第22話:誤解とファンサ
ここまでが4章となります。
ユーリスはアホながらにアデルのことが大好きです。
引き続きポンコツヒーローの奮闘をお楽しみいただければ幸いです。
【続ユーリス】
「アデル、俺は……!」
「押しつけがましくて申し訳ございません」
口を開きかけたユーリスを「分かっています」と言わんばかりにアデルが遮った。
「ユーリス様が私の料理にご興味がないことは十分理解しているのですが、あなたは王国騎士団の要ですから! 敬愛なさっているバルドゥル団長のためにも、元気でいていただきたいのです!」
アデルは驚くほど素早く立ち上がった。どうやらこちらに差し入れを断られる前に、パンを置いて逃げ去る気らしいと、ユーリスは察した。
この誤解は、今までのツケだ。ユーリスがアデルの料理に礼や感想を欠いてきたせいで、彼女はユーリスのことをバルドゥルを最優先する男だと思い込んでいる。けれどそれでもアデルは、ユーリスの体調を案じてくれた。
(なんて献身的なんだ……。俺の婚約者は慈愛の女神か……⁉)
ユーリスの胸の奥が、ぎゅんッと絞まるような痛みを帯びる。
自分など足元にも及ばなかったのだ。アデルを大切に思う気持ちはずっと持っていたつもりだったが、彼女の抱く健気な優しさは底を知らない。
アデルはユーリスがどれほど忙しくしていても、後回しにされても、愛想を尽かさずに傍にいようとしてくれている。駐屯所まで追いかけ来て、今日もこうして体を労わろうとしてくれている。
裏を返せば、それだけ不安なのかもしれない。上司に尽くし、騎士の仕事を全うしようとしているユーリスが遠くに行ってしまわぬようにと、アデルは必死にこちらに手を伸ばしているのでは――。
(愛しい。アデルのことが、誰よりも)
「アデル、安心してくれ」
ユーリスはすくっと立ち上がると、頬を真っ赤に染めながらアデルの右手を両手で包み込んだ。
正直、顔から火が出そうだった。柄にもない言動をしようとしている自覚があり、頭の中が沸騰しているかのごとく熱い。
そのためだ。ユーリスはアデルが「え?」と、瞳をまん丸にして手を見下ろしていたことに気がつかなかった。
「俺は、君の気持ちをちゃんと分かっている」
「?」
「パン……ありがとう。この後さっそくいただくことにする。……えと……今度は必ず、味の感想を言うから……その時は、聞いてくれるか?」
バルドゥルが料理の感想を言うようにと念を押してきたことを、ユーリスはもちろん覚えていた。彼の言葉であれば、一言一句記憶から漏らすことはない。バルドゥルの発言は、14歳病の台詞も含めて絶対的だ。どんな時でも、正しい指針となる。
しかし、おずおずと照れくさそうに言葉を紡ぐユーリスを見たアデルの顔は、不可解そうな色から一転。驚愕の表情に変化した。
「感想だなんて……。ユーリス様、解釈不一致ですよ⁉」
今後はユーリスが「え?」と言う番だった。
アデルは唇をわなわなと震わせていた。まるで地面に埋まった爆弾でも踏み抜いたかのような動揺っぷりを見せながら、彼女の右手はするりとユーリスの手から逃れ、自身の顎に添えられた。
「ユーリス様は常にバルドゥル団長を第一に動かれて、ファンの作る料理に心を砕いている暇なんてないんです。1分1秒が貴重で、頭の中はバルドゥル団長のことでいっぱい……うーん、でも待って。審議。バルドゥル団長最優先だからこそ、王国騎士団の空気をよくすることに注力されるお人だと、拡大解釈ができる。ならば、ユーリス様が食堂の料理人に感想と言う名のご褒美をくださってもおかしくはない……ということは――いやでも――」
(なんだ? なんだなんだ⁉)
ぶつぶつぶつ……。一人の世界に浸り、謎の考察を繰り広げながら独り言を述べるアデル。
一方ユーリスは、何が何だか理解が追い付かず、「アデル? おーい、アデル?」と彼女の名を何度か呼ぶものの、まったく反応してもらえない。目の前で手をひらひらと振ってやるとようやく、「ハッ!」とアデルの意識は現実に戻ってきた。
「理解しました! ご感想、有難く享受いたしますね!」
よく分からないが、感想は聞いてもらえるらしく、ユーリスは安堵した。
煌めくグリーンアイは、まるで夕空に輝く二つの星のようだった。
ユーリスは不意打ちの笑顔に、ついドギマギしてしまう。止まない鼓動がいっそう大きな音を奏でている。
(か……可愛い……。絶対に料理の感想を伝えねば……)
そうしたら、もっとアデルの笑顔を拝むことができる。
これからはアデルを不安にさせるのではなくて、笑顔にしてあげたい。彼女の愛に応えたい――。
ユーリスは胸に固く誓いながら、アデルが去っていく後ろ姿を見送ったのだった。
◆◆◆【アデル】
「ふふっ。まさかユーリス様がファンサービスを習得していらっしゃるなんて、意外だったなぁ。料理の感想は、私にとっては最高のご褒美だわ!!」
るん♪と、スキップで貴族街の自宅に戻ろうとするアデルの三つ編みが揺れる。
婚約者の優しさを「ファンサービス」だと誤解し、納得してしまうくらいには、アデルはユーリスに多くを期待していなかったのだった。
もちろん、ユーリスが睡眠時間を削って、緑雨ネトルのパンとお茶の感想を長文でしたためていることも、アデルは知る由もなかったのだった。




