見え始める闇
うっすらとオレンジ色が滲む空が教室の窓に映っていた、六時間目の授業が終わりホームルームを待つばかりだ。
ホームルームが終われば部活や帰宅になる訳だが、私の場合は違う。
「まこと、これから生徒会?」
「うん。あいかは?」
「私は帰宅部。生徒会って大変何でしょ? ま、頑張れよ皆川会長!」
そう、私はこの学校の生徒会会長だ。二年の時、生徒会の書記だったのだけれど、当時の会長に出てみろと面白半分で言われてしまう。会長になれば内申書に書かれて色々と都合がいいと思い、軽い気持ちで選挙に出た。まさか私がなるなんて。
後ろの席にいる親友、野口愛花も私がなれた事が少し信じられ無いって言ってたっけ。
「もう、からかってさ、みんなは部活で青春しているんだからあいかも何かしたら?」
「青春はパス。私は恋に生きる女よ」
「恋って……ま、あいかは彼氏とラブラブなんでしょ?」
あいかの彼氏は同じ学年で隣りのクラスにいる。
「よく言うわね、まことだって学校でも有名なバカップルよ? 私と比べたら月とスッポンよ」
「ば、バカップルとは失礼な! ただ互いを大切にしているだけで……」
「惚気やがって」
とここで第三者の介入だ。私達の真横に我がクラスの担任、竹下優美先生、あだ名タケピーがジロリと睨んでいるではないか。
長い髪が特長で結構美女なんだけど、最近年下の彼氏と喧嘩中らしい。
「皆川も野口も良い男に恵まれていて先生、殺したいほど憎いです、はい」
「え、えっと……まこと、あんた会長でしょ? 先生をどうにかしろ!」
「な! こんな時ばっかり会長って! くぅ……あのタケピー」
「タケピーって呼ぶなと言ったはずだが、わざとか? わざとなのか? この惚気女」
開口一番で地雷を踏んでしまったらしい、先生は非常に危険な状態だ。さて、この状態をどうしてやり過ごすか。彼氏と喧嘩中らしいから、それをどうにかしてやったらどうだろう?
いやいや、喧嘩の理由を訊いただけで私殺されるかも。
「きゃあ!」
とその時だ、後ろから悲鳴が聞こえた。振り替えると親友のあいかが何者かに後ろから胸を揉まれている姿を目撃した。これは変質者ではない、あいかの背後にいたのは隣りのクラスにいる野口愛花の彼氏、崎神佳くんだった。
「あいか、帰ろうぜ!」
「ひゃん! こ、この馬鹿! いつもいきない揉むなって言ってるのに! こっちはまだホームルーム終わってないわよ!」
彼は悪戯好きで良くあいかの胸を背後から揉む。
なんだびっくりしたと安堵してから先生を見ると、鬼と言うか、地獄の住人と言うか、とにかく殺気を込めてあいか達を睨んでいた。
多分先生にはイチャつくバカップルに見えて苛立たしいに違いない。
「お前ら、そんなにラブラブを見せつけたいのかぁ?」
「へ? ち、違います! こいつが勝手に……」
「な、何で先生俺達を睨んでいるんだ?」
崎神くん、あなたは場の雰囲気を読めないのかな。
「ああもうイライラする! 野口! 崎神! お前ら先生が成敗してくれちゃるわ!」
「二人とも逃げて!」
「うん、まことの言う通りにする」
逃亡する二人、追い掛けるタケピーの皮を被った猟奇者。三人は廊下の彼方に消えて行く。
ここで大事な事に気が付き廊下に出て叫ぶ。
「先生! ホームルームは!?」
今となっては無意味だった。
その後は大変だった、先生が帰って来たのは10分も後だ。ここで追及はしないが、先生の顔が何とも満ち足りた顔をしていたのが気掛かりだ。あいかは帰って来ないし、追及するのが怖い。あいつちゃんと生きているのだろうか。
放課後、生徒会が始まる。私は一生懸命に仕事を全うするだけだ。仕事に集合して生徒会が終わり、帰る準備を始めてから外を見るとすっかり黒一色。
生徒会のみんなが帰ったのを確認してから生徒会室の戸締まりをし、職員室に鍵を返して校舎を後にした。
「真っ暗だな。帰ったらすぐお風呂入りたい」
今日はなんだか疲れた、生徒会の仕事がいつもより大変だったから。
学校の敷地を出た瞬間、異様な視線を感じた。気のせいか誰かに見られている様な気がする。
気味が悪い。
これってルベスさんが言っていた私を監視している族? 私を監視して何が目的なのだろう、ただの高校生で、ただの人間なのに。もしかすると私が持つあの力が原因だろうか。この力を説明する前に“あの出来事”を話さないといけない。
地獄の門ヘルズゲートがある事をきっかけに開いたままになってしまった、その場所がしゅーのマンションだ。夜になると地獄の住人が人間界に出て来てしまう。それを食い止めていたのがしゅーだ。
マンションの周りにはルベスさんが結界をしているため、奴等は外に出られない。その住人を地獄に送り返す仕事をずっとしていた。命と隣り合わせ、下手をしたら死んでしまう。
どうしてしゅーはそんな事をしていのか、それは私のためだった。
私にはゲートを開く能力があるらしい。
