第44話:非公式コラボカフェ
◆◆◆【ユーリス】
新人対抗試合の翌昼下がり。ユーリスは勇み足で駐屯所の食堂を訪れた。
目的はリベンジだ。
宴では新人騎士たちに捕まってしまい、アデルと話す時間がまったくなかった。料理の感想を伝える練習をバルドゥルに付き合ってもらったのだから、それを無駄にするわけにはいかない。彼から教わったことが頭から抜けないうちに行動に出なければ……と、ユーリスは全力で二日酔いを治し、ここにやって来たのだ。
(ランチをして、その感想を伝えよう。ごく自然に、何かいい感じの言葉で!)
「アデル! 食事をしに来たぞ!」
「あ……ユーリス様」
誰もいないテーブルを布巾で拭いて回っていたアデルは、ユーリスの顔を見て何かを思い出したかのようにそわそわとしたが、すぐに落ち着きを取り戻し、「すみません」と謝罪の言葉を口にした。
「今日はランチが大盛況で、お食事の提供が早々にできなくなってしまったんです」
「な……ッ」
我ながら、間が悪い。
どうりで自分たち以外の利用者がいないわけだ。込み合う時間を避けようと考え、部屋でギリギリまで酒を抜いていた自分を殴りたい気持ちになり、ユーリスは歯噛みした。
そんなユーリスの内心を見抜いたのかどうかは分からないが、アデルは「スイーツならご用意できますよ」と優しく提案してくれた。
聖母、あるは女神。さすがは自分が惚れた女性。
ユーリスは喜んで頷くと、「何があるんだ?」と、カウンターテーブルに腰掛けながら尋ねた。
アデルは笑顔で告げる。
「《闇空を統べろ! 黒鷲隊の漆黒の翼チョコレートパフェ》です」
「へ……?」
「《闇空を統べろ! 黒鷲隊の漆黒の翼チョコレートパフェ》です」
「いや、2回言われても」
なんだその珍妙な名前はと、ユーリスは長いまつ毛を瞬かせると、アデルはいそいそと現物を運んできた。
それは金色の木の実が散らされた黒いアイスクリームがてっぺんにのっているパフェだった。アイスクリームの左右には翼を模したチョコレート細工が豪快に刺さっており、輝く透明の器には、ムースやホイップクリーム、果物やナッツなどが美しい層をなしている。つまり、羽根の生えたチョコパフェだ。
「実は私、“なんちゃってコラボカフェ”をしていまして。黒鷲隊をイメージしたフードなんです! このゴルドの実が王国騎士団、黒曜花で色付けしたアイスが黒鷲隊カラー。この層は上から団長、副団長、隊長、そして――」
「わわわッ! 一気に言わないでくれ! 俺は“なんちゃってコラボカフェ”の段階で躓いている!」
「えっ。推し活のプロなのに?」
だから、俺は推し活のプロじゃない、という意味を込めて、ユーリスは肩を落とす。
アデルは“コラボカフェ”を「特定のブランドとタイアップした飲食店」で「世界観や人物をモチーフにした食べ物」を楽しむ催しだと説明した。
どうやら王都の推し活界隈で流行っているらしいのだが、王国騎士団のコラボカフェが実施される予定がないため、供給に飢えたアデルは自らフードを作成したらしい。
黒地に金刺繍のシックなランチョンマットと、味のある手描きの鷲(?)がデザインされたコースターもセットされ、細部までのこだわりが伺えた。アデルは、たいそう誇らしげに胸を張っている。
「自信作ですよ! ようこそ! (非公式)王国騎士団黒鷲隊カフェへ!」
「な、なるほど? ではチョコパフェをいただいて――」
「チョコパフェではなく、《闇空を統べろ! 黒鷲隊の漆黒の翼チョコレートパフェ》です」
「名前なんてどうだって――」
「《闇空を統べろ! 黒鷲隊の漆黒の翼チョコレートパフェ》です」
ずもももも……と、アデルが黒いオーラを纏って圧をかけてきた。名前にも相当なこだわりがあるらしい。
「わ、分かった。《闇空を統べろ! 黒鷲隊の漆黒の翼チョコレートパフェ》……だな! 心していただく!」
ユーリスがコクコクと頷くと、アデルは満足そうに顔をほころばせた。
そのチョコパフェ――《闇空を統べろ! 黒鷲隊の漆黒の翼チョコレートパフェ》は、黒色のアイスクリームの舌触りがたまらなかった。見た目とは裏腹に華やかな香りが漂っていて、滑らかにとろけるアイスクリームはひんやりとした甘さが癖になる。スプーンを持つ手が止まらない。器の中で層になっているムースやナッツとの相性もよく、味や食感の変化も楽しい。少しビターな羽根の形のチョコレートをパリッと嚙み砕く快感も病みつきになり、なくなるのが名残惜しかった。
(美味い……どの辺が黒鷲隊なのかは分からないが)
ユーリスがハッとした時には、ガラスの器は綺麗に空っぽになっていた。また無言の早食いをしてしまったことに気づき、慌てて何か言わねばとアデルの方を仰ぎ見る。
(今こそ感想だ!)
「えぇと……美味しかった! どの辺がというと……甘かったところ……いや、冷たかったところ、じゃなくて――」
口にしようとした途端、それまでの思考がバラバラになっていく。「ここのこういうところが美味しかった」などと細かく言いたかったのに、表現する方法が咄嗟に出てこない。
(まずい。バルドゥル様との特訓では、それなりの形になっていたのに。どうしてレオのようにスマートにできないんだ! これではまた、アデルをがっかりさせてしまう!)
「十分ですよ」
ユーリスがおろおろとしていると、そばでアデルがにっこりと微笑んでいた。
「ちゃんと伝わってきましたので、それだけ十分です」
輝く新緑色の双眼に偽りの色はない。愛想を尽かして、諦めたような口ぶりでもない。アデルは目を細めて空の器を手に取った。
「また食べてくださいます? 《闇空を統べろ! 黒鷲隊の漆黒の翼チョコレートパフェ》」
「もちろんだ! 他の隊のフードやドリンクも……。俺でよければ、何度でもコラボカフェの客になる!」
「まぁ、嬉しいです! 実は《業火を燃やせ! 紅竜隊の激辛肉まん》と《大地を駆けろ! 銀鹿隊の角チュロス》も開発中で……!」
なんだか、すごく手応えのある会話ができている気がするぞと、ユーリスの心臓が高鳴った。
逃げずに真摯に接すれば、アデルはちゃんと分かってくれる。今は推しの一人でしかなくても、きっとそういった「積み重ね」で取り戻せるものもあるはずだ――と。
しかし、「積み重ね」を一足飛びで越えて来る存在も否定できない。
「よーっす! 久しぶりだな、ユーリス!」
食堂に底の擦れた軍靴の音と、低くて安定感のある男の声が響く。そこにいたのは、褪せた銀髪に金色の瞳の大柄な中年騎士で――。
「エドガー様……」
アデルがうっとりとした声で呟いたその名は、エドガー・シュトラウル。ユーリスの叔父で、元王国騎士団長。
そして。
(おそらく、アデルの初恋相手だ)




