第20話:食堂のおばちゃんになりたい
◆◆◆【アデル】
「ぐすん……休息日の希望……まったく叶えてもらえなかった……」
「ま! ホワイトな職場になんてことをおっしゃいますの!」
「だってぇ……」
アデルは片肘をテーブルに突きながら、湿っぽいため息を吐き出していた。
バルドゥルとの面談で、アデルは休みなく駐屯所の食堂で働くことを希望した。けれどその後、事務長から「労働法」を丁寧に説明され、強制的に休息日を予定させられてしまったのだ。
そして本日はさっそく休息日。新しくオープンした町のティーサロンでお茶をしつつ、その不満を友人の子爵令嬢コレットに溢している最中だ。
コレットは学生時代から大の甘党で、気になるスイーツのお店を見つけるたびに、アデルを誘ってくれる。彼女の選ぶ店がハズレだったことは一度もない。
今日の店も大変素敵である。天井からたくさんのドライフラワーを吊るしているお洒落な内装。アンティーク調で統一されたダークブラウンの家具。美しいレースで編まれた白のクロスの上に、色とりどりの果物をあしらったフルーツタルトのよく映えること。
もちろん見た目だけでなく、瑞々しいフルーツ甘みと酸味、そしてタルト生地のアーモンドの効いた香ばしい味わいが混然一体となり、アデルの口の中は喜びでいっぱいだ。
「おいし……これ、食堂でも作れないかな。騎士様たちに振る舞って差し上げたい……」
「いつでもどこでも、推しのことを考えてしまう……。アデル、順調に育っていますわね!」
アデルの独り言を拾い上げたコレットは、声高らかに言い切った。親友が推し活に目覚めていく過程が嬉しくてたまらないのか、ふんすふんすと息が荒い。
「わたくし、あなたが充実しているようで安心しましたの。以前は、ユーリス様のことで落ち込んでいたでしょう? 大好きな料理をする姿すら、つらそうに見えていましたもの」
「ありがとう。今は毎日が楽しくてたまらないの。自分の推しのために何かするって、こんなにも幸せなのね」
「そうでしょう! わたくしも歌劇団に生かされてますもの。延命活動ですわ!」
コレットは推しの歌劇団の地方公演のチケット当選を祈願して、アデルにフルーツタルトの苺をくれた。徳を積む期間であるらしい。
「アデルが羨ましいですわ。毎日推したちに会えるなんて、ご褒美が過ぎますわぁ♡」
うっとりととろけた表情で、コレットはティーカップを持ち上げた。
フルーティーな香りがアデルの鼻先にまでふんわりと漂ってきて、タルトの甘い香りと入り交じる。朗らかな昼下がりによく似合う幸せの香りである。
「団長はあの王弟バルドゥル様! 顔よし、器量よし、熱意溢れる男前。団員は身分こそバラつきがあるけれど、揃って武術に秀でた実力者揃い! ぷんぷんしますわ、ロマンスの香りが。まるで逆ハーレムが題材の小説のようではなくって?」
「え~、違う違う」
若い女性の間では、主人公が男性キャラクターたちから愛をいっぱいに受ける小説が流行っていると聞いたことがある。
アデルはその手の話題に疎いのだが、自分が推したちから愛されたいという欲求を持っているかと問えば、答えは「NO」だ。
「私、逆ハーレムなんかに興味ない。私は“食堂のおばちゃん”になりたいの!」
「おばちゃん⁉」
新緑色のグリーンアイのきらめきに当てられ、コレットはティーカップを危うく落としそうになっていたが、アデルの言葉は心の底から出て来たものだった。
「近すぎず、遠すぎずの距離がいいの。推したちが私を愛でるのは解釈違い。でも、ただの壁になって見守りたちだけでもない。私は王国騎士団の皆さんの健康と笑顔を守り、育てたいの……! 親戚のおばちゃんくらいの距離で!」
「なるほど。つまりは母性を拡大解釈。アデルらしい推し活ですわね」
コレットはクスクスと楽しげに笑うと、また新しい苺をアデルの皿に載せていった。まるでルビーのように真っ赤に熟れた苺は、フルーツタルトにおいては何を差し置いても“主人公”であるといえるだろう。
「わたくしは、苺はどこにいても愛される“主人公”だと思いますけれど」
コレットはぽつりと呟いたが、「うわぁ、またもらっちゃっていいの?」と苺に夢中なアデルには聞こえていなかった。
だが、コレットはそれでかまわなかった。
アデルはこれまで我慢してきた分、マイペースに自分の人生を楽しめばいい。余計なことなんて考える必要はない――。
コレットは知的な青い髪を指先で梳きながら、アデルの婚約者の顔を思い浮かべていた。
「たっぷりとヤキモキすればいいのですわ。わたくしの親友を散々悩ませたのですから――」
◆◆◆【ユーリス】
「はぁ……」
夕暮れ時、ユーリスは王都の貴族街をとぼとぼと歩きながら、湿っぽいため息を吐き出していた。
今日は非番だった。ユーリスは休息日が重なっているはずのアデルをデートに誘おうと、彼女の家を訪れていたのだが、運悪くすれ違ってしまっていた。
アデル留守中、屋敷の番をしていたのは柔和そうな執事一人で、正直冷ややかな目をした侍女でなくてホッとしたのも束の間。執事によると、アデルは友人とお茶をしに出掛けたそうで、帰宅時間は分からないと告げられた。
しかし、せっかくバルドゥルが気を利かせ、2人の休みを合わせてくれたのだ。ユーリスは彼の計らいを無碍にするまいと、執事に頼み込んで屋敷の居間で待たせてもらったのだが――。
(なんだか、体がだるい……)
出されたお茶を飲みながらアデルを待っていただけだというのに、ユーリスの体は倦怠感を帯びていた。
ここに来るまでは、とても元気だった。数時間待ちぼうけたので、気持ちが疲弊してしまったのだろうか。
それはあり得るなと思いながら、ユーリスはアデルに会うことを諦めて、帰路についていた。
夕暮れの空を吹き抜ける風が、ユーリスの銀の髪をいたずらになびかせる。
アデルが食堂で、ふんわりとしたピンクブロンドの髪を三つ編みにしていたことを思い出した。初めて見る髪型だったが、快活な笑顔によく似合っていたし、彼女に合わせてぴょこぴょこと動く様子が猫の尻尾のようで可愛かった。
休日のアデルは、どのような恰好をしているのだろうか。
ユーリスと会う時の彼女は、いつも上品で清楚なドレスを着ていることが多かったが、働く彼女を目の当たりにしてからは、それがほんの一面にすぎなかったことを知った。
(どんな姿でも見てみたい……だが、他の誰かには見せないでほしいと思うことは、貪欲だろうか)
男女の距離感が分からないユーリスには、難しい問だ。
少なくともユーリスは、婚約者にどんな自分をも曝け出したいわけではない。
特に、今の自分は見せたくなかった。気怠い体を引きずり、一人寂しく歩く様子など論外だ。アデルにはかっこいい副団長ユーリス・シュトラウルだけを見ていてほしかった。
(俺はずっとそう思って、ひたすら上を目指して――……)
「!!」
不意に眩暈がしたかと思うと、ガクンッと膝の力が抜けてしまい、ユーリスは倒れまいと咄嗟に塀に手を突いた。
(……危なかった)
「ユーリス様?」
安堵の息を吐き出していたユーリスが顔を上げると、視線の先には会いたかった彼女がいた。
「アデル……!」