らしいと言うのは実感がないためだ、自らの意思とは関係なく発動してしまう。まだ高校生になる前、私がしゅーのマンションに遊びに行った時にそれは起きた。勝手に力が暴走してマンションにヘルズゲートを無理矢理開けてしまった。そこから地獄の住人がわらわらと人間界に現れ、マンションの住人達に襲いかかった。
門の番犬、ルベスさんのおかげで死者は出ずに済んだ。だけど別世界への干渉は禁じられている、私は罰を受けて命を抜き取られてしまった。知らなかったとは言え罪は罪、罰を受けてそのままヘルヴェルトに行くはずだった。
けどしゅーが助けてくれた、マンションは無理矢理ゲートを開けられ修復するのに凄く時間が掛かる、修復する間、地獄の住人を外へ出さずに向こうへと送り帰す事を条件に私の命を取り戻した。
でも罪は大きい。しゅーの行為だけでは許されない、だからルベスさんは私と、しゅーと私に関する人達の記憶も同時に封印した。
記憶を封印され、私は高校生一年になっていた。そんな時担任の先生に去年から学校に来ていない留年した一つ年上で、同じクラスメイトがどうしているのか見て来て欲しいと頼まれる。
記憶を無くした私が知る訳も無いけど、それが佐波峻の事だった。
それから私はマンションで非日常を体験して行く。
それがあの出来事だ。
時が経ち、ゲートが完全に塞がり記憶を取り戻した。
引き裂かれた時間がまた戻って来た。
現在マンションに誰もいないのは、マンションの住人達にルベスさんが記憶を操作して立ち退きさせたためだ、危険だから。
だから私はしゅーとの時間が本当に大切だ、もうあんな悲しい事が無い様に願う毎日を送っている。
話が長くなったけど、私には不思議な力が備わっている。この力を利用して何か悪巧みを考えている可能性が高い。
自然と早足になり、気が付けば走り始めていた。家に帰るのは不味いのでは? 見張っている族がもし家族に手を出したらと思うと恐怖が襲う。
そうだ、こんな時だからこそルベスさんを呼ばなくては。
「ルベスさん! ルベスさんいませんか!」
「はい、何でしょうか?」
叫んだのと同時に真横から声が。そうルベスさんだったのだが、いきなり過ぎてびっくりしてしまう。
「きゃああああ! ……び、びっくりした。ルベスさん、普通に出て来れないんですか!」
「にゃはは! 真の驚き顔最高です。さ、もう一度今の顔を!」
こいつ、殴ってやろうか?
「あ~真、そのグーにした手をわたしに向けないで下さいよ。冗談じゃないですか、このただならぬ雰囲気を少しだけでも和ませようとしたわたしの努力をくみ取って下さい」
「ただならぬって……やっぱり私は見張られているんですね?」
「はい。とにかく人目が無い場所に行きましょうか。夜ですが、誰が見ているとも限りませんので……そうですね、この近くに自然公園がありますよね? そこに行きましょう」
近くに朝霧公園がある、あそこは自然公園で昼間は人がたくさんいるけどバス停や駐車場が無い事から交通に不便な場所で夜にはぱったりと人がいなくなる。そこなら都合が良い場所かもしれない、私達は急ぎ公園へと向かう。
行く間、謎の視線は消える事無く公園まで付いて来た。本当に気色の悪い。
「あら? もう逃げるのをお辞めになりますの? それは諦めたと決め付けてもよろしくて?」
心臓の鼓動が跳ね上がる、謎の声が前方に広がる木々の中から飛び出して耳奥へ。確実に誰かがいる、そして茂みを歩く音が私達を釘付けにさせた。
現れたのは美しい女性だった、紫色をした長い髪を左側で束ねて肩に置く様に垂らしている。鋭い目、左目の下に何やら蛇を模した刺青が見える。真っ白なワンピースを纏い、不敵な笑みを暗闇に浮かべ月の光に打たれていた。
「……あ、あなたは誰ですか? まさか私を監視していたのは……」
「ええ、わたくしで間違いありません。今晩は、素敵な夜ね皆川真、それと部外者、あなたは何者かしら? それに者と捉えて問題無くて?」
「初めまして美しい方、お察しの通りわたしは者ではありませんよ? それはあなたもではないですか?」
クスリと彼女が嫌らしい笑いをした。
「ならわたくしと同類なのかしら。でも、違う感じがしますわね。あなたは『縦』の方? それとも『横』の方?」
「さぁ? 答えて差し上げても構わないのですが、何故真を狙うのかを教え、尚且つわたしに平伏したなら親切丁寧に教えて差し上げましょう。わたしは嘘は付きませんよ、多分ね」
この場の空気が乾く様な感じがする、悠長に喋っているかの様な二人だが敵意を放っていた、ただの高校生に分かるくらい鋭い殺気を。
「あなたとお喋りをしに来た訳ではありませんの。わたくしは彼女に用がありますのよ? ふふっ、皆川真、あなたは本当に美しい、わたくしのタイプですわ」
「……はい?」
「きっと肌はすべすべなのでしょうね、胸も下半身もあなたの全てが見てみたい。ここがベッドの上なら皆川真、あなたを朝まで寝かせませんわ!」
身の危険を感じた、この人もしかしてそっちの趣味が?
