第3話:公式が『こうやるんだ‼』って言ってる
◆◆◆【アデル】
ぽかぽかと気持ちがよく、自然と足取りが軽くなるような爽やかな空の下――。
「ごめんくださ~い!」
アデルはピンクブロンドの髪をご機嫌に揺らしながら、王都のはずれにある王国騎士団の駐屯所を訪れていた。
王国騎士団の駐屯所は、騎士団員の寮と訓練所を兼ねた施設だ。コの字型の赤レンガ造りの建物で、王国騎士団創設当初から変わらず利用し続けているため、外観はかなり年季が入っている。
アデルはこれまで、玄関口からユーリス宛ての料理を差し入れるだけだったので、中のことはよく知らなかった。ユーリスに尋ねても、「暑苦しい男所帯だ」としか答えてもらえなかったのだ。
そんな駐屯所に、アデルは今日も差し入れを持って来たのだが――。
「あっ。副団長の……」
「アデル・クレッセントです。ごきげんよう、騎士様。お仕事お疲れ様です!」
「アデル様、ありがとうございます。しかし、副団長は団長と外に……」
「いえ。お気遣いなく! ユーリス様に個別に会いに来たわけではありませんので!」
「え……?」
駐屯所の入口では、窓口となってくれた騎士との間に奇妙な空気が流れた。
頭には疑問符が浮かんでいるのだろう。無言でぱちぱちと瞬きを繰り返す彼は、アデルが手に持っていた大きなバスケットから取り出されたものを見て、再び「え……?」と上ずった声を漏らした。
「皆様でお召し上がりください!」
アデルが元気よくバスケットから大皿を差し出すと、こんがりときつね色に焼けたパイが顔を出した。なるべくたくさんの団員に行き渡るようにと、限界まで巨大に焼いたミートパイだ。
それまでは戸惑っていた騎士だったが、ミートパイから漂うスパイシーな香りには抗えなかったようだった。彼はごくんっと涎を飲み込んだ。
「では、有難く頂戴いたしますッ!」
(正直者~~っ!)
礼儀正しく頭を下げる騎士には、好感しか覚えない。
アデルが「どうぞどうぞ!」と付け合わせのトマトのマリネを追加で取り出していると、ミートパイの香りを嗅ぎつけた騎士たちが続々と集まってきた。
アデルが「よかったら切り分けますよ」と申し出ると、副団長の婚約者であれば構わないとだろうと判断され、あれよあれよという間に談話室に通された。
人数が多かったため、ミートパイは細切れのように小さくなってしまったが、その分だけ得られるものも大きかった。
騎士たちが見せた、様々な表情だ。
「肉汁すげぇっ!疲れ飛ぶ~ッ!」
「サクサクのパイ、たまんねぇ! 次の仕事も頑張れそうだ!」
仕事の後の気持ちのいい食べっぷり――。
「そのパイ、前線で大活躍した俺がいただくぜ!」
「何言ってんだ。私のサポートありきだったろ!」
信頼の滲む、仲間どうしの張り合い――。
「若いヤツが食え。食って恩返ししろ」
「先輩……! 了解ですッ!」
先輩後輩の熱い上下関係――。
(あぁ~~っ! イイ! すごくイイ‼ 公式が『こうやるんだ‼』って言ってる!!)
公式とは、コレットから教わった言葉の一つだ。本家、オリジナル、原作というような意味があり、単語そのものに敬意が込めているのだと聞いた。
アデルはこれまで一人で想像するしかなかった「公式」――王国騎士団の姿に、鮮やかな色が広がっていくことに打ち震えていた。色だけではない。美しい音や、新しい発見の衝撃が波のように押し寄せてくる。
騎士の英雄譚では語られない。
遠くから凱旋を見つめるだけでは分からない。
関わりの少ないユーリス様の話からは、うかがい知ることができない――王国騎士団のありのまま。
食事風景だけで伝わってくる、日々の職務へ真摯な向き合い方や仲間との絆は、アデルの干からびていた心に潤いを与えた。湧き上がる水源に感動が止まらない。
自分の思い描いていた王国騎士団の解釈が浅かったことを思い知らされ、実物による贅沢な情報補完が、さらにアデルの妄想を加速させていく。
(推し活をしたら、もっと王国騎士団のことが知れる? 彼らの支えになれる? そんなのって、幸せすぎる!)
アデルは人生初の“推し活”に胸が高鳴っていた。
騎士たちが見せた表情で、共通しているのは笑顔だった。
自分の料理で、推したちが笑っている。
自分の料理で、推したちが元気になっている。
笑い合い、言葉を交わす推したちの姿は、眼福以外の何ものでもない。
そんな目の前の光景が、婚約者に後回しにされ続けたアデルに自信を与えた。自分だって誰かを応援し、力になれるのだと。
(私は憧れの王国騎士にはなれない。剣で平和を創ることはできない。でも、美味しいご飯で、騎士様たちを笑顔にすることができる――!)
「栄養が溢れてる……‼ “騎士団箱推し”最&高~~っ‼」
推したちからの過剰な栄養供給にキャパシティが崩壊寸前になったアデルは、逃げるようにして駐屯所を後にした。
けれど、幸せの余韻は心地良いままアデルを包んでくれていた。全身がぽかぽかとしていて、夢見心地。まるで冬の夜の温かな毛布のようだ。
(コレットの勧めで、思い切ってみてよかった。推し活って、こんなに素敵なものなのね!)
次は何にチャレンジしようかなと、アデルが何の気なしに町の広場の掲示板を見上げると――。
「これだわ‼」
アデルの弾む声が広場に響いていた時、ちょうど貴族の馬車がガラガラと大きな音を立てて走り去っていった。
そのため、同じ広場の反対側を歩いていたユーリスは、アデルの新たなる決意に気づき損ねてしまったのだった。
◆◆◆【ユーリス】
アデルが去ってから間もなくのこと。
入れ違いで王国騎士団の駐屯所にやって来たユーリスは、ミートパイを争うようにして食べる騎士たちに遭遇した。
普段であれば、部下たちは上官が登場すれば、即畏まって敬礼をする。しかし今日は、数分あまり副団長の登場に気づかないほど、夢中になってパイにがっついていた。
「おい。そのパイは?」
「ハッ! ユーリス副団長‼ これはミートパイでありますッ‼」
「見たら分かる。それはアデルから俺への差し入れじゃないのか?」
きょとんとしていた茶髪の騎士は、上官であるユーリスの厳しい眼差しを受け、「え。でも」と目をうろうろと泳がせた。
そして、正直にひと言。
「アデル様は、騎士団のみんなで食べてくれとおっしゃいまして……」
ユーリスの顔は言いづらそうに告げられた事実によって固まり、サラサラの銀髪は驚きで逆立った。
「俺へのパイじゃない……?」




