第13話:勘違い
◆◆◆【ユーリス】
翌日早朝7時、王都ヴァイブルグ貴族街――。
王弟バルドゥルの護衛という名目で王城住まいをしているユーリスは、城下町に陽が射し始めると同時に王城を飛び出していた。
向かった場所は、婚約者アデルの暮らす屋敷。いわゆるタウンハウスというやつで、港町にあるクレッセント伯爵家の屋敷に寄せて造られた、白壁の美しい4階建ての建物だ。庭はもさもさとした葉の植物が鬱蒼と茂っており、手入れが行き届いていなさそうに見える。
この屋敷は避暑用の別荘なので、本邸のように使用人の数が充実していないのだろう。たしか以前、アデルがそれらしいことを話していた気がするぞと、ユーリスは遠い記憶を探ってみる。
「ここは私と侍女と執事の3人で暮らしています。料理は私が作ってるんですよ」
たしかそんな感じだった。
アデルは親元を離れ、ユーリスのいる王都に居を置いてくれている。そして、彼女は昨日から、ユーリスの職場で働き始めた。
このことから導き出された答えは一つ――。
(アデルは“恋の駆け引き”をしようとしている‼)
ユーリス個人宛てではなく、騎士団宛てのミートパイを差し入れたのは、おそらく「推して駄目なら引いてみろ」だ。
突然、駐屯所の食堂で働き始めたのは、サプライズ作戦とでも言おうか。
ユーリスとしては、サプライズの度を超えて血の気が引いていたのだが、今まで何も主張してこなかったアデルが動きを見せたのだ。きっと彼女は自分に伝えたいことがあるに違いない。
(不器用だが、可愛いじゃないか――!)
サミュから散々、婚約者を安心させてやれるくらいの時間を取れとドヤされた。だから早朝、アデルを家まで迎えに行き、2人で出勤するくらいの時間は捻出しようと思ったのだ。
ユーリスは全力で走ったせいで乱れた銀髪を手櫛で撫でつけ、騎士装束をパンパンッと手で叩いて小さな皺を消し去る。そして「コホンッ」と咳払いをして喉の調子を整えると、改まった仕草でドアをノックした。
「起きているか? ユーリスだ。迎えに来たぞ」
“恋の駆け引き”中のアデルであれば、急いで玄関に出て来てくれるかもしれない。きっと婚約者が朝一番に現れて、驚くに違いない。迎えに来たと知ったら、彼女は喜ぶだろうか。
ユーリスがそんなことを思ってそわそわとしていると、「はい」と淡泊極まりない声がユーリスを出迎えた。
「ユーリス・シュトラウル様、おはようございます。アデルお嬢様はすでに出勤なさいましたが?」
メイド服に身を包んだ短い髪の侍女は、貴族のお茶会などでアデルに同行していたので見知った顔だった。いつもアデルに「お菓子の食べ過ぎはよくありませんよ」と言いながら、結局菓子を与えて甘やかしているイメージだっただが、今朝の彼女には、笑顔の欠片一つ見当たらない。彼女から溢れ出る冷ややかなオーラが、周辺の気温を2度ほど下げていた。
「なに? 早すぎやしないか?」
「お嬢様からは、5時出勤と伺っております。今頃バリバリ働かれている頃かと」
「なッ!」
(食堂の料理人の仕事は、そんなに朝が早いのか⁉ せっかく驚かせてやろうと思って、秘密で迎えに来たのに)
動揺の色を浮かべ、ユーリスは頭を抱えた。
こんなことなら、事務方にアデルの勤務形態について詳しく聞いておけばよかった。まさか嫁入り前の令嬢が、フルタイムの正規雇用で労働するわけがない――そんな思い込みをしてしまっていた。
「まったく……本当はバルドゥル様との早朝鍛錬があったというのに……。アデル……どうして俺に何も話してくれないんだ」
唇を噛み締めるユーリスを見て、侍女は心配そうに顔を覗き込んでひと言。
「ユーリス様……頭、大丈夫でございますか?」
「へ?」
とんだ辛口が浴びせられ、ユーリスの金色の瞳はテンになってしまう。
「あ……失礼いたしました。言い間違いでございます。“お時間”大丈夫でございますか?」
(言い間違い……なのか……?)
言われなくとも、たしかに時間に余裕はない。今日は駐屯所での訓練の他にも、バルドゥルに回す報告書の仕上げ、バルドゥルと新装備の打ち合わせ、バルドゥルの参加する討論会の原稿チェック(14歳病箇所を修正)業務など、みっちりと詰まっている。
「朝から騒がせてすまなかったな。アデルには食堂で話すことにする」
ユーリスは軍靴をカツンと鳴らし、駆け足で貴族街を去って行く。
「サプライズで喜ぶ女がいると思うなよ、この無神経ボン」という侍女のつぶやきは、早朝の爽やかな風に吸い込まれていった。




