第33話:初めての贈り物
【続ユーリス】
時は現在に戻り――。
初恋の令嬢を想って騎士を志し、必死に修行に打ち込み、胸を張って求婚できる地位に就いた男は、推し活アイテム専門店で途方に暮れていた。
(脇目も振らず、振り返らなかった俺の阿呆!)
アデルを追いかけていたはずが、いつの間にか2人とも別の方向に走っていた。前にも後ろにも互いの姿はない。しかし、認知はしている。
例えるならば、劇場だ。アデルが客として、あるいは演劇の支援者としてオペラグラスで王国騎士団の舞台を見守っている。ユーリスの場所は、オペラグラスのごくごく端っこだ。ユーリスは声を上げ、手を振るが、アデルの視野を独占することができない。なぜなら彼女が愛しているのは王国騎士団という劇団であって、役者個人ではないからだ。
(俺はこんなにも君の視界に映りたいのに……あ……そうか……。アデルもこんな気持ちだったのか……)
――自分を見てほしい。
もしかしたら、アデルもそう思っていた時期があったのかもしれない。
ユーリスだけに宛てた差し入れ。ユーリスを気遣う手紙。パーティにはきちんと参加して、ひとり壁の花になってユーリスを見つめていた――。
「すまない……アデル……」
「どうして謝るんです? 私、ユーリス様が婚約者でよかったと、心の底から思っているんですよ。こんなにも推し活に理解のあるパートナーが持てて幸せなんですから!」
アデルの花のような笑みがあまりにも可憐で、ユーリスは泣きながら金木犀の髪留めを購入した。
理想とはかけ離れているが、推し活のためのプレゼントを受け取ってもらえるくらいには、婚約者という肩書は生き残っている。今日はそのことに感謝しながら眠るしかない。
(俺は諦めないぞ! 必ず君を振り向かせる……!)
◆◆◆【アデル】
「ただいま、ターナ……って、なになに⁉」
1日の仕事を終えたアデルを出迎えてくれた専属侍女は、「おかえりなさいませ」と頭を下げた後、ゆっくりと顔を上げ――、瞳孔がん開きの目でアデルを見据えていた。瞬きをまったくしないので、ちょっと怖い。
「…………アデルお嬢様、そちらは……?」
「へ⁉」
「今朝、私が結わせていただいたものは黒のリボンのはずですが」
ターナの鋭い視線の先。ハーフアップに直した髪を留めているのは、金木犀の咲く枝をイメージしているという、可愛らしさと美しさを量取りしたような逸品だ。アデルはそのデザインとカラー――金色がとても気に入っていた。
「今日、ユーリス様がくださったの。どうかしら?」
「そもそもこの世の装飾品でアデルお嬢様に似合わない品などありませんが……。なるほど、ユーリス様が……」
「えぇ! 副団長が選出した、王国騎士団箱推しのアクセサリーよ!」
アデルは玄関ホールでくるくると回ってみせた。
ピンクブロンドの髪の上で、金の小花がシャンデリアの光を浴びて輝く。
大きな姿見の鏡に映った自分を見て、アデルの胸にはほんの少しだけ複雑な気持ちが込み上げた。
(初めてだ……。ユーリス様からのプレゼント)
婚約してから一度も贈り物などもらったことがなかった。彼はいつも敬愛する上司ばかりを見つめていて、婚約者のアデルのことなど振り返ってくれなかった。
なのに、どうして今さら。
自分の瞳の色を映した物を異性に贈るという行為には、片時も愛を忘れないでくれという意味がある。ユーリスの瞳は、この髪飾りと同じ金色だ。
(もしかして……なんて、ちょっと焦っちゃったけど……。あのユーリス様だもの。そんなわけないわよね。愛されてるなんて勘違いしたら、王国騎士団のファンから刺されちゃう)
アデルはひとりでうんうんと頷くと、ご機嫌にキッチンへと向かった。金木犀の香りがするお茶が戸棚にあること思い出し、すでに心はティータイムモードだ。
「お嬢様、お留守の間に手紙が届いております」
ターナに後ろから話しかけられ、アデルはくるりと振り返った。
白い封筒に金色の封蝋が押された一通の手紙。それはユーリスにとって、さらなる試練を呼び寄せるものに他ならなかった。




