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第11話:箱推しの狼煙を上げよ

◆◆◆【アデル】




「今日はありがとな」


 新人騎士がスープカレーのおかわりを繰り返しているうちに、他の新人たちも続々と食堂に集まっていた。熱気と活気が溢れるこの場は、まるで宴会場さながらだった。

 久々に賑わうテーブルを懐かしそうな眼差しで見守るグレゴの手は、紅炎鶏を揚げ焼きすることで忙しそうだが、その目はアデルに向いていた。


「お礼を言われるようなことは、何も。むしろ、私がやりたいと言ったことをさせてくださって、ありがとうございました」


「まぁ、変なうちわを持ち出してきた時は、ちょっと引いたけど……。人を喜ばせるものを作れたんだ。嬉しいに決まってる」


「変なうちわ……?」


 そこに引っ掛かるのかよと、グレゴは苦笑いを漏らしているが、くるくるとよく働くアデルには、たちまち笑顔が戻っている。アデルの視線は、食堂の端にある食器棚に注がれていた。


「私、ピカピカの食器を見て思ったんです。料理長も本当は、美味しい料理を作りたいんだろうなって」


 食器棚に並ぶたくさんの皿は、長らくジョッキに出番を独占されていたはずだが、美しい輝きを放っている。それは、グレゴが毎晩丁寧に磨き上げているものだった。いつか、この皿で新人騎士たちに料理を振る舞いたい。そう願いながら。


「はははッ! 鋭いねぇ!」


 親しみを込められた呼び方がむず痒くも嬉しいアデルは、照れくさそうに「いえいえそんな」と、うちわで顔を隠している。


「だから、そのうちわなんなんだよ」


「よかったら使います?」


 グレゴの豪快な笑い声に呼応するようにして、アデルはパタパタと「王国騎士団♡」うちわを動かしている。


「私、食堂を推したちの笑顔でいっぱいにしたいんです! ただ栄養を提供する場所じゃなくて、幸福と活力いっぱいの――!」


 推したちの幸せは、巡り巡って自分の幸せ。

 推したちが笑顔なら、自分だって笑顔になれる。


 騎士たちが楽しそうに食事をする姿は、かつて伯爵家で王国騎士団をもてなした時の光景に似て見えた。

 笑い声、何気ない会話、「美味しい」という言葉、皿が空になっていく様子――。

 アデルは王国騎士団の食堂に就職できた喜びを、五感すべてを使って享受していた。

 もう、寂しい思いで婚約者に差し入れを作っていたアデルはいない。


「おかわりは、まだまだありますからねぇっ!」


 アデルが「箱推しわっしょーーーいっ!」と声を弾ませ、うちわで鍋を仰ぐ。

 ご機嫌でスパイシーな香りが、風に乗って駐屯所中に行き渡る。

 それはまるで、箱推しの狼煙のようだった。



 ◆◆◆【ユーリス】


(知らない香りが、駐屯所に満ちている。俺の知らないところで、何かが起きている――)


「アデル!」


 異国情緒漂う香りに引き寄せられるようにして、ユーリスが食堂に飛び込むと、料理長のグレゴが厨房から「?」と顔を出した。

 食堂には先ほどまで人がたくさんいたような熱気の余韻が残っているものの、今は閑散としており、グレゴは厨房でのんびりと皿を洗っていたようだった。


「ふぅ……はぁ……なんだかいい匂いが……って、あれ。料理長だけですか?」


 ユーリスの後を追って来たサミュは、荒くなった息を整えつつ、丸眼鏡を指でグイと押し上げている。


「なんだよ。食堂がガラガラだっつぅ、嫌味か? さっきまでは大賑わいだったんだぞ!」


「いや、そういうつもりじゃ……。医務室で休んでいたユーリスの婚約者……アデルさんがいなくなっていたので、ご一緒なのかなと」


「あぁ、今日はもう十分働いてくれたし、上がってもらった。よく気が利くし助かったよぉ。副団長、ご紹介ありがとうございます。あ、もしかして一緒に帰る約束を?」


 手をエプロンで拭きつつ、グレゴが洗い場から出て来た。

 最近仕事への情熱を失い、飲んだくれていると噂だったグレゴが、実に清々しい顔をしている。それ自体はいいことだし、彼からのアデルの評価が高いことも喜ばしい。


 しかし、ユーリスはすっかり放心状態だ。

 つい昨日、笑顔で解散し、円満な関係だと解釈したのだ。

 ではなぜ、アデルはユーリスに何も言わずに駐屯所で働き始めたのか。嫁入り前の貴族女性が、よりにもよって男所帯で仕事をするなんて、常識的にあり得ない。

 なぜ、なぜ、なぜ……と、ユーリスの思考は、疑問符でぐるぐると渦巻いていた。


(婚約者なのに……俺の職場なのに……なぜ……なぜなんだ……。いや、もしやこれは“サプライズ”というやつか? 女性はサプライズが好きだと聞いたことがあるような――)


「今日はちょっとタイミングが合わなかっただけですって。すんません、スープは品切れになっちまったんで、コレでも飲んで元気出してくださいよ」


 何も知らない様子のグレゴは、ユーリスがアデルと共に退勤できずにショックを受けていると誤解しているらしい。彼は労わるような口調で、「ほいっ」と大振りのジョッキをユーリスに差し出した。

 サミュが「あ」と焦った声を上げるも、頭の中がアデルのことでいっぱいのユーリスは、何も思わずにジョッキに口をつけ――。


「んんんんんぐぅぅぅうおおッ!!!!????」


 謎の気泡の湧き出る灰色のどろどろドリンクの刺激が、舌から全身を駆け巡る。

 栄養ドリンクによってしばらく動きを封じられてしまったユーリスは、その日、アデルを追いかけることはできなかったのだった。


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