不安な世界
メイディアと名乗った女が去り、私は青い屋根が特長の2階建ての私の家の玄関前にいた。後ろにはルベスさんがいる、まだ油断は出来ないと言う訳で家に送って貰った。
「……今のところは大丈夫みたいですね、では真、何かあったらわたしを呼んで下さい。すぐ近くにいますから」
「はい、ありがとうございますルベスさん」
一瞬で姿を消す、やはりケルベロスだ、人間とは違う。それは彼女も同じだ、自分の指を噛み切るだけでも異常なのに、美味しそうに食べて能力を使う。
「……本当にどうなるのかな私」
怖い。
いつまでも玄関前に居る訳にもいかないので中へ入る事にした、ただいまと言いながら開けると、弟の心が出迎えてくれた。
「お帰りまこと、遅かったね」
「う、うん、ちょっとね……」
「元気ないみたいだよ?」
心配そうに顔を覗き込んで来る心、そんなに元気ない顔をしていただろうか? いけない、いけない、家族に心配させちゃダメだ。
「私は元気だよ! ちょっと生徒会の仕事が大変だったけどこんな疲れ、心を見ただけで吹き飛んだ!」
「……本当に本当と?」
「うん! 心配してくれてありがとうね」
「そっか、元気なんだねまことは……だってよママ!」
心が叫ぶとママがリビングから姿を現す。
「お帰りなさいまことさん、今日は随分とお早いお帰りね?」
ゾクリと背中を得体の知れぬものが突き抜ける感覚が纏わりつく。
ま、まさかママは怒っている? 私はケータイを取り出し時間を確かめた。
「う、嘘! じゅ、11時ぃ!」
「まことさん、いくら生徒会の仕事でも夜の11時に帰って来るのは遅過ぎです……お仕置です」
爽やかな笑顔で私の頭を鷲掴みにし、ズルズルと引きずってママの部屋に連れて行かれる。
「ま、待って! これには事情が!」
「うふふ、モンドウムヨウ」
無情にも部屋の扉が閉ざされた。
「待って、待って、助け……あああああああああああああ! ヒィイイイイイイ!」
悲鳴が木霊する。
死ぬかと思った。ママのお仕置は恐ろしくて痛くて容赦無くて……思い出しただけで震えてしまう。
とにかくママは怒らせたら地獄以上の苦しみを与えられるのは間違いない。
「……あれ? 夜の11時に小学生の心が起きてたのは怒らないの?」
「え? ……まことさんばかりを気にしていましたからそこに頭が回りませんでした。心ちゃんはもう寝ていますから明日の朝折檻です」
ごめんね心、この世界は厳しいんだよ。本当にごめんね。
お仕置も終わり、お風呂に入る様に促されたのでそうする事にした。二階の部屋に着替え取りに行きお風呂へ。
髪と体を洗い湯船へ、やっぱり疲れを取るならお風呂だな、気持ち良いし汚れを洗い流してくれる。出来る事なら私の不安も一緒に洗い流してくれたら良いのに。
ああ、しゅーの声が聞きたい。
お風呂から上がり、ママが用意してくれた夕食を食べて二階に上がった。部屋に入るや否や直ぐベッドに倒れ込む。色々あったから本当に疲れてしまった。
夜も遅いからしゅーに電話なんか掛けたらきっと迷惑だよね、だからこのまま寝ようとした時、ケータイが鳴る。誰からかを確認すると疲れがどこかへ逃げていった。
「しゅー!?」
『夜遅くにごめんな、もっと早くに電話したかったんだけどこっちでいろいろあってさ、電話遅れてしまったけど……今大丈夫か?』
「大丈夫だよ! 今暇だったから!」
どうしてこうタイミングが良いのかな? まるで分かってたみたいだ。嬉しい、しゅーの声だ。間違ない佐波峻の声。
嬉しさと愛しさが私の中で燃え上がり、さっきまでの不安が嘘みたいに元気が出た。嬉しい、嬉しいよ。
彼との会話を楽しむ、その中で驚く話を教えて貰った。しゅーの実家の近所にある神社で地獄の住人と戦ったのだと言う話、死神のスミスちゃんと協力して何とかしたらしい。
驚いた、まさかしゅーも戦っていたなんて。私が監視されていて、変な女に教われたなんて話したらきっと心配して仕事どころじゃ無くなっちゃう。
心配させないために黙っていよう。
話はスミスちゃんの事に移り、何でも子供がいなくなったらしい。
「そんな事があったの? 大丈夫かなスミスちゃん。出来る事なら探すの手伝ってあげたい。スミスちゃんには今までいっぱい助けられたから」
『地獄は別世界だからな、人間が立ち入ってはならないってルベスが言ってたからな。俺達には心配するしか出来ないんだ』
無力だな私達は、見付かると良いねとしか言えなかった。
『……そうだ、真美さんや心は元気にしてる?』
「うん、ママも心も元気にしてるよ」
彼の声を聞くだけでこんなにも元気が出て来るなんて。
そうだ、ちょっと意地悪をしてみようかな。
「しゅー、突然だけどもしかして私に会えなくて寂しい?」
『へ? な、何でそんな事訊くんだよ』
明らかに動揺してる。ふふっ、面白いからもう少し意地悪しちゃおう。
「もう、そこは寂しかったよ~! とか、まこちゃんに会いたいよ~! とか言うところだよ? あ~あ、しゅーの口からそんな言葉が聞きたかったのに」
『……言わなきゃダメ? えっと、その……正直恥ずかしいんだけど』
「ダメ! 言わなかったらもうご飯作ってあげないもん」
言い過ぎたかな?
