第18話:団長面談
【続バルドゥル】
バルドゥルがかつて、王族主催の夜会でアデルと対面した時の印象は、「非常に物静かな女性」だった。きっと内助の功でユーリスのことを支えてくれるだろうと、頼もしく感じたものだ。
だが、しかし。
友の半歩後ろで上品に微笑んでいた彼女がまさか、握手に応じようとしてヴヴヴと全身で震え出すなどと、思ってもみなかった。
「武者震いです」
(歴戦の私ですら、実際にしたことがないぞ! さては只者ではない……?)
驚くバルドゥルをよそに、アデルは右手を大事そうに引っ込めている。
就職後の個別面談として呼び出したため、アデルは食堂で働く時のエプロンドレス姿ではなく、落ち着きのあるシックなドレスに黒のスカーフを巻いている。王国騎士団の紋章の入った黒鷲隊専用装備であり、戦闘以外の行事で身に纏うものである。
アデルの見た目は可憐な令嬢そのものだが、賢げな面差しを漆黒のスカーフが引き立てていた。
「華やかさの欠片もない品で申し訳ない。貴女のほっそりと美しい首には宝石を贈りたくなるが、それだけ似合っているとなると、騎士団長としては誇らしい気持ちになるな」
「そんな……ッ‼ 恐れ多いですッ‼ 公式グッズの供給というだけで、私の寿命がどれほど延びたことか……‼」
「公式グッズ? あぁ、王国騎士団の支給という意味か。貴族令嬢が身に着けるような上質な布ではないが、闇のような黒に浮かび上がる金糸の紋章はかっこいいだろう?」
「ひゃぁぁッ! 同意です! 黒鷲隊の静かなる闘気が込められたかのようなデザインですよね!」
(アデル嬢……いい感性をしているッ‼)
バルドゥルはギンッと心の目を見開いた。
実はスカーフのデザインを監修したのは、何を隠そうバルドゥルであった。これは大変誇らしい気持ちになる。
まさか貴族令嬢がスカーフだけで、これほど盛り上がってくれるとは思ってもみなかった。しかも、社交辞令の気配は感じない。どうやら本心の様子だった。
彼女は笑顔いっぱいに高揚感を溢れさせていて、夜会で見た「非常に物静かな女性」の影はどこにもない。喜怒哀楽の「喜」と「楽」の感情のエネルギーが圧倒的に大きく、隠そうとする様子もない。
(フッ……いい審美眼を持った女性じゃないか、ユーリスよ)
一気に上機嫌になったバルドゥルはアデルにソファを勧め、自分は彼女の向かいに腰掛けた。
2人の間には紅茶と焼き菓子がある。アデルがリラックスできるようにと、バルドゥルは前もってユーリスに彼女の好みを尋ねたのだが、なんとユーリスの回答は「分かりません」だった。
婚約者とお茶をしたことがないのかと、バルドゥルとサミュは呆れかえって友人を責め立てたのだが、本人は「アデルが何を口にしているのか、気にしたことがなかった」と、しょぼくれるばかりだった。
婚約者こそいないバルドゥルだが、人が好むものは意識して観察している。それは「人」に興味があるからで、ユーリスも貴族である以上、その点は心得ているはずだった。
しかし、それをマイナスにしてしまうほどに、ユーリスは「食」に興味がないのだろう。侯爵家の嫡男でありながら、早々に実家を離れ、騎士になるべく邁進してきた彼にとって、食事は「体を動かすためのエネルギー」。紅茶は色のついた水、お菓子は当分の塊というわけだ。
(あぁ……レーションばかり食うなと言っておけばよかった)
無心になって固いレーションや干し肉をかじかじと齧るユーリスの姿が、鮮明にバルドゥルの脳裏に浮かぶ。
結局、サミュが女性受けしそうな茶葉とお菓子を見繕ってくれたのだが、どうやらアデルは気に入った様子だった。
「わぁ……このマカロン、王都で流行っているものですね! なんて美しいラベンダー色なんでしょう! それに月光花の紅茶も香りが格別です。まろやかな味わいがマカロンにぴったりですね!」
「ほう。茶葉の種類まで分かってしまうとは」
「色々なお店で食事をするのが好きなのですが、特にティーサロンにはよく行くものでして」
「アデル嬢は研究熱心なのだな。誰と行くのだ?」
「友人ですね!」
アデルは特に落ち込む様子も見せず、きっぱりと言い切った。
バルドゥルは身構えてはいたものの、やはり「ユーリス様です」という言葉は返っては来なかった。
この明朗な回答は、ユーリスに仕事を振り続けたバルドゥルへの嫌味なのか。いや、それにしては目が輝いているような――。
バルドゥルは白いティーカップを小さく傾けながら、ぱちぱちと瞬きをしているアデルを見つめた。
(心根の真っ直ぐな女性に見えるが……)
「友人とは、女性か?」
「はい! 子爵令嬢で、学生時代からの親友です。私が王国騎士団で働こうと思ったきっかけをくれた子です。いつも私の背中を押してくれるんです」
「いい友人だな」
なるほど、アデルの友人は、友の婚約関係を後押ししてくれる女性らしい。いい性格の令嬢がいたものだと、バルドゥルはうんうんと頷いた。
(良かったな、ユーリス。アデル嬢の友人は、お前たちの恋を結ぶ天使だ。そして私も、私にしかできぬサポートをしてみせよう!)
バルドゥルはティーカップを静かに置くと、コホンッと咳払いを一つした。
腕の見せ所である。




