが駄目なんです! 僕は姉上に真実の愛を知ってもらいたい! 僕の手紙、読んでくださいましたか? 姉上の結婚相手についての手紙です!」
アデルがルカを止めようとすると、倍以上の熱量で言葉が返される。ルカの丸い瞳には、ある人物が映っていた。
銀灰色の髪に金色の双眼――アデルの婚約者と特徴が似ていても、人柄はまるで異なる男性――。
「エドガー・シュトラウル教官。あの方こそが、姉上の伴侶に相応しい」
◆◆◆【ティル】
ティルはクレッセント伯爵家の嫡男ルカのとんでも発言を目の当たりにし、また面倒なことになったなーと、黙って眉根を寄せていた。
玉ねぎの皮くらい静かに剥かせてほしいと思いつつ、次の玉ねぎを手に取る。
きっと姉のターナなら、淡々と「寝言ですか、ルカ様」と口を挟むところだろう。だが、事なかれ主義のティルにはその気力がなかった。
(あーあ。私はアデルお嬢様とコレット様がキャッキャウフフしてるとこを見に来たのに……)
大森林に平和な百合の園が見つかりますようにと、ティルは心の中で祈ったのだった。