『い、一度だけだぞ?』
どうやら恥ずかしい事を言うみたいだ、よし、録音しちゃえ。
「うんうん、それではどうぞ!」
『一日会えなくて本当に寂しかったよ~! まこちゃんと話せて幸せだぁーー! 愛してるぅぅぅ!』
「……ぷっ」
『……まこちゃん、聞き間違えじゃなかったら今笑ったろ』
嬉しい言葉だったけど、あんな恥ずかしいセリフをよく言えるな。でも、本当にありがとうねしゅー、それと意地悪してごめんね。
「うん、笑いました。ごめんなさい。でも……えへへ、嬉しいよ。……私も寂しかったんだよ? だからこれは罰ね? 寂しがらせたんだから。ちなみに今のセリフ、バッチリ録音したからね? ふふっ、今日から毎日今のセリフ聞いてやるから!」
『ええ! な、なな! それは勘弁してくれ!』
毎日聞いてやる。恥ずかしいセリフだけど、しゅーの声を聞いていたらきっと私は頑張れるから。
迫る闇に立ち向かう強さをくれる気がするから。
時間という奴は私の事情をくみ取ってはくれない、もっと話がしたいのに寝なければ明日に支障を来す。明日は朝早くから生徒会の仕事があるから本当に残念だ。
「そろそろ寝なきゃ。明日の朝いつもより早いんだ。だからお休み、しゅー」
『そっか。お休みまこちゃん』
「うん。しゅー、お仕事頑張ってね、バイバイ」
通話を終えると急に不安が込み上げて来て私を震えさせた、彼の声を聞いていた時は力が沸いて来たのに、途絶えただけでこんなにも不安になるとは。
「大丈夫、きっと大丈夫。大丈夫……」
自分に言い聞かせる様に何度も大丈夫と口にする、さっきの録音した彼の声を聞いてから不安な世界で眠りにつく。しゅーに会えるまで一週間、その間頑張らなくちゃ。気をしっかり持つんだ私、震えながらようやく眠りについた。
それから数日は何もなく穏やかだった、誰かに見られている感じもしない。監視を止めたのだろうか? それとも諦めてくれたとか。
でも油断は出来ない、あれだけ人間離れした力を持っていたんだ、諦めたとは考えにくい。ルベスさんが邪魔だから襲って来ないのかな。
「こら皆川! 授業中に窓の外を見るな!」
「あ、す、すいません」
いけない、今は社会の授業中だったんだ、集中しなくちゃ。
不意に後ろの席にいる親友、野口愛花が私に茶茶を入れる。
「何をぼーっとしてるのよまこと、もしかして愛しの佐波くんを思ってたのかな~?」
ニヤニヤと嫌らしい笑いだな、そんなんじゃないと言い返すが効果なし。
「あいか、あんただってこの前ぼーっとして先生に怒られたじゃん。何か悩み事?」
「別に~。佐波くん一筋ラブのあんたには関係ない話」
とは言うが気になる、最近は元気なかったからな、よし、親友として助けたい
「本当は悩みがあるんじゃない? ……まさか、私としゅーの事をいろいろ言って来るって事は、あいか、あなたしゅーの事……」
「ば、馬鹿じゃないの! 私には佳がいるんだから!」
お、調子が出て来たな、元気が取り柄だからねあいかは。
「何笑ってるのよ! まこと、あんた腹かっ捌いて中身取り出してやろうか!」
「こ、怖い事言わないでよ。冗談でも怖いよ」
「はぁ、まったくこれじゃ埒が明かない。負けよ、悩みを教える。私ね、将来どうしようか考えてるのよ。やりたい事が無いから、不安なんだ」
そっか、もうすぐ私達は卒業だ、なら迷うのは無理ない。
「そっか、なら私も一緒に悩んであげる、親友が困ってるんだから」
「まこと……ありがとう! こんなに良い親友を持てて私は幸せだ!」
「そうか、授業中にお喋りで盛り上がっている女子が二人もいると先生も涙が出るくらい嬉しいぞ?」
やってしまった、今授業中だったっけ。先生が目茶苦茶睨んで私達の真横にいた。
結果として私達だけ宿題を出されてしまった。ま、自業自得か。
こんなにも楽しい時間を過ごしていると言うのに、不安はまだ私にまとわりついて離れないでいる。深く心の奥底に不安を沈めたはずだけど、直ぐに這い出してしまう。
窓の外に見える青空は凄く綺麗なのに、私の心の中は曇りだ。
でも、きっとしゅーが側にいてくれたなら光が雲を裂き、差して来るに違いない。
私がこうして生きていられるのも彼のおかげなのだから。
そんな強い彼がいてくれるなら私は不安を薄められるはず。だから早く彼に、佐波峻に会いたい。明日は土曜日、しゅーが帰って来る日だ。
待ちわびた日が明日に迫っている、それまで頑張ろう、しゅーに会えるまで頑張ろう。
明日の再会を夢見てもう一度空の色を味わう。
私の雲が晴れ、晴天に成る事を祈りながら……。




