第10話:紅炎鶏のスパイススープ②
【続レオ】
「さぁ! 召し上がってください!」
ぐぅ。
女性が白くて底の深い皿をテーブルに置くと同時に、レオの腹は情けない音を鳴らした。
空腹を感じたのはいつぶりだろう。
レオは腹を手で擦りながら、無言で椅子を引いた。
女性とグレゴの視線を感じるが、そんなことはどうでもよくなるくらい、レオはそのスープに惹きつけられていた。
(色はビーフシチューっぽいけど、香りが違う……)
「いただきます」
レオは丁寧な所作で手を合わせ、スープにスプーンを沈め、すくい上げた。
「!!!!」
レオは初めての味わいに目を剥いた。
香りと味の爆発とでも言おうか。
スープはさらりとしているのに、舌に触れた瞬間、辛味と旨味が同時に押し寄せてくる。
鋭い唐辛子の刺激のあとを追うように、野菜を煮込んだ甘みと鶏出汁の厚みが広がり、喉の奥でゆっくりと熱に変わった。
冷え切っていた胃袋に温度が落ちていき、じんわりと燃え上がる。気付けば、指の先まで温かい。
スプーンですくうたび、具材はそれぞれの顔を保ったまま、スープの中に浮かんでいる。ほろりと崩れる紅の手羽元、油を吸って艶を帯びた素揚げの野菜。それらが口の中で混ざり合った瞬間、レオは完成された旨みに唸ってしまった。
「あぁぁぁ……うまいぃぃ……」
熱のこもった息が漏れ、額に汗が滲む。
特に高い熱を帯びた紅の鶏肉は、口をはふはふと動かさなければ火傷をしてしまいそうだ。しかし、かじりつく度に肉汁が溢れ出し、スープと混然一体になる味わいが病みつきになり、どうにも手が止まらない。
「何なんですか、これ⁉ どんどん食欲が加速するんですけど。ヤバいもんでも入ってます⁉」
料理に理性を持って行かれそうになるのをグッと堪え、レオが汗の薄っすらと滲む顔を上げる。
そばでレオの食べっぷりを見守っていた女性は、「ヤバいものだなんてとんでもない!」と、薬物使用疑惑を首を大きく横に振って否定した。
「《骨付き紅炎鶏のスパイススープ》です!」
「紅炎鶏って……すごく希少な食材じゃないですか!」
レオは紅色の鶏肉の正体を知らされ、素っ頓狂な声を上げた。
紅炎鶏は王族に献上されるほどのブランド鶏だ。滋養がたっぷり詰まっていることで有名で、貴族だけなく医療業界からも注目が集まっており、その栄養価の高さにより“不死鳥もどき”とも呼ばれていると聞く。
レオもいつか食べてみたいと憧れていた食材――の、はずだった。
「私も駐屯所に紅炎鶏があって驚きました。新人騎士の皆さんが羨ましいです。毎日紅炎鶏を召し上がっておられたんですから」
「へ?」
女性の突拍子もない言葉に、レオは青い瞳をぱちくりさせた。
「そんなわけ……だって、オレたちはどろどろの栄養ドリンクばっかりを――」
「ちょっと調理法が変わっただけなんです。ローリエで臭みを取って、唐辛子、クミン、パプリカパウダー、オニオンパウダーといったスパイスで整えたトマトスープと調和させる――。私は食材の持つ魅力を際立たせて、騎士様の食欲を引き出しただけ……。騎士様たちを『生かしたい』という強い気持ちは、今までと変わりません。ね?」
女性の視線を追い掛けるようにして、レオはグレゴの顔を仰ぎ見た。
グレゴはきまりが悪そうに目線を泳がせながら、「だってお前さんたち、焼いても食わねぇから」とぼそりと吐き出した。
「団長が『新人たちのために』つって、お前さんたちの食費にかなり予算割いてくれてんだよ。そんなの絶対、食わさねぇとだろ。若いヤツらの命を育てて守るのは、料理人の役目でもあるんだ」
「バルドゥル団長の皆さんへの優しさ……そしてグレゴ料理長の熱意……! あぁっ! 王国騎士団の年長者から若者たちへの想い、激熱ですぅっ!」
急上昇するピンクブロンドの女性のテンションにレオは若干驚かされたが、たしかに「激熱」なのかもしれない。
毎回吐き気を催していた灰色のどろどろの中に、まさか憧れの高級食材が混ぜ込まれていたなんて。
レオは動揺で瞳を揺らしたまま、白いスープの皿を見下ろした。
ほどんど食べつくしてしまった皿には、未だ食欲を誘い続けるスープと、肉が齧りとられた骨が残っている。
体の芯がぽかぽかと温かく、全身が軽い。今夜はよく眠れそうな気もする。
何より――。
「オレ、皆さんの期待に応えたいです。ちゃんと食って、強い体作って、たくさんの人を守れる騎士になりたい……。辞めたいとか、弱音吐いている場合じゃないですね」
レオは久々に爽快な笑みを溢した。
ただ厳しくて、はるか遠い存在だと思っていた騎士団長が、新人である自分たちのことを想っていてくれた。必ず追い付いて、いつか追い越したい。
支えてくれる人たちもいる。素直に向き合って、強くなって恩を返したい。
ピンクブロンドの女性は、スープの正式な名前を“スープカレー”だと教えてくれた。異国の郷土料理で、スパイスの種類によって様々な味や香りになるらしい。
「知らないことを知るって、大事ですね……。世界が広がった気がします」
「そうですね。私も駐屯所に来て、ぐんぐんハッピーな世界が拡張中です!」
女性にとっての世界が何を指すのかは、レオには分からなかった。
だが、彼女の花が咲いたような笑顔はとても眩しくて、ずっと見つめていたい気がした。




