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地獄世界のヘルヴェルト  作者: 生獣屋 芽怠
第二章 消失の裏舞台
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幸せな世界で

 きっと誰もが望んでいると思う、幸せな日々を。

 幸せの形は人それぞれで違うと思う。お金が幸せだと言ったり、美味しい物が食べられれば幸せと言ったりと様々だ。

 私、皆川真は大切な人達といられたら幸せだ。

 家族。友人。そして大切なあの人。

 一緒にいれば毎日が輝いていると信じている。二年前の出来事がそう思わせてならない。

 大切な人がいなくなるということは全てを引き裂かれそうな苦痛。青天を隠す雷雲、放たれる雷が胸を抉るように怖い。

 だから、誰も私の側からいなくならないで。

 大切な人達が傷つくのも同じくらい怖くて、痛い。

 だから、今の幸せが壊れない事を願っている。





「ん……あれ?」


 見慣れた景色が瞼を開け、瞳に映し出された。寝惚けた思考はゆっくりと動き出して今日が学校だと警告を告げる。

 焦燥感に引っ張られながら起き上がり、机上に置いていた眼鏡を取って装備。視界はクリアとなり、さっきまで曇っていた景色が嘘みたいに晴れた。

 私は視力がとことん弱い、眼鏡を掛なければ周りがぼやけて何がなんなのか分からない。小学生の頃は視力良かったんだけどな、どうして低下してしまったのか。


「ま、今考えても分かるはずないか」


 着替えよう。学校の制服に身を通す、ブレザーとチェック柄のスカート姿を鏡を見ておかしなところが無いかチェック。うん、大丈夫。と思ったら髪の毛が乱れていた、くしを使って直す。

 栗色の長い髪は私の自慢だ。しゅーに綺麗だと褒められたから。あはは、彼を思い出しただけで惚気ちゃうなんて、本当に私は彼、佐波峻が好きなんだ。

 二階の自分の部屋から出て一階へと下りる、まず目指すは洗面所だ。そこに行くと先客が歯を一生懸命磨いている、我が溺愛する可愛い、可愛い弟の皆川心(みながわしん)がいた。

 小学校4年生なのだが、外見は1年生と間違われるほど幼い。クリクリした大きな目、真っ赤なほっぺが更に幼さを増大させていた。

 愛らしい。私は心の事が大好きなのだ。親バカと言う言葉があるが、私の場合は姉バカである。


「おはよう心! 今日も良い天気だね!」


「ふぁほほ、ほはほう(まこと、おはよう)」


 歯磨きしながらモゴモゴ口が動いて可愛い。たまらないなこれは。写メを、いや、動画を撮りたいくらいだ。水を口に含み、ガラガラペ。ああ、その姿も可愛い!

 ダメだ、もう我慢出来ない!


