第19話:アデルの望み
【続バルドゥル】
バルドゥルはアデルに真剣な面持ちで告げる。
「今日はアデル嬢に礼を伝えたくてな。貴女が来てから、新人たちの顔つきが変わったのだ。以前は生気のない目をしていたが、最近は訓練にもがむしゃらに食らいついてくる。彼らの強くなりたいという意思に火を点けてくれたのは、貴女の作る食事……私はそう思っている」
「そんな……」
「意外なことではない。貴女は皆の体と心を気遣った料理を作っていた。グレゴ料理長から聞いているぞ。結果は明瞭に出ているのだ」
「ご評価いただけ光栄に存じます。ですが、私だけの功績ではございません。調理はグレゴ料理長の熟練の腕がなければ成り立ちませんし、何より前向きな心で食事を摂ってくださる騎士様たちあっての食堂ですから」
アデルはバルドゥルの紅眼に真っ直ぐ見つめられても物怖じせず、きりりと引き締まった声で答えた。堂々としていて好ましい、とバルドゥルの口元は思わず緩んでしまう。
(さて、ここからが本題だ)
「我が王国騎士団に来てくれたのが、貴女のような思いやりのある者で嬉しい限りだ。今後も活躍が楽しみなわけだが、貴女は貴族女性で、しかも婚前の身。心身への負担はできるだけ避けたいと思っている」
「負担だなんて! 私は好きで働かせていただいているのですから!」
「有難い言葉だが、皆が公私を両立できる環境を作ることも、長の務めなのだ。故に、アデル嬢には希望の箇所に休みを取ってもらおうと思っている」
「えっ! 私なぞにそんな⁉」
アデルのピンクブロンドの眉が跳ね上がった。
王国騎士団ではよほどの理由での申請がない限りは、上層部で勤務調整を行っている。騎士たちの実力を鑑みて、業務に支障が出ないように休息日を決定するわけなのだが、バルドゥルの狙いはここにあった。
バルドゥルの手元には黒鷲隊に属する全員の勤務表があり、当然ユーリスの予定も記されている。訓練、遠征、バルドゥルと巡回、バルドゥルと貴族行事に参加、バルドゥルと視察……そして、少ないながらももちろん休息日がある。
(さぁ、よく見てくれ! アデル嬢!)
バルドゥルはアデルに白抜きの勤務表を手渡し、希望を書くようにとペンを差し出した。そしてさりげなく騎士たちの勤務表をローテーブルに置き、ユーリスのものを一番上に重ねた。個人情報が丸見えだが、本人の許可アリなので良しとする。
(貴女はユーリスを追いかけてここに来たのだろう? ならば、歩み寄るために休息日を合わせたいに違いない!)
ユーリスの今節の休息日には、分かりやすく赤丸までつけておいた。9日と27日が一日休み。ぜひ、この日に2人でデートしてほしいという思いを込めて、バルドゥルは黙ってアデルに念を送った。
(9か27、9か27、9か27、9か27! 9か27だッ‼)
ドッドッドッドッ。
バルドゥルの無言の圧が執務室に満ちていく。
紅の瞳にじぃっと見つめられる中、アデルは「う~ん」と天井を見上げたり、白抜きの勤務表を見下ろしたりし――、ようやくペンを持つ手を動かした。
「私の勤務希望は――……こちらです!」
アデルが差し戻した勤務表には、彼女の名前だけが記載されていた。休みの希望は真っ白である。
「どういうことだ? 何も書かれていないではないか」
「はい! お休みは不要ですので、そのままお返しいたしました!」
「なんだと⁉」
あっけらかんとした口調で答えるアデルに、バルドゥルは思い切り面を食らってしまった。
職務を優先しがちなバルドゥルやユーリスをも凌ぐ、社畜令嬢ではないか。さすがのバルドゥルもたまには羽を伸ばしたくなるし、恋人や家族といった人と過ごそうと思うのが一般的な気がする。ましてや、アデルにはユーリスがいるというのに。
「あ、アデル嬢! もう一度検討してもいいのだぞ? 誰かとどこかに出掛けたいとか、2人きりで過ごしたいとか……あるだろう?」
「え? もしかして先ほど話した友人のことを気遣ってくださってます⁉ バルドゥル団長は、なんてお優しいのでしょう!」
「いや、友人もそうだが……ッ」
バルドゥルの動揺も気にせず、アデルはローテーブルの向かいでニコニコと微笑んでいる。
これは大物だ。予想した答えが何ひとつ返ってこないことなど、バルドゥルにとっては初めてだった。
「友人と私は、それぞれ『愛する存在』を支えることが生きがいです。今は、そういう時なのです。なので、バルドゥル団長の御言葉に甘え、毎日バリバリ働かせていただきますね‼」
「ま、待ってくれ! 王国には労働の法というものがあってだな――」
「あぁ……なんて充実した日々! むしろ、推し様方のために労働させていただけることへの感謝料を払いたいくらいです! さてさて、それでは私は買い出しに行ってまいりますね! バルドゥル団長、今後ともよろしくお願いいたします!」
アデルはすくっと立ち上がると、ピンクブロンドの三つ編みを揺らしながら、勢いよく頭を下げた。押し切られては困ると、バルドゥルは口を挟もうとしたのだが、顔を上げた彼女は瞳を爛々と輝かせており、有無を言わせない眼力を放っていた。
「『愛する存在』か……」
バルドゥルが一人茫然と呟いている頃には、アデルは「失礼いたしました!」とご機嫌に執務室を去っていた。
見た目は春風だが、中身は動きの読めない嵐のような女性だった。ユーリスは彼女が今日見せたような一面を知っているのだろうかと考えると、バルドゥルの胸には複雑な思いが湧き上がった。
(ユーリスがすべきことは、想像していたよりも多そうだ……)
「バルドゥル様」
「入れ」
数分置いて、ユーリスが執務室を訪れた。アデルの個別面談の内容がよほど気になっていたらしく、そわそわと落ち着かない様子でバルドゥルに駆け寄ってきた。
「アデルとはどのような話を?」
「お前への測り知れぬ献身について……だな! いい婚約者だ。手放すなよ」
騎士団箱推しの概念を知らないバルドゥルの誤解を孕んだ言葉。それがユーリスの表情を目に見えて明るくさせた。
ごく稀に彼が自分にだけに見せる、弟のような顔がバルドゥルは昔から好きだった。
(親友が私のそばからいなくなる未来は想像し難い。だが、想いを寄せる人と幸せになっているところは見てみたいものだ)
「彼女は黒鷲隊のスカーフを褒めてくれた。私はそれがたいそう嬉しくてな……。故にユーリス。これからはお前も、きちんと料理の感想を伝えるのだぞ!」
そして、「アデル嬢には事務長から労働法について説明をさせるように」と、バルドゥルは念入りに付け加えたのだった。