「皆川真、わたくしと共に淫らな時間を共有しませんか? 大丈夫です、わたくしがリードして差し上げますから!」
「遠慮します!」
そう叫んでやるとしゅんと落ち込んでしまう、さっきまでシリアスだったのになんだか気が抜ける。
数秒して彼女が復活、何やら良い笑顔で。
「ふふっ、ますます気に入りましたわよ皆川真、あの方の命令で来ましたけど、わたくし自身あなたを欲してしまいましたわ。嫌みな赤髪を滅してあなたをゲットしちゃいますわ!」
「真、わたしの側を離れないで下さい!」
彼女が動く、不敵な笑みをしながら歩いて来る。ルベスさんは体勢を低くし、彼女を睨む。
「そういえば自己紹介がまだでしたわね、わたくしの名はメイディア、以後お見知りおきを……ああ、赤髪さんは覚えなくて結構、だって意味がありませんもの」
「困りましたね、峻に結晶の碧を貸していましたから飛び道具がありません、なら接近戦でいきますか」
「え? しゅーに力を貸したんですか?」
「説明は後です、敵が何かする様ですよ?」
メイディアはおもむろに下げていた右手を動かし、腹、胸を通過し口に辿り着く。そして次の瞬間、信じられない事が起きた。
メイディアは自分の小指を口に入れ、噛み切った。
無くなる小指、溢れ出す血、口はもごもごと動いている。まさか……。
「ゆ、指を食べた」
「ふふっ、ふふふっ、美味ですわぁ~!」
そしてゴクリと飲み込む。その刹那、彼女が視界から消えた。と思ったけどすぐに見つかる、だけど信じられない、彼女はルベスさんの手の届く位置に現れた。
「赤髪さん、わたくしが見えたかしら?」
「……速いですね」
いきなり現れた事にも驚いたけど、もっと驚いた事がある。彼女が噛み切ったはずの小指は至極当然と言わんばかりに元に戻っていたのだ。
「……どうして?」
「ふふっ、気になります? どうしてわたくしの指が元に戻っているのか、不思議で不思議で仕方ない様ですわね? なら、今度はゆっくりと見せてあげますわ」
また小指を噛み切る、しかし今度は小指が無くなった手を私に差し延べ、秘密を明かす。
ぼこりと音が鳴ったかと思うと指が生えて来た。
「なるほど、超速再生ですか」
ルベスさんがそう言う。つまり食べたはずの指は凄い早さで再生されていたのか。でも、何のために指を食べたの? そう考えていたら彼女がまた消えた。今度は少し離れた木々が生い茂る場所に出現する。
「皆川真のためにもう少しわたくしの能力を見せて差し上げますわ」
次は薬指を噛み切る、美味しそうに。
「ふふっ、ふふふっ! 美味ですわぁ~!」
自分の指を味わいながらうっとりとしている姿は気味が悪い、指を食べるなんて異常だ。そんな私の動揺をよそに彼女はある一本の木に近付き、それに手をおくと手に力を込めバキリと異様な音が私達を舐めまわす。力を入れた指が木の中にめり込んでいる、何て握力だ。
それだけでは終わらない、グイッと木を持ち上げ始め、軽々と木を根っこごと引き抜いた、細い腕にあんな力があるなんて。
「どうです? 凄いでしょう?」
「……なるほど、そう言いからくりですか」
「ルベスさん、何か分かったんですか?」
「彼女が小指を食べると素早さが上がり、薬指の時は力が上がった。指一本一本に何らかの力が作用しているようですね、指を食べる事によりその力を使える」
正解と彼女が笑いながら言った。そっか、小指には素早さ、薬指には力を上げる能力があるんだ。食べる事でその力を使える、変わった力だ。
指を噛み切るのだから痛いはずなのに。
「ふふっ、バレてしまいましたか。でも別に意味何てありませんわ。だってバレようがバレまいが赤髪さんはここで消えてしまいますもの! ふふっ、あははは!」
「つまり余裕と言う訳ですね。良いでしょう、馬鹿にされっぱなしではわたしには合いません。こちらから仕掛けます」
瞬時、ルベスさんが彼女に向かって飛び出す。
「ふふっ、お相手致しますわ!」
空気を磨り潰すかのような轟音を上げて大木が迫る、メイディアが木を投げ放った。それを難なく躱す地獄の番犬は瞬時に彼女に急接近して拳を穿つ。だが紙一重で躱される、それに怯まずに彼女がルベスさんの顔目掛けて手を伸ばす。
まさか、あの怪力で頭を潰す気?
