第23話:噛んでも噛んでも味がする
◆◆◆【アデル】
群青色の空に鋭利な弓の如き三日月が浮かぶ。
普段のアデルは夕方には仕事を終えて帰宅するのだが、今宵は特別に駐屯所に残っていた。今夜は団長であるバルドゥルが考案した、“新人歓迎会”が催されているのだ。
「歓迎される側なんだから、会場でまったりしていていいのにさ」
「いいんです。“推しは金なり”ですから!」
「よく分からないけど、まぁ、アデルちゃんがそういうなら」
アデルは料理長のグレゴと2人で、厨房と会場をくるくると行き来しながら、歓迎会の料理を整えていた。
会場といっても、屋外修練場に食堂の長テーブルを運び込み、周囲に明かりの灯った魔法具――魔石ランタンを並べ置いただけの突貫宴会場だ。真っ白なクロスの敷かれたテーブルや、美しい花々で飾られる貴族のお上品な屋外パーティーとは対極の、ワイルドで開放的な仕上がりである。
(ちょっと懐かしい感じがする……)
会場に果物の盛り合わせを運ぶアデルは、あちらこちらに輪を作って座り始める騎士たちの姿を目を細めて見つめていた。
頭に浮かぶのは、5歳の時に出会った王国騎士団だ。残念ながら、数年前の部隊改編により、今の王国騎士団にかつてアデルが知り合った騎士たちは残っていないのだが、彼らをもてなした宴のことは鮮明に覚えている。
クレッセント伯爵領の大型魔獣を討伐してくれた王国騎士団。彼らをねぎらう宴は三日三晩続いた。好奇心旺盛なアデルは、使用人に混じって料理の皿を運びながら、騎士たちの英雄譚を聞いて回ったのだ。
『オレたちは“剣”で平和な世を創る。だが、人の笑顔を作るのは、いつの時代だって “うまい飯”だ』
当時の王国騎士団長は、そう言いながらアデルのピンクブロンドの頭をわしゃわしゃと撫で回した。
初め、幼いアデルは、とても大きくて逞しい王国騎士団長が少し怖かった。熊みたいだと思った。けれど、ぎこちなくも優しくアデルに接してくれる彼とはすぐに打ち解け、気が付けば憧れの“王国騎士”の象徴になっていた。
(いつかまた、あの方とお会いできたらいいのになぁ)
あの時の宴と似た空気をすぅっと吸い込むと、アデルは空になった大皿を持ち直した。
星の輝く夜空の下、テーブルに置かれた大皿料理から漂う料理の香りが胃袋を刺激する。
辺境キノコのアヒージョ、木の実と燻製チーズの盛り合わせ、月光小麦の黒パン、暴れ猪の赤ワイン煮、骨付きハーブ鶏のグリル、黄金色に輝くエールに色とりどりの果実酒……。
疲れの溜まった体に沁みる、塩の効いた料理が多い。もちろん、酒にもよく合うことは、作ったアデルが一番分かっていることだった。
(騎士様たちが、たくさん召し上がってくれますように)
新人騎士たちがバルドゥルの席の周りに集められ、何度目かの乾杯をしている様子を目の当たりにすると、思わず目尻が下がってしまう。
今夜は、推したちが食べる姿を拝み放題なので、自然と浮き足だってしまう。
先ほども、ライゼント牛のローストビーフをライブで切り分けるという、“実演調理”をしていたのだが、騎士たちが珍しい催しを面白がり、喜んでくれたことに大満足していた。
(思い出すだけで、にやけちゃう)
大皿に載った褐色の肉の塊。
包丁をなめらかに滑らせると、肉の断面はキラキラと美しいローズピンクに輝く。
アデルの手捌きと魅力的なローストビーフを見た騎士たちからは、「おおぉッ!」というどよめきが起こった。
(王国のパーティーなんかでは、すでに切り分けられたものを提供するのが一般的。だけど隣国では、目の前で調理する“実演調理”に注目が集まってる。料理は味わうだけじゃなくて、楽しむものでもあるのよね)
推したちには心を動かすことができる幸せを、ただひたすらに噛み締める。
噛んでも噛んでも味がする。
推したちの笑顔は、栄養満点!
