第14話:いざ食堂へ
◆◆◆【ユーリス】
駐屯所の正式名称は、王国騎士団黒獅子駐屯所と言う。
王国騎士団は三部隊で各地の魔獣の討伐に当たっており、バルドゥル率いる部隊を黒獅子隊と呼ぶからだ。
ちなみに王国の北を守るは銀鹿隊、南を守るは紅竜隊。いずれも命名はバルドゥルだ。14歳病が疑われないギリギリのラインであるとユーリスが判断し、許可を出したという経緯がある。
だが、長い名前をわざわざ口にする者はおらず、ユーリスは通称「駐屯所」の食堂へと足を向けていた。
駐屯所の食堂は、一度も利用したことがなかった。
普段のユーリスは、バルドゥル絡みの食事会やお茶会がない限りは、滅多に食事らしい食事を摂らない。多忙な業務の消化を最優先し、干し肉などを齧って済ませてしまう。食に興味が薄いのだ。
(だが、アデルからの差し入れだけは別だったんだ)
ユーリスはこの3年間を思い出す。
自分宛ての差し入れを手にする度に、ユーリスは浮かれた。
知らない食材が包まれたパイや、名前を知らないケーキ、謎のスパイスが効いたスープなど、食に関する知識が浅い故にほとんど何も分からない。
だが、美味しいことだけは理解していて、いつも騎士団の仲間に差し入れを自慢していた。
「俺の婚約者は、俺のために料理を作ってくれるんだ」と。
(忙しさを理由に感謝を伝えてこなかったことは、俺に非がある……。きっと不安にさせてしまったんだ。だからアデルは、押しかけるようにして食堂に――)
男くさい騎士団の駐屯所の調理、しかも安月給。料理人という職は、貴族の世界では重要なキャリアにもならない。
アデルを即採用した事務長は、「てっきりユーリス様のご紹介だとばかり」と誤認を謝罪した上で、それでも彼女はかなりの熱意を持って就職を志望していたと話してくれた。
(追いかけたり、追われたり……これが“恋の駆け引き”……!)
アデルとの恋の攻防戦をふんわりと想像していたユーリスだったが、いざ食堂に入ると、そんな想像は吹き飛ばされてしまった。
「!」
美味しそうな香りや音が、五感を刺激してたまらない。
芳醇なバターの香り、見ただけで分かるふわふわのパン、じゅうじゅうと焼ける肉の音、……。
食に興味のないユーリスの腹までも、ぎゅるると切ない音を出すほどだ。
テーブルはほぼ満席。ハツラツとした新人騎士たちが溢れていて、和気あいあいと会話を交わす者もいれば、一人で黙々と食事を頬張る者もいる。
いつも上官たちの顔色を窺い、訓練では暗い表情ばかりを浮かべていたとは思えない変貌ぶりだ。
(普段は朝練だけで相当へばっているのに。楽しそうだな……)
なんだか邪魔をしてはいけないような気がしてしまい、若干居心地の悪さを感じたユーリスは咄嗟に柱の陰に身を潜めた。
(いや……何を隠れているんだ! 副団長だぞ、俺は。堂々としていればいい!)
ユーリスは自分につっこみを入れ、柱の陰から出ようとしたが、ちょうどその時ピンクブロンドの三つ編みが視界の端を通り過ぎていった。三つ編みの主は、食堂の賑わいの中心人物だった。
(アデル……!)
婚約者のアデルが元気に食堂を駆け回り、ハッと立ち止まって「お疲れ様です!」とにこやかに頭を下げた。
ユーリスは一瞬、自分にかけられた言葉かと思ったが、残念ながら違っていた。アデルの視線は柱の陰をするりと通り過ぎており、食堂の入口に注がれていた。
「おはようございます、モブロさん!」
(あいつは射撃班のモブロ!)
「お、おはようございます! あの……例のドリンクがなくなったって聞いて……」
「はい。栄養ドリンクはしばらくお休みです。今朝はAセットにサンドイッチとカボチャのポタージを。Bセットは“おまかせ”でご用意しています」
アデルは騎士団の紋章が刺繍されたエプロンを纏い、利用者の騎士たちにみんなに優しく声をかけている。
そして驚くべきことに、彼女はすでに騎士たちの名前を覚えているらしく、一人一人の名を呼んでいる。
(昨日の今日で顔と名が完全に一致しているなんて……。いったいどんな記憶力だ?)
ユーリスは柱の陰から熱心にアデルを見つめていた。
だが、ユーリスが真に驚かされるのは、ここからだった。




