第39話:シュワシュワレモネードは初恋の味①
◆◆◆【レオ】
「レオ・マクレイ。3日間剣を振るな。職務及び訓練にも加わる必要もない」
言い放たれた予期せぬ上官命令に、レオはその場で立ち尽くした。
意味が分からなかった。
サァッ血の気が引いていき、頭が白くなる。はくはくとする口からは言葉が出ない。
冗談を言っている気配を微塵も感じさせない金の双眼を見つめ返すと、相手は形の良い眉を吊り上げ、ダンッと軍靴を強く踏み鳴らした。周辺の空気が震え、肌を刺した。
「返事は」
「承服、いたしかねます……ッ!」
ユーリスから滲み出る圧に声を掠らせながら、レオは「なぜですか」と必死に言い返した。
「試合が迫る、大事な時期です!」
「分からないか? だからこそだ」
「分かりませんよ! 分かりたくありません!」
白くなっていた頭に今度は血が上り始め、レオは声を荒らげた。
近くにいたアデルが怯え、びくっと体を縮こめさせたことにも気が付かないほど、怒りの感情が込み上げてきて止まらない。冷静を越えて、冷淡にすら映る上官が憎らしく、どうしても命令を承諾したくなかった。
(この人はアデルさんを散々傷つけておいて、それでも手放さないつもりだ。きっと婚約者を体裁を保つ道具だとでも思っているんだ。彼女を救おうとするオレを排除するために、こんな真似までして……!)
「副団長はオレを勝たせたくないから……、優勝されるとまずいから……、自分の立場が危うくなるから……! だからオレの邪魔をしようと――」
「レオさん……!」
ぐらぐらと湧きたっていた悪感情を諫めたのはアデルだった。レオの訓練着の袖をきゅっと掴み、心配そうな顔でこちらを見上げていた。彼女の丸い瞳に映る怒りで歪んだ男の顔が恐ろしく、レオはハッと我に返った。
「あ……アデルさん……」
「アデル。俺の見解はそこに書き込んでおいた。目を通しておいてくれ」
「は、はい……っ」
両脚が石のように固まって動けないレオの横を、険しい面差しのユーリスが通り過ぎていく。食堂を後にする彼は、振り返らずに「命令は伝えたぞ、レオ」とだけ言い残し、上階に続く階段へと姿を消した。
「~~~~ッ! くそッ!」
レオは食堂の椅子にどすんっと腰を下ろすと、やり場のない怒りを拳に込めて、己の腿に打ち付けた。じんわりとした痛みが広がるが、まだまだ気は収まりそうにない。
自分が上級貴族だったら。騎士団の幹部だったら。
(正々堂々、アデルさんに手を伸ばせるのに……)
「対等じゃないのが……悔しい……」
「大丈夫ですか?」
唇を噛み締め、俯いていたレオの顔を覗き込んできたアデルの手には、透き通った淡い黄色が満ちたグラスがあった。カラン、と涼やかな音を立てる氷の下にはわずかに果肉らしき繊維が沈んでいる。
「《シュワシュワレモンのレモネード》です。酷くお疲れのようですから」
「疲れてなんていません。そんな呑気なこと、オレは……ッ」
「吞気なんかじゃありません。必要なことですよ?」
アデルは顔にかかっていたピンクブロンドの髪を耳にかけながら、隣の席に腰掛けた。クッキーを摘まみ、サクサクと頬張る彼女はのんびりとして見えるが、その目線は実に真剣みを帯びていて、テーブルの上の対戦表に真っ直ぐに注がれていた。
「今のレオさんでは、試合を勝ち上がることが難しいと思います」
アデルの言葉に、レオは「え」と顔を強張らせた。