(推し活、最高~~♪)
アデルが「るん♪」が、ご機嫌な笑顔で歩いていると――。
「アデル……!」
不意に背後から声がした。王国騎士団全員の声帯を把握しているアデルには、その声の主がユーリスであるとすぐに分かってしまうのだが、はて何用ですかと振り返った表情には無意識に疑問符がくっついてしまう。
「まぁ、ユーリス様、こんばんは。今夜はお元気そうで何よりです。先の休息日はお顔が真っ白でしたし」
「あ、あぁ。その件は心配をかけてすまなかったな」
アデルはいえいえと軽く首を横に振った。
一方、ユーリスは何か言いたげな様子で、その場から去ろうとしない。金色の双眼が、やや落ち着きなく揺らいでいる。
(てっきり、『元気になったよ』の報告かと思ったけど……違うのかしら。あ、バルドゥル団長関連? きっとそうね!)
「バルドゥル団長のお席なら、一番奥ですよ? それとも、バルドゥル団長がお好きな黄金エールをお探しですか? それなら各テーブルに置いています! どうぞ、ご自由におかわりを――」
「待て待て。俺がいつもバルドゥル様を探していると思うな」
「え。違うのですか?」
「俺は、君を捜していた」
ユーリスの白い肌には、なんとなく赤みがさしている。視線があっちこっちに泳いでいるので、平素の凛々しい目付きとは程遠い。照れているようにも見えるが、推しでもない自分にそのような態度を彼が取るわけがないので、アデルは別の理由を考えた。
(あ、酔っておられるのね! ユーリス様ってば、意外とお酒に弱い? ろくにディナーをご一緒したことがないから、把握できてなかったなぁ。新情報ゲット~!)
アデルは心の中で、ポンッと手を打った。
「すきっ腹にお酒は良くありませんよ? アルコール対策には柿がおすすめです! 酔いの成分を分解してくれますから!」
「どうして俺が酔っ払いになる⁉」
アデルは空の大皿をテーブルに置くと、同じ卓上の皿を「どうぞどうぞ」と笑顔で勧めた。
王都の北の果樹園で採れる柿と、ユーリスの故郷で作られたモッツァレラチーズを合わせた柿のカプレーゼだ。鮮やかなオレンジ色と乳白色のコントラストが美しい。
「シュトラウル侯爵領のチーズは絶品ですよね~! 私、大好きなんです!」
「それは嬉しい限りだ。君が必要なら、今度実家からまとまった量を取り寄せよう」
「わぁ! ありがとうございます! 食堂で存分に振る舞えます~! 楽しみだなぁ……では、私はこれで」
「あぁ……って、おい! 勝手に話を終わらせるな!」
互いにうんうんと頷き、微笑ましい空気で解散しかけたところをユーリスが慌てて止めた。
なんだろう、とアデルは小首を傾げる。
ハッと思い出したのは、昨日ユーリスが渡してきた、緑雨ネトルのパンの感想文だ。といっても、パンの見た目や味、香りや食感を報告書のようにしたためたもので、ある意味読み応えが満点だった。「美味しかった」というひと言が見当たらなかったことは少し残念だったが、初めてユーリスからもらった料理の感想ということで、アデルはそれを大切に保管したのだ。
(なるほど! 感想文の感想が気になっていらっしゃるのね!)
「いただいた感想文、とても感動したしました! 自室の祭壇に祀っているんです」
「祭壇⁉」
「はい! ユーリス様からのファンサービスですもの。素直にいただくことが、ファンの務めです!」
「待て待て待て! 『ファン』だと? いつから君は俺のファンになったんだ? 俺たちは婚約者という『特別』な関係だろう?」
ユーリスの表情が、眉根を寄せた状態で固まった。
「そんな、恐れ多い! 私はただ、食堂のおばちゃんポジションで、“王国騎士団箱推し”をしているだけですから……っ」
「え……?」
ユーリスの「きしだんはこおし?」というオウム返しは、宴会のざわめきに吸い込まれていった。




