第24話:箱推し①
◆◆◆【ユーリス】
時を少し遡り――。
(どこにいった、アデル……。せっかく話せるチャンスだというのに)
ユーリスはアデルを捜して、宴会場をうろうろと彷徨っていた。
この新人歓迎会であれば、普段アデルの囲む壁となっている新人騎士たちをバルドゥルの周囲に集め、ユーリスは堂々と彼女に接することができる。お酒が入れば、自然と距離も縮まるし、本音も口に出やすくなる。きっとこれまでの誤解や溝も埋まり、仲の良い2人の姿は新人騎士たちの疑念を晴らすことにも繋がるはず――それがサミュの考案してくれた『歓迎会親睦作戦』だった。
しかし、肝心のアデルを捕まえることができずにいた。どこかのテーブルで新人職員としてもてなされていたらよかったのだが、なんと彼女は忙しく給仕をして回っていた。
騒がしい会場のどこかから、「お料理お待たせしました~!」と、弾んだ声が聞こえてきたり、視界の端を大皿を持ったアデルが横切ったりしているので、間違いない。男ばかりの王国騎士団では、華やかな彼女の存在はよく目立つ。生憎、くるくるとよく動くので、なかなか追いつくことができないが。
(いったいどれだけ働けば気が済むんだ! 歓迎会の時くらい、素直に歓迎されてくれ!)
先日の個人面談で、バルドゥルに「休みはいりません」と宣言したと聞いていたが、どうやら彼女は本気らしい。ユーリスも勤勉な部類であると自負していたが、アデルには及ばない気がして頭が痛い。
(アデルは俺のそばにいたくて、王国騎士団に来たんじゃないのか? むしろ、遠くなっていないか?)
「副団長、このチーズ、うまいっすよ!」
「いい。君たちで捌いてくれ」
テーブルを覗くたびに部下たちから酒や料理を勧められるが、ユーリスはアデルのことが気になって、飲み食いどころではない。もし食いっぱぐれたとしても、後で自前の干し肉を齧れば事足りるので、特に残念にも思わないのが本音でもある。
ユーリスが憤りで眉根を寄せていると。
「ローストビーフはいかがですか~? ご希望の方に切り分けますよーっ!」
アデルは大皿に載った褐色の肉の塊の前に立ち、肉切り包丁をなめらかに滑らせていた。スッと切られた肉の断面はキラキラと美しいローズピンクをしていて、彼女の手捌きと魅力的なローストビーフを見た騎士たちからは、「おおぉッ!」というどよめきが起こっている。
実演調理だ。
先日、ユーリスも隣国のパーティーで見かけたところだ。異国の貴族の間で流行っている華やかな調理演出の一つなのだと、バルドゥルが教えてくれた。
(パーティーの時はさほど気にも留めなかったが、目の前で鮮やかに肉が切り出される様は、思わず見入ってしまう……。いや、それともアデルだから、なのか……?)
アデルの笑顔と包丁さばきに見惚れ、目が離せなくなっていたわずか数秒間。
ローストビーフをせっせと切り出すアデルの前には、中堅以上の騎士たちがずらりと長い列を作り出していた。
(遠い! アデルが見えない!)
まるで、食堂の行列のデジャヴだ。
ユーリスは弾かれるようにして、最後尾の騎士の後ろに並んだ。
(うぐぐ……ッ。俺はアデルの婚約者で、副団長なのに……ッ)
ユーリスはその言葉をグッと喉の奥に押し戻した。
食事――しかも宴会の席で権力を振りかざすのはナンセンスだ。食堂での一件を反省しているため、ユーリスは黙って、まだかまだかと順番が回ってくるのを待った。
遥か遠いアデルの小さな姿を見つめると、騎士たちとアデルが楽しげに話を交わしている。
「ローストビーフは、肉体改造中のダンテさんにぴったりですよ!」
「えっ! 俺のこと知ってるの?」
「もちろんです。ダンテさんは王国騎士団の守備の要じゃないですか! 東部魔獣討伐戦では、ご自慢の鎧で大型魔獣を引き付けたとか……!」
「へへへ……そんなふうに言われると照れるなぁ」
(団員に詳しい……仕事ができる……さすが俺を追いかけてきただけあるな)
「こちらのソース、実はカルロさんの郷土料理からヒントを得ているんですよ」
「懐かしいぜ、ありがとう!」
(故郷まで把握している……だと?)
「ジェイク隊長。お好きだとおっしゃっていた赤ニンジンのグラッセ、たくさん載せておきますね!」
「うひょーっ! アデル嬢、覚えててくれたのか!」
(食の好みまで……⁉)
ユーリスは列の先頭そわそわと見やったり、腕を組んだ姿勢でトントントンと指を動かしたりと、どうにもこうにも落ち着かない。
自分には向けられたことのないような、明るく弾んだ婚約者の声は、ユーリスにこれまで感じたことのない焦燥を抱かせていた。
(俺は優秀なアデルのことを誇らしく思う。……だが、彼女が団員の世話を焼いていると思うと、胸のざわつきが収まらない。まるで、俺のことなど、気にも留めていないかのような笑顔じゃないか。おかしい……アデルは俺のために王国騎士団に来たはずなのに……)
「あの……副団長、やはり順番を代わりましょうか?」
「不要だと言っている」
前に並んでいる騎士は、居心地が悪そうに何度か同じことを提案してきたが、ユーリスはその都度断った。
おそらく、この騎士もユーリスがアデルを蔑ろにし、泣かせているという噂を知っているのだろう。気まずそうに、「どうか仲良くなさってください」と付け加えてきた。
(えぇいッ! 余計なお世話だ!)
焦る必要はない。自分はアデルに愛されているのだから、どっしりと構えていればいい――そう言い聞かせていると。
「ローストビーフ品切れです~! ごめんなさい!」
(なんだと……⁉)
アデルの申し訳なさそうな声と、空になった大皿。「えぇ~!」と、残念がる騎士たち。
ユーリスはというと、あと少しで順番がくるというところで婚約者が撤退していく様を目の当たりにし、愕然と唇を震わせていた。
これでは、アデルが騎士たちの世話を焼く様子を見せつけられただけになる。このえも言われぬモヤモヤ感が解消されぬまま、アデルを行かせるわけにはいかないと、ユーリスは意味を失った列を慌てて飛び出した。
(アデル、行くな! 俺は……、お前の婚約者はここにいるぞ!)
「アデル……!」




