第15話:本領発揮
【続ユーリス】
(アデルが初めて勤める職場だ。何か困っていることがあったら、すぐに助けなければ)
そう思って、固唾を飲んで彼女を見守っていたユーリスだが、当のアデルは自分よりもひと回り以上も大きい男たちを相手に臆しないどころか、笑顔いっぱいで接客に取り組んでいた。
「コホンッ。こちらをご覧ください」
アデルは改まった仕草で入口近くの立てかけ式の黒板を手で指し、モブロにメニューの説明を始めた。
カラフルな配色のチョークで文字やイラストが描かれた黒板――メニュー表だ。
中年男性のグレゴにそのような発想がないことは周知の事実なので、これを準備したのはアデルなのだろう。
(若干下手くそな絵だが、逆に味がある。さすがは俺の婚約者!)
「Aセットは《紅炎鶏のチキンサンドイッチ》です。昨晩のスープに使わなかったむね肉の切り落としを、オレンジソースに漬け込んでいます。むね肉は高タンパクなので、効率よく筋肉をつけるのにぴったりな食材です。ほのかな酸味があって、疲れた時でも食べやすいお味にしていますよ」
アデルが説明をすると、モブロが感心した様子で相槌を打っているのが見える。
「あの、“おまかせ”っていうのは?」
「よくぞ聞いてくださいましたっ!!!!」
アデルの圧にモブロが一歩引いている。
「“おまかせ”は騎士様のお体に合わせて作るサポートメニューです! たとえばモブロさん。素敵な弓をお持ちですね‼ 射撃による遠距離攻撃は、危険な魔獣との戦いほどに重要になりますよね。戦場では矢の一本も無駄にはできませんし、相当なプレッシャーと集中力が要されるかと思います」
「そ、そうなんですよ。だから僕、いつも緊張してしまって……」
アデルの視線は、モブロが背負っている弓、そして彼の震える指先、そして上ずった声を発する唇へと移動する。
こぼれそうなほど大きく見開かれたグリーンアイは、自信に満ち溢れていた。
「では、《ロイヤル胡桃とバナナのスコーン》はいかでしょう? 胡桃は脳の神経伝達や血流を助け、安定したエネルギー補給によって、長時間の集中を支えてくれます! そしてバナナは、素早くエネルギーに代わり、集中力と精神を安定させる効果があるんです! 指先までじんわりと温まるスパイスミルクティーもおすすめですよ!」
「わぁ! ぜひお願いします」
アデルの太陽のような笑顔に緊張が解けたのか、モブロはこくこくと頷いている。
どうやらアデルは騎士それぞれに相応しい料理を見定め、一人一人に提案しているらしかった。その勢いはどんどん加速している。
「歩き方に違和感……筋肉痛ですね? 訓練お疲れ様です。筋肉の疲労回復には、豚肉がおすすめです。ぜひこちらを!」
「脳筋で戦術が頭に入らなくて悩ましい、というお顔をされてますね。大丈夫です! 頭がすっきりして、記憶力がアップする味噌ハーブスープをどうぞ!」
「故郷のご飯が恋しくてホームシック……そんな哀愁が漂っていますよ。分かりました! ばっちり再現いたしましょう!」
(なぜ一見しただけで、そこまで分かってしまうんだ⁉)
アデルは次々に騎士たちの悩みを言い当て、やたらテンション高く、早口でまくし立てるようにして、“おまかせ”オーダーを取っていく。
ユーリスは柱の陰で、驚愕の声を上げそうになってしまう。
自分の婚約者がこのような特殊技能を持っていたなど、まったく把握していなかった。仕事ができる、という域を超えて、なんなら若干ヘンタイじみている。
(これが……俺のアデル……?)
「美味い!」
「沁みる……」
「元気でる!」
食堂のあちこちで、満足そうな感想が飛び交う。初めはおどおどしていたモブロでさえ、「おかわりお願いします!」とイキイキとした声を響かせている。
「美味しいです、アデルさん‼ 疲れた筋肉に沁みます……ッ‼」
そう無駄に大きな声で感謝を叫んでいるのは、新人騎士のレオ・マクレイだ。
つい数日前までは「実家に帰りたい」と、毎朝のように医務室で吐き気止めを飲んでいた青年だった(サミュ情報)。今はまるで別人のように、明るい顔でもりもりと食事を摂っている。
ゾンビのようにぐったりとしていた新人騎士たちも、誰も寄りつくことのなかったと聞く食堂も、すっかり生まれ変わっている。きっかけは、アデルが来たことに違いない。
(アデル……騎士団に就職するために……、俺と“恋の駆け引き”をするために、こんなにも努力をしていたなんて――)
キュンキュンとユーリスの胸がときめきを覚える。
アデルにしてやられたわけだと、胸に手を当て、ユーリスは長いまつ毛に縁取られた瞼を閉じる。
(言わなければ、アデルに。俺の婚約者はお前しかいない、だから安心しろと)
ユーリスは決意を固め、柱の陰から出ようとしたのだが――。




