第35話:ライバル登場
【ユーリス】
朝食時間。駆け回るアデルのピンクブロンドの髪を際立出せる、金色の髪飾り――。
金木犀の小花を模したそれを食堂の隅の席から眺めていると、ユーリスの口元は自然と緩んでしまう。
「自分が贈ったものを好きな人が付けている……。これほど嬉しいことだったのだな……」
「気づくの、おそ。でも、まァ、ユーリスにしてはいいのを選んだんじゃない? 花言葉も君にぴったりだし」
「?」
ユーリスの向かいで、サミュが「なんだ、偶然か」とため息とつく。
木の匙でくるくると掻き回されているのは、野菜たっぷりのミネストローネだ。ユーリスは戦場の癖が抜けず、あっという間に胃に流し込んでしまったが、サミュは上品に味わっている。
「金木犀の花言葉は、『初恋』だよ。甘い香りが、初恋の甘酸っぱさを想起させるんだってさ。花言葉は覚えておくと便利だよ。貴族の女性は、そういうの好きらしいから」
「分かった」
(落ち着いた振る舞いや博識さ、女性への接し方……。サミュの方がよほど貴族然としているな……)
「お前の婚約者は、さぞ幸せなのだろうな」
「なんだよ、急に」
ユーリスが素直に褒めたことが気色悪いと感じたらしく、サミュはぶるりと体を震わせた。
サミュの婚約者は、医療研究に厚い地方の男爵家の令嬢だ。
サミュ自身は平民出身で、たいそう苦学し、特待生として士官学校に入っている。体格に恵まれなかったために騎士は諦めざるを得なかったが、博識を活かして医者となり、騎士団の生存の要である軍医となった。
黒鷲隊への配属後も、彼の現場での功績は高く評価され、件の男爵令嬢の父親からぜひ婿に来てほしいという縁談の申し込みがあったのだ。
「少なくとも、努力は怠らないよ。君たち貴族が生まれた時から空気同然に浴びている知識や教養……。僕はそれを貪欲に求め続けないと、今の立場を維持できないから」
「お前の築いてきたものは、それほどやわじゃないと思うが」
「嫌味だよ、馬鹿なの?」
ちぎったハーブのパンをミネストローネに浸して味わうサミュの目が釣り上がる。
あぁ、そうやって食べたらよかったのかと今さら気づいたユーリスのパンは、たった今、喉を滑り落ちたところだ。
「君さ、侯爵家の嫡男だからって、うかうかしてられないよ? アデルさんのお父上――クレッセント伯爵って、政治よりも一人娘の幸せを優先するタイプだよ。アデルさんが君とは別の誰かと恋に落ちたなら、容赦なく婚約を白紙に戻すだろうね。例えば、ホラ――」
サミュの瞳が眼鏡の奥で動く。
ユーリスがサミュの視線を追いかけた先には空の皿を下げているアデルがいて、そのそばにはガタイのいい新人騎士の姿があった。
「アデルさん、今朝もごちそうさまでした!!」
「ふふ。それは何よりです」
「あなたの美味しい食事のおかげで、この通り元気いっぱいです! 毎日ありがとうございます!!」
ハキハキと大きな声と清々しい笑顔で周囲を明るくしているのは、レオ・マクレイだ。
彼はアデルからひょいっと皿を奪い取ると、「お手伝いします!」と軽い足取りでキッチンへと向かう。それをアデルが「そんなの悪いですよ~!」と慌てて追いかけているのだが、レオは鬼ごっこのように彼女をかわしながら、テーブルから次々に空いた皿を集めていく。
「私のお仕事ですよーっ!」
「アデルさんは料理をしてください。その方が、みんな喜びますから!」
2人の楽しげなやりとりが食堂のど真ん中で繰り広げられ、それを見つめていたサミュは「いちゃついてますケド?」と、じっとりとした半眼をユーリスへと向けた。
「アデルがレオに盗られると? 馬鹿を言うな。上官の婚約者に手を出す部下がどこにいる」
澄ました顔でティーカップに口を付けるが、中身は空。サミュはユーリスの動揺ぶりに苦笑いを浮かべながら、「恋は盲目っていうケドね」と呟いた。
サミュの観察眼が優れていること認めざるを得なくなったのは、ユーリスが王国騎士団新人対抗試合の件で、レオを執務室に呼び出した時だ。
王国騎士団新人対抗試合とは、黒鷲隊・紅竜隊・銀鹿隊の選ばれた新人騎士たちがトーナメント戦を行い、成長の度合いを競い合う催しだ。
上官らに実力を示絶好の機会であり、過去ユーリスとバルドゥルはそこで圧倒的な剣技と戦術を見せつけ、一足飛びで隊長補佐にまで抜擢された。
勝利した者を擁する隊には次年度の予算が多く振り分けられ、特別賞与も与えられるので、新人のみならず、先輩騎士らも白熱する。必ず自隊の新人を勝たせるため、選手決めには毎年たいへんな議論を重ねるのだ。
そして今年、白羽の矢が立った騎士の一人がレオだった。
同期から実力が頭一つ飛び抜けており、幹部たちは満場一致で彼を選手に推薦した。
「光栄です!」
現在、ユーリスからのその話を受けたレオは、誇らしげに左胸を拳で叩く。
――話はそれで終わるはずたった。
「自分、対抗試合で優勝したら、アデルさんに告白します!!」
ユーリスの手から、パラパラと選手候補リストが床へと落ちていく。飛び出た目玉までは転がっていないだろうかと心配になるほどの衝撃的な宣戦布告だった。
「な、何⁉」
「先日、アデルさんに手紙をお渡ししました。もし優勝したら、2人になる時間をください……と。そこで好意をお伝えするつもりです」
「彼女は俺の――」
「存じております! ですが、アデルさんはこのままでは不幸になります。健気で一生懸命で……絶対に幸せになるべき女性……。オレには副団長のように継ぐ予定の爵位も領地もありませんが、この剣で必ず成り上がって……あの人の笑顔を隣で守ると決めました!」
格上のユーリスに対する、とんでもなく無礼な宣言だ。王国騎士団を解雇されてもおかしくないし、被害が実家に及ぶ可能性だってあった。
しかし、ユーリスがその場で非情に転じられなかったのは、自身がアデルを傷つけていたという自覚があって、このまま結婚すれば、彼女の幸せをさらに奪ってしまう可能性がある――わずかだけでも、そう思っていたからだ。
(しかし、それでも俺はアデルが好きだ……!)
愚かで熱くて青い。
レオはユーリスにないものを持っていた。
いや、ユーリスもたいへん「愚か」だった。普段は冷静に「戯言を」と流せるのだが、アデルの件なので耐えきれず、売り言葉に買い言葉というやつを返してしまった。
「俺とて、アデルに相応しい男を目指している。その座は渡さない。やれるものなら、やってみろ」
執務机を挟んでバチバチと火花を散らした2人の男。
ところがその直後。
「ユーリス、お前に選手を鍛える役目を任せる! 目指せ、黒鷲隊優勝だ!」
ドアからひょっこりと顔を出したバルドゥルのひと言で、ユーリスはぴしりと凍りついた。
(優勝したら、レオがアデルに告白してしまうんじゃ……?)
「ユーリス副団長、よろしくお願いします!」
ここに来て礼儀正しいレオの態度に舌を巻かされてしまった。
ユーリスは内心で悲鳴をあげたが、前言を撤回するほど安いプライドは持ち合わせてはいない。
かくしてユーリスは、ライバルに塩を送る役目を担うこととなったのだった。




