第4話:ミートパイの衝撃①
◆◆◆【ユーリス】
時は、ユーリスがパイを見つける半刻ほど前に遡る――。
ユーリスはバルドゥルと王都ヴァイブルグを歩いていた。
バルドゥルが王族の集まりに招集され、護衛として登城。今はその帰路である。
王都は王国の中でも、特に温暖で暮らしやすい気候であり、畏まった場所で纏う礼服は少々暑く感じられる。
濃紺のジャケットは、ユーリスの銀の髪と金色の瞳によく似合うとバルドゥルが褒めてくれたが、やはり動きやすい騎士装束が一番馴染む。
早く騎士団の駐屯所で着替えたいユーリスだったが、なかなかそうはいかない理由はバルドゥルにあった。
「騎士団長様! 魔獣討伐お疲れ様です!」
「屋根の修理をありがとうございました!」
「母を診療所までおぶってくださったお礼を!」
「また鬼ごっこしてね~!」
「あぁ! 王国の同胞たちよ、息災でなによりだ!」
バルドゥルは町のどこにいても、民から感謝の声を掛けられる。
逞しく鍛え上げられた体躯に日によく焼けた肌、王族の特徴である漆黒のような髪色に燃えるような紅眼は、男らしい顔立ちを引き立てる。騎士としての強さや指揮力も折り紙付きで、その上、誰にでも親切。
これで大衆人気が得られないはずがなく、彼の兄――現国王が嫉妬するほど、バルドゥルは民衆から愛されていた。
幼馴染のユーリスも誇らしく思う。
しかし、その反面、いつもハラハラと落ち着かない。
バルドゥルは笑顔で握手に応えたり、礼の品を受け取ったりしているのだが、本来いつ何どき命を狙われるか分からない立場なのだ。
「バルドゥル様。あなたは騎士団長で、しかも王の弟君なのですよ? 暗殺者が民衆に紛れているかもしれません」
「闇の眷属は気配で分かる。それにそのような時のためにお前という男がいるのだろう?」
「無論です」
ユーリスはバルドゥルが腕に抱えていた大量の野菜や果物を受け取った。なんと大袋に入った小麦粉まである。
そのずっしりとした重みに思わず「うっ」と呻いてしまうユーリスは、幼い頃からいくら鍛えても追いつけないバルドゥルの力を尊敬するばかりだ。
ユーリスは、子どもの頃からバルドゥルに仕えている。
実家のシュトラウル侯爵家は、ライゼント王国の名門貴族であり、王家との関わりも深い。そのため、始めは王子であったバルドゥルの遊び相手として。成長したら学友として。大人になったら、部下として――。
ユーリスとバルドゥルは子どもの他愛ない遊びから、騎士の訓練まで共にしてきた、20年来の主従であり、幼馴染でもある。
だからこそ、ユーリスはバルドゥルのことを心から尊敬している。
傍で見つめてきたバルドゥルは、視野の狭い王室ではなく、騎士の立場から民を守ることを選び、絶えず正しくあろうと努力を続けている。
そんな彼の力になりたいと、ユーリスは自力で王国騎士団の副団長の座を得たのだが――。
「いつも我が戦場に付き合わせてしまってすまない。我が友よ、しばし剣を置いてかまわん。運命の鎖を解き、羽を休めよ!」
「『いつも世話をかけてすまない。たまにはまとまった休暇を取れ』……ですか? あなたが“14歳病”を患っているうちは、そんな余裕はありません」
バルドゥルの演技がかった声音と清々しいほどの決め顔が、ユーリスのこめかみにズキズキと痛みを与えてくる。
(うぅぅ……バルドゥル様の持病……皆には絶対に隠さねば……)
バルドゥルは、“14歳病”を引きずっていた。
明確な定義はないのだが、14歳頃の思春期の少年が憧れる、ちょっと背伸びをした英雄思想や、自己陶酔的な言動を揶揄する単語だ。「神々に選ばれた~」「運命の~」といった特別感のある言い回しを好んだり、眼帯や包帯で真の力を封じていたりする。
バルドゥルは現在25歳だが、本人が背伸びを追い抜き、そういった言動が似合う人間になってしまったので、いっそうたちが悪い。
「以前、剣に仰々しい名前を付け、部下たちが本当に神の力が宿った剣なのだと思い込んでしまった件をお忘れですか? あなたの言動には力があり過ぎるのです」
「神剣イフリートだ」
「そこはどうでも」
「釣れないな、ユーリス。お前も昔、共に盛り上がったではないか。我ら、暗黒神に選ばれし無双の友だと――」
「シーッ! 黒歴史です!」
ユーリスは大慌てて幼馴染の言葉を遮った。
彼と過ごした青春時代は宝物だが、現在のクールなイメージだって大切だ。部下に示しが付かなくなる。
(この方は、いつまで経っても自由で困る。そこが長所でもあるが……)
二人で会話を交わしていると、ようやく王国騎士団の駐屯所に辿り着いた。
しかし、いつもと空気が異なっていた。
平素は団長と副団長が帰参すれば、部下たちが出迎えに駆けつけるはずなのだが、今日にいたっては誰も出てこない。
不思議に思ったユーリスがバルドゥルと顔を見合わせていると、どうやら奥の談話室で、部下たちがわいわいと楽しげに間食をしていることが分かった。
ミートパイだ。ユーリスにはいい香りの詳細を言語化することはできなかったが、見たらそれだと分かった。こんがりと焼けたミートパイは、食欲を容赦なく刺激してくる。
「盛り上がっているな。差し入れか?」
バルドゥルは賑わう部下たちを見て紅眼を輝かせているが、ユーリスは違った。思わず「ん?」と眉を寄せ、長テーブルの中央にある皿を睨むように見つめた。
騎士団に好意で差し入れをくれる人は、もちろんたくさんいる。今、ユーリスが腕で抱えている小麦粉や野菜がそうだ。
しかし、現在進行形で騎士らが奪い合うように食べているそれは、ユーリスにとって特別なものだった。ミートパイが載せられている白い皿には、見覚えのある家紋が描かれていたのだ。
(三日月の紋……クレッセント伯爵家の皿、だと……⁉)




