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第38話:ひとでなしのやり直し

 ◆◆◆【ユーリス】



 食堂の休憩時間。

 ユーリスとアデルはお茶をしながらテーブルを囲んでいた。遠目に見ると、カップルの和気あいあいとしたティータイムだが――。


「やはり、初戦対策を手堅くしよう。ここで負けては話にならない」


「そうですね。第一試合のイアンさん……、相手は紅竜隊のゴードンさんですね。わっ。お二人とも得意武器が大剣! パワフル対決ですね!」


「ゴードンは合同任務の時に戦いぶりを見たが、それなりに速さもある。イアンの体格ならば、避けて当てるよりも、受け止めて弾き返す方が体勢を崩しやすいだろうな。残りの期間は下半身の筋力強化をメインに鍛錬させてみるか」


「いいと思います。ではイアンさんのお食事は、ムキムキ踏ん張りメニューにします!」


「頼んだ。……次はジェイドだが、相手は銀鹿隊のキールだ。槍使いでリーチが長いから、ジェイドの片手剣だと不利になりやすい」


「ジェイドさんの瞬発力を伸ばす形はいかがでしょう? 小柄でいらっしゃいますし、キールさんの懐、あるいは背中に回り込んで……」


「うん、そうだな。あいつは目もいいから、攻撃を見切ることもできるはずだ。いたずらに筋肉は付けず、身軽さを活かす方向でいこう」


「なら、ジェイドさんには視力と集中力メキメキメニューをお出ししますね!」


 厨房から顔を出したグレゴはすっかり冷めてしまった紅茶をみとめ、眉を下げて苦笑いを浮かべた。


「熱い戦略会議だねぇ。紅茶、入れ直してやるから、ちったぁ休みなよ」


「それなら私のクッキーも食べましょう! 料理長も一緒にどうですか?」


「遠慮しとく。中年の腹はなかなか空かないのよ」


 アデルは残念そうにしつつ、厨房の奥にクッキーを取りにいった。食堂に残されたユーリスは、ティーカップをトレイに載せているグレゴを見上げ、「お気遣い痛み入ります」と短く礼を述べた。


「別に何もしてませんよ。むしろ、申し訳ないと……。副団長がアデル嬢ちゃんを泣かせてから、ずーっとあなたのことをいいように見れなくて……。でも、最近のあなたは彼女に対して真摯になった。何があったかは知りませんし、外野が知る権利もないでしょうが、俺は副団長が頑張ってる姿が好きですよ。それこそ昔っから」


「料理長……ありがとうございます」


 グレゴの柔らかい言葉がじんわりと胸に沁みていく。


 正直なところ、アデルを蔑ろにしているという噂が立ってからは、仲間たちの目が「人でなし」を見るものに変わっていることは自覚していた。さすがに職務中にそれを態度に示す者はいなかったが、ふとした瞬間、「こんな男にはなりたくない」という意思を視線に感じることが多かった。


 自分が必死に築き上げてきたものは、婚約者の犠牲の上に立っているハリボテ同様の肩書だったのだろうかと、ユーリスは何度も自問自答してきた。ひとりぼっちだったアデルの心を思うと、自分が「人でなし」であったことは否定できない。そんな愚かな男の騎士としての実績などに、何の価値があるのだろう、と。


「アデル嬢ちゃんといるの、楽しい?」


「はい……とても。これまで知らなかった彼女の一面が日々新鮮で、手放し難くて……愛おしいです」


「うんうん。若いっていいねぇ」


 グレゴはニィッと目を細め、ティーカップを持って厨房へ戻っていった。

 彼はユーリスが入団した時からここにいて、目の端の笑い皺がチャームポイントになるほどの年月を見守ってくれている。疎遠な父親よりも、よほど父親らしい人かもしれない。


(俺の“変わりたい”という気持ちは、周囲にも伝わっている……。変わらぬ推しであることを望んだ、アデルには喜ばれないかもしれないが……それでも……)


「いや……悩むよりも、戦略に時間を割かねば。目指せ、優勝だ……」


 1回戦免除のレオは、どの騎士と対戦することになるだろうか。

 勝ち上がる者を予測して対策を絞らなくても、彼ならば数パターンの戦術を頭と体に叩き込むことができそうだ。自分が対戦相手の戦い方をすべて再現してやれば、きっといい訓練になる。


 アデルと共有することにした対戦表にカリカリと書き込みを加える。アデルの丸っこい文字のそばに、いつもより丁寧に字を書き添えるのは、彼女が読み返そうとした時に困らないようにするためだ。


 アデルの文字には見慣れていた。差し入れにいつも手紙がついていたから。


(可愛い形の文字が愛おしくて、何度も読み返していたのに。俺はどう返事を書くべきか散々迷って……。悩む時間よりも、騎士として結果を残すことを優先してしまい、返信を後回しにしていた……。アデルのために立派な騎士でいたいと思っていたが、それ以前の問題だった。俺はなんて馬鹿だったのだろう……)


 思考が鈍り、手が止まる。そこに明るい2人の声が飛び込んできて、ユーリスはハッと顔を上げた。


「あ、レオさん! お疲れ様です!」


「アデルさんも! すみません。ちょっと喉が渇いたので、何か飲み物をもらえたらと……。あれ、副団長といらしたんですね」


(レオ……。今は、休息時間のはずだが……)


 ユーリスはゆっくりとした歩調のレオを鋭い目で見つめた。


 皺の寄った訓練着のまま現れたレオは額の汗を拭いながら、アデルとユーリスを順番に見やる。アデルの手にあるクッキーの皿に気が付いた彼は、爽やかな笑顔を崩さぬまま、「2人でお茶……ですか?」と、声にわずかな不快感を滲ませた。


「戦略会議です! ちょうど休憩するところなので、よければご一緒に……あ、レオさんは紅茶じゃなくてレモネードにしましょうか。ちょうど、南方のシュワシュワレモンが届いたんですよ」


「ありがとうございます。でも、これから小隊の訓練があるので、すぐ行かないと。なので、水一杯で大丈夫です」


「ダメですよ!」「駄目だ」


 アデルとユーリスの声が重なり、2人は一瞬顔を見合わせた。

 黙ってアデルとレオの会話に耳を傾けていたユーリスだったが、見過ごすわけにはいかなかった。


 ユーリスはペンを置くとすくっと立ち上がり、猛禽類の如き瞳でレオを見据えた。


「レオ・マクレイ。3日間剣を振るな」


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