第30話:推し活アイテム専門店
【続ユーリス】
時をほんの少しだけ遡り――。
アデルはユーリスを自身がよく利用するという雑貨店に連れて来てくれた。
王都の市場から20分ほど歩いた場所にひっそりと佇むその店は、赤レンガの壁に尖った青い屋根、大きな窓から中がよく見え、様々な身分の女性客で賑わう場所だった。執事を連れた令嬢、熱心な商人風女性、平民の少女など、一般の店ではまずありえない幅広い客層だ。
ご機嫌なアデルについて中に入ると、カランカランと高いドアベルが鳴り響き、その音を合図にそれぞれ異なる色のスカーフを付けた女性店員たちが、「いらっしゃいませ」と振り返る。
(店員まで女子ばかり……当然か。女性向けの雑貨店だしな)
客たちの視線まで集まっているのは、ユーリスが男で、しかも王都では顔の知れた騎士だからだろうか。
ひそひそと「ユーリス様じゃない?」「誰担かな?」「ダメよ、詮索はマナー違反」などといった会話があちこちで交わされているのが聞こえてしまい、若干の居心地の悪さを覚えてしまう。
女性は噂話や憶測が好きな生き物だ。たとえ何も言われなかったとしても、彼女たちのもの言いたげな視線に晒されるだけで、ユーリスは無意識に緊張してしまう。閉鎖的な店だとなおさらだ。
(う……落ち着かない。バルドゥル様のおそばに駆け戻りたくなってしまう……ッ)
バルドゥルは上司だが、気を許した幼馴染みでもある。彼の裏表のない性格は、昔からユーリスに安堵をもたらしてくれていた。
もしバルドゥルが今ここにいたら、「やぁ、私にもおすすめの品を教えてほしい」と、太陽のような笑顔で店内の人間全員の心を掌握していたことだろう。そしてきっとユーリスは、澄ました顔でその陰に隠れていたらよかったのだ。
(……駄目だ、ひよっている場合じゃない)
「か……可愛い雑貨の店だな」
ユーリスは格好の悪い自分を打ち消すように首を振り、何か喋らねばと言葉を絞り出した。
正直、女性と同じだけの「可愛い」は持ちえないのだが、アデルに似合いそうな物はきっと「可愛い」のだろう。髪飾り、スカーフ、扇子、バッグ、ポーチにハンカチ……。やたらと色違いの品が置かれていて大変カラフルな印象だが、ユーリスはそれらを取ってつけたような好ましげな眼差しで見渡した。
「ユーリス様に『可愛い』という感性があったのですね! 意外です」
まぁ、そう見えるだろう。ないのだから。
「あっ、あるに決まっているだろう。君という婚約者を持つ身だぞ」
「はぁ」
アデルの薄っぺらな反応が堪える。ユーリスは笑顔で眉をぴくつかせた。
「最近、友人に教えてもらったお店なんです。夢中時間を盛り上げる特製アイテムから、日常に彩りを添える品までより取り見取りみどり! とくにユーリス様ご所望のアクセサリーは、一般男性からもとても人気なんですよ。腕輪やピアスなんかはさりげなくファッションに取り入れやすいですからね~! これなら、あからさまな推し活が照れくさい方でも――」
「ま、待て待て! 今、“推し活”と言ったか⁉」
「はい。だってここは、推し活グッズの店ですから」
「なッ⁉」
にこ、と微笑むアデルと反対に、ユーリスの顔はぴしりと固まった。
「ここならぴったりのアクセサリーが見つかるはずです。……なぜなら、推し活アイテム専門店だから! 見てください、このバリエーション! まずカラーが豊富ですよね。白だけでも200色ありますから、必ず推しカラーが見つかります! バルドゥル団長は紅眼ですから、赤系統の石があしらわれたものがおすすめですかねぇ! あ、ここにイイ感じの色のブローチが!」
(なぜ……、またこのパターン……!)
アデルの盛大な勘違いに眩暈がする。
アデルが「私のことはいいんです」と言っていたのは、「私よりバルドゥル団長のことを考えてください」という意味だったと気づかされ、ユーリスは耐え切れずよろよろと店の壁に手をついた。
商品にたくさんのカラーバリエーションがあるのは、推しが司る色――推しカラーを表現するため。扇子は広げると『こっち向いて♡』『ウインクして』などと描かれており、刺繍サービスでは推しの名前や団体名も入れられるらしい。店のあちこちからは、「次の公演に持って行くの」「いつも心に○○様を」「推しバッグ作ろ~」など、熱量高めの幸せそうな客たちの声が漏れ聞こえてくる。
似ている。王国騎士団の食堂で特製団扇を振り、騎士たちに食事を作るアデルに。
(くぅ~~ッ。おのれ、推し活! またも俺とアデルの間に割って入るとは!)
「アデル。俺は推し活グッズを買いに来たんじゃない……」
「え? 違うんですか⁉」
商品棚に並ぶ男性向けのアクセサリーをとっかえひっかえ持ち上げていたアデルは、そんな馬鹿なと言わんばかりに両眉を持ち上げた。ユーリスがバルドゥルに魂を捧げると言ったら、「ですよね」と平然と言い出しそうに見えて怖い。
(えぇい! 怯むな、俺! アデルに振り向いてもらうと決めただろう!)
自らを鼓舞し、奮い立たせる。
ユーリスは緊張を咳払いで隠すと、アデルの頭の後ろの髪飾りコーナーからに手を伸ばした。直感的に、これしかないと思えた。
意図せず、アデルを自分と棚で挟む形になってしまい、逃げ場のなくなった彼女は距離の近くなったユーリスの顔を黙って見上げてきた。
不意打ちの上目遣いだ。ふんわりと長いピンクブロンドのまつ毛に縁取られたグリーンアイには、彼女から目が離せなくなっているユーリスだけが映っている。
(かわいい……)
思わずアデルを抱きしめたくなる衝動を必死に抑え、指でつまむようにして手に取ったのは、金木犀を模した金色の小花が散りばめられた髪留めだった。
「この色だ。俺が君に付けてほしいのは――」
俺の色を身に着けてほしい――。
ユーリスは激しい鼓動で爆発しそうになっている心臓を押さえつけながら、金色の瞳でアデルを射抜いた。