「心! お姉さんがギュッとしてあげるぅ~!」


 溺愛する我が弟に飛び付く。頬と頬をくっつけて上下左右に動かし柔らかさを楽しむ。

 ああ、心のほっぺがマシュマロみたいに柔らかくて気持ち良い。もう病み付きになりそう。


「心~、お姉さんはとってもとぉーーっても大好きなんだよ~! 心が私の弟で本当に良かったと思ってるからね!」


「やめろ~! まことやめろ~! くすぐったいんだぞ~!」


「へへへ、やめろと言われてやめる奴はそうはいないんだよ? それ、それそれ!」


 マシュマロを指で突っ突く。これも素晴らしい弾力で気持ち良い。

 可愛い、本当に可愛いよ。


「うう、まことなんか嫌いだ! 放さないともう口を利いてやんないもん!」


 嫌いと言われた途端、私の胸に痛みが走る。


「嫌だ! 心に嫌われたくないよ! ごめんね、これからはなるべく抱き付かないから!」


「なるべくなんだ……」


 朝から騒いでいると、洗面所に私の母親、皆川真美(みながわまみ)が顔を出した。

 高校生の娘を持つのに見た目が二十代後半くらいの女性に見えてしまうくらい若々しい。ショートの髪、私と同じ栗色。


「まことさん、心ちゃん、早くご飯食べて下さいね? 遅れちゃいますよ?」


「は~い、すぐ食べるよ」


 そう言ってママは洗面所を後にした。


「まことがぼくにいたずらするのがいけないんだ!」


「いたずらじゃ無いよ、姉と弟のスキンシップだよ! 心、お姉さんは本当に大好きなんだから仕方ないの! 心が可愛すぎるのが悪い!」


「訳が分からないよ! まこと、子供みたいなこと言っちゃダメだよ!」


 いつの間にかはっきりとした意見が言える様になっている。

 そっか、心も成長して来ているんだね。



 朝食はもちろんママの手作り、料理が旨くて優しいママだ。

 ただ、怒らせると鬼のように、嫌、鬼をも凌駕する勢いで怖い。


「いただきます!」


 朝食を堪能。うん、卵焼きやお味噌汁が最高だ。心も美味しそうに食べている。

 いつもの朝、いつもの日常。

 パパは仕事で出張中、年に何回かは帰って来るのだが最近は仕事が忙しいらしい。久し振りに会いたくなったな。そんな事を思っていると、ママがちょうど良くパパの話をし始めた。


「まことさん、心ちゃん、パパがね、来週くらいに帰って来るんですって。今朝電話があったんですよ」


「本当? もう半年以上は帰って来てないから心配してたんだ。パパは元気そうだった?」


「ええ、いつもの様に元気な声でしたよ」


 パパとママは今でもラブラブな夫婦だ。こっちが見ていて恥ずかしいほどに。

 でも、仲良しは良い事だ。

 不意に時計を見るともう出ないと間に合わない。急いで食べ終え、学校へ向かう。

 心と学校は反対方向、一緒に行けなくて残念だ。

 それにしても、私の大切な人、佐波峻が家の都合で一週間向こうに行っている訳だが、寂しい。昨日会ったばかりじゃないか、まったく私は寂しがり屋だな。


「愛しいの峻がいなくて寂しいんですね?」


「まぁね。ちょっと情けない話だけど……って、今の声は誰?」


 振り替えるとそこに赤く長い髪が特長の人物、ルベスさんがいた。

 彼は神出鬼没、昔なんか私が眠っていたベッドにいつの間にか入り込んでいた事だってある。

 いたずらが過ぎる。


「やあ、おはようございます真。今朝も元気そうですね」


「ルベスさん、もう少し普通に出てきませんか?」


「これが私の普通ですが?」


 ニヤニヤしながら言われると、悪意あるとしか考えられない。

 とにかく学校に遅刻しそうなんだ。構ってる暇は無い。


「私先を急ぎますから」


「あ~怒らないで下さいよ~! 今日は真に用事があって来たんですから」


「用事? ……遅刻しそうだから歩きながら話してくれます?」


 ルベスさんは真横に立って一緒に歩き出す。

 彼はヘルズゲートを守護する番犬ケルベロスだ。今は人間の姿だが、実際は三つの頭を持つ地獄の犬。

 三つの頭と言う訳で、実は彼三つの人格を持っている。時々他の人格になる事があるが、いつもは今のルベスさんだ。


「真、真剣な話をしなければなりません」


「え? 真剣な話ですか?」


「はい。実はここ数日真を監視している族(やから)がいます。何者かは分かりませんが、わたしがあなたを守りますのでご心配は無用です」


「監視? 私をですか? どうして……」


「分かりませんが、どこの誰なのか。相手はなかなかやり手みたいですね。監視をしている事は分かるのですが、姿が見えない。ケルベロスのわたしが見抜けないとは……相手はただ者ではありませんね」


 まさか私のあの力のせいだろうか。分からない以上、そう考えるのが妥当なところだろう。

 ルベスさんでも姿が分からない族。なんだか嫌な予感しかしない。この不安な時に、しゅーが側に居てくれたならどんなに心強いか。

 怖いな。私の幸せな日常が音を立てて壊れて行くみたいで。


「わたしは真の側を離れませんから。大丈夫、絶対に危険な目にはさせません。峻との約束ですし」


「え? いつの間にそんな約束を?」


「秘密ですよ。言うなれば男と男の秘密です」


 こう言う時、男と男の秘密なんて言われるとずるく感じてしまう。

 一体どんな話をしたのか気になってしまうじゃないか。


「なんかずるいですよ」


「ふふ、ずるくありませんよ。……とにかくわたしは側にいますから、何かあったら呼んで下さい。すぐに駆け付けますから」


「分かりました。ちゃんと守ってくれますよね?」


 当たり前です、と言ってルベスさんは風景に溶け込む様に一瞬で姿を消す。何が起きているのだろうか。私はただ幸せに暮らしていたいだけなのに。

 黒い影が徐々に私に絡み付いて来る、そんな想像が膨れていく。

 怖い。これからどうなるのかは分からないけど、周りの人達に危険が来ない事を祈る。

 誰も傷つかない事を願うしかないのだ。

 そう思いながら私は学び舎までの道を歩く。





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