「させませんよ!」
迫る腕を掴み、くるりと彼女に背を向けて迫る力に逆らわず流れる様に空に投げ飛ばした。
だが、彼女は空に晒されながら中指を噛み切り、飲み込んだ刹那、彼女の手の平に真っ黒な光を放つ球体が出現した。
「ほら、隙だらけですわよ?」
黒い球体が弾丸の様に撃たれた。球体は手の平に残ったまま、まるで粘土を千切るみたいに次々と弾が生まれ、連打する。
弾丸の雨がルベスさんに降り注ぐ。
「ルベスさん!」
弾は地面にめり込みながら砂煙を上げる、完全にルベスさんの姿を飲み込んだ。地上に降りた彼女はニコリと笑いながら私に近寄って来る。
「赤髪さんはこれで死亡ですわ。四方に、逃げ場を完璧に遮断しながら撃ちました。まぁ、逃げると考える前に消滅したでしょうから……ふふっ、ふふふっ、あははは! さぁ皆川真、あの方があなたを欲していますの。一緒に来て下さらない?」
「……どうして私を狙うの? 私の力を狙っているの!」
「ふふっ、そう、やはり力を持ってますのね?」
やはり? それじゃ最初から知っていた訳じゃない無いって事?
「……力があるのか分からないのに見張ってたの?」
「分からないからこそ見張るんですわ。そして今日、力があるか無いのかを今白状したところじゃなくて?」
失言だった。
彼女は笑いながら私に近寄って来る。嫌だ、来ないで。
「さ、わたくしとご一緒して頂きますわよ? 大丈夫、別に殺そうとしている訳では無いの。わたくしに身をゆだねなさいな。ね? 皆川真……」
「わたしを除け者にして話を進めないで頂きたいものですね」
砂煙が空に吹き飛び、その中からルベスさんが現れた。無傷で。明らかに同様するメイディア、ルベスさんが生きているのがよっぽど信じられない様だ。
「な! 何故ですの! タイミング、位置、全て完璧でしたのに!」
「そうですね、タイミングも弾を放つ位置も完璧でした。並の者なら即死でしょう。ですが……」
白色の輝く光がルベスさんから生まれる、それは彼の周りに見えない壁を精製していた。
あれは見た事がある、確か結界って奴だ。
「この拒絶の白を貸していたら私も危なかったでしょう」
「バリア! 何て抜け目が無い方かしら」
「さてと、先ほどのお礼をしませんとね」
と言い終わるとルベスさんの体から炎が竜の様に彼の周りを渦巻く、竜巻に似た炎の柱の中心で彼がメイディアを睨む。
「地獄の炎、これは骨も残しませんよ?」
「何て力でしょう……赤髪さん、あなたは何者かしら?」
「ヘルズゲートの番犬、名をケルベロス」
「地獄の番犬ケルベロス……神話等で聞いた名ですわね……ああ成る程、あなたは『縦』の方でしたのね」
「……あなたには訊きたい事がたくさんあります、投降してくれませんか? そうすれば傷つかずに済みますよ?」
「わたくし、赤髪さんには投降も平伏しもしませんわ。でも今回はもう良いでしょう、皆川真に力がある事が分かっただけでも収穫ですし……またお会いしますわよ皆川真、必ずね」
小指を噛み切り、彼女は姿を消した。しばらく待っても現れない。
これってもしかして。
「逃げた様ですね、あの様子ではまた来ますね」
「……ルベスさん、私、これからどうなっちゃうのかな?」
「大丈夫、わたしが必ず守りますから、必ずです」
それは嵐の様な襲撃だった。私の知らない所で何かが始まっている。
今日、それを実感した。




