第12話:静かに燃える強火担
読み飛ばしてもOK!
この後、閑話休題です。
◆◆◆【侍女ターナ】
「アデルお嬢様、随分とご機嫌でございますね」
「ふふっ。だって箱推しが楽しいんだもの」
初出勤を無事に終えたアデルは、ベッドに入る前に手紙を何通かしたためていた。
物書き机に向かい、お気に入りの硝子ペンを走らせていると、専属侍女のターナが肩にそっと毛糸のカーディガンを被せてくれた。
ターナはアデルが幼い頃から世話をしてくれている、しっかり者の侍女だ。ココアブラウンのショートボブが彼女の聡明さを数倍増しに見せており、自分は短い髪が似合わないと思っているアデルにとっては密かな憧れでもある。
「お手紙はどなたに?」
「これはお父様宛て。いい仕入先の仲介をお願いしてみようと思って。勤め先の料理長が熱心な方でね。より良い料理のためなら、異国の食材も上手く使っていきたいと言ってくださったの」
「いいと思います。クレッセント伯爵もお嬢様に頼られてお喜びになるかと」
「だといいんだけど」
「えぇ、おそらくべしょべしょに泣くほどに」
アデルは父――クレッセント伯爵の顔を思い浮かべ、ふっと頬を緩ませた。
元外交官という経歴を持つクレッセント伯爵は、現在は幅広い人脈を活かし、交易を中心に領地を盛り立てている。
おかげで伯爵領には、大陸各地の物資が海を越えて豊富に入ってくる。アデルの料理好きを知るクレッセント伯爵は、珍しい食材を手に入れるたび、お土産にしてくれていたのだ。
領民や商売相手、そして家族に誠実に接し、心から愛することができる人――それがクレッセント伯爵だ。ただし、娘のアデルのことを溺愛しすぎているのが玉に瑕である。
「お父様ってば、『結婚までは実家にいたらいい』と、3日も置かずに手紙をくれるものね。結婚までの大事な時だからこそ、王都にいたいのに」
「……それは、ユーリス様と愛を深めるためでございますか?」
アデルが手紙に封蠟を押していると、ターナが抑揚のない声で尋ねてきた。
ターナは姉のような存在でもある。これまでユーリスに相手にされてこなかったアデルの実情を知る彼女だからこそ出て来る、真剣みを帯びた言葉だった。
「心配してくれてるのね。ありがとう。でも大丈夫! ユーリス様との愛は深まりこそしないけど、婚約が解消されることはないから。ちゃんと相互に“推し活不可侵”の約束をしたのよ! だから私、結婚するまでは、全力で“王国騎士団箱推し”を楽しむの‼」
アデルは胸の前で両の拳をぎゅっと握り、グリーンの瞳を宝石のように輝かせた。
結婚までのモラトリアムを推し活に全ベットする意思は固い。
アデルは元気よくそう告げると、再び硝子ペンを手に取り、ご機嫌に手紙の続きを書き始めた。
「これは、料理修行でお世話になった師匠たちへの報告よ。実家の料理長でしょ、スパイス料理屋さんのアリーさんでしょ、東方の出稼ぎ料理人のワンさんと、パティシエのエールさんと……」
「楽しそうで何よりですが、夜更かしはいけませんよ」
「分かってる。あと少しだけ」
◆◆◆(SIDEターナ)
(あぁ……最高にお可愛い私のお嬢様……)
少し前までは見られなかった、主人のいきいきとした姿。それを見守る至福をターナは静かに堪能していた。
推し活を始めてから、アデルの可憐さは留まることを知らない。
ピンクブロンドの髪はより艶やかに、白魚のような肌はきめ細やかさを増し、エメラルドそのものと言っても過言ではない瞳は、そこにあるだけで周囲を明るくしてしまう。
まるで天使。あるいは女神。あるいは「公式」。
(はぁ……ターナは心配です、お嬢様……。箱推しの中にユーリス様がいるなんて。もしまた、お嬢様を傷つけることがあれば、あの男……絶許です‼)
アデルの友人で、推し活の伝道師であるコレットは以前、ターナのことをこう表現した。
「アデル強火担」侍女と――。




