第36話:同担拒否
【ユーリス】
(あぁ……どうしてこうなった……)
なんとか気合を入れ、新人対抗試合の選手をビシビシと鍛える日々。
新人選手の中でも特にレオの成長には目を見張るものがあり、訓練時間いっぱいに食らいついてくる体力と精神力の向上は、上官としては喜ばしい。
だが、ユーリスの心は喜びに反比例して擦り減っていた。
(バルドゥル様の期待に応えたい。部下を勝たせてやりたい。だが、レオにアデルをくれてやるきっかけになってしまうかもしれない。なら、他の者が優勝すれば……。あぁ、嫌だ。酷い公私混同じゃないか。レオが負けたらいいなんて、一瞬でも思った自分が情けない。だが万が一、アデルがレオになびくようなことがあったら俺は……俺は……)
ズゥゥン……。もし、オーラに音がついたら、こんな感じだろう。
「よし! アデルに癒されよう!」
鬱屈とした気持ちを晴らすため、ユーリスは食堂へと足を向けた。
夕食の時間には少し早いが、婚約者の顔を見に行くことに理由なんて不要なはず。一緒にお茶でもできた嬉しい限りだ――そんな浮かれた妄想をしていたら。
「レオさん、お手伝いしなくていいんですよ」
「いえ! アデルさんはオレのために個別メニューを作ってくだっています。新人対抗試合に向けての肉体改造、おかげさまで順調なんです! だからお礼をさせてください!」
「私がしたくてしてるんで、気を遣わなくていいのですが……。じゃあ、お言葉に甘えて、お芋の皮むきをしてもらってもいいですか? 今日、料理長がお休みでバタついちゃってて。本当に助かります」
食堂の入口手前で急停止したユーリスは、レオとアデルに気づかれないように息を潜め、ぎゅっと目を閉じ、無言で唇を食いしばった。
それでも2人が仲良さげに交わす会話は耳の奥に滑り込んできて、ユーリスの脳裏にその微笑ましい光景を浮かばせてくる。
(俺は本当に……アデルのことが見えていない……)
自分の癒しのためにアデルとお茶をしようとしていたことが、恥ずかしくてたまらない。アデルが困っていたことに、まったく気が付かなかった。
一方レオの振る舞いは、おそらくアデルへの思いやりが源泉だ。
思えば、いつもそうだ。
「コクが深くて香りが格別だ。スパイスを変えたとか?」
「オレの好きな味です~! 定番に入れてほしいです!」
「アデルさんの料理のおかげで、毎日頑張れるんです!」
レオは料理に関心を持ち、感想を述べ、眩しい笑顔を浮かべている。
それに比べて、ユーリスはどうだろう。
分かっていても、同じことができない。やりたくても、やり方が分からない。
これまで「食」を、ただ腹を満たすだけの行為だと認識してきたユーリスの引き出しには、料理を愛する婚約者の心を動かす方法は詰まっていない。
(今さら、埋められるのか……?)
後悔と情けなさを握りしめた拳に青い血筋が浮かぶ。
「聞きましたよ、レオさん。選手の指導役、ユーリス様なんですよね?」
「はい。相変わらず、鬼のように厳しくて」
「ふふ。そうかなと思いました。でも、あの方がついていたら安心です。騎士様に合った鍛錬をしてくださいますから。私はそれを信じてメニュー作りができます」
不意に自分の名が耳に飛び込んできて、ユーリスは薄っすらと目を開けた。
アデルは厨房でパンをせっせと捏ねていて、時折レオの芋の皮むきに助言を与えていた。
(『信じて』……か……)
推しの一人として、だろう。
だが、彼女の頭の中に自分の居場所があったことが、ユーリスの胸をじんわりと優しく温める。しがらみやプライド、期待や不安……そんなものをすべて取っ払った心の底にあるものは、“好いた女性の笑顔が見たい”――それだけだった。
(アデルが俺を信じてくれている。裏切るわけにはいかない……。俺は、俺のできることをする……!)
金色の瞳に光が戻ったユーリスは、力強い足取りでその場を後にした。
◆◆◆【レオ】
(絶対に負けない。オレは婚約者を蔑ろにするような人には負けない!)
ユーリスが食堂の入口に潜んでいたことに気が付いていたレオは、青く燃える碧眼で彼の立ち去る姿を睨みつけていた。
ユーリスは騎士としては尊敬できるが、同じ男としては認めるわけにはいかない相手だった。
(アデルさんは、入団間もなくて心が折れそうだった自分を救ってくれた。だから、今度はオレが彼女を救う番だ。つらい婚約をこの手で終わらせてやる――!!)
「あーっ! ダメですよ! 皮と身が同じくらいの厚さになってます!」
「へ⁉」
滾る闘志がアデルの悲鳴でしおしおとしおれていく。「すみません」と仔犬のように項垂れるレオの前には、芋なのか皮なのか判別のつかないものが散らばっていたのだった。




