地獄世界にて
焦燥感に支配された心は未だに静まってはくれないらしい、この苦しみを起こしている恐怖が苛立たしい。空を肌に感じながら俯瞰する、何処までも続く灰色の荒野を睨むように。木々一つなく、岩とひびだけの世界は遥か彼方まで続く。
もう何日になる? どうしてこうなってしまったんだ。
張り裂けそうな思いが駆け抜けて刃を立てている。
「くそ、何処にいるんだ」
時々目の前が歪む、熱いものが決壊しようとしているがそれを我慢している。
流すな、まだそれは早い。
赤い空は何時間経過しようが“全く変わらない”。そう、この状態が通常なのだ。
ここ、ヘルヴェルトでは当たり前の光景。
「何処にいるんだ……」
大切なオレ子供達は一体何処へ消えたんだ。
可愛い笑顔が良く似合うネリス、爆発しそうな程に元気なエティオ。
オレの子、この死神スミスの子が行方不明になって数日が経過していた。
エティオとネリスは地獄王アフトクラトルとの間に出来た子供だ。双子で顔がそっくりの可愛い子供達だ。二人が生まれた時は大騒ぎになった、アフトクラトル……アトラは王族、オレはただの死神だったから本当は相容れない関係。
死神は人間界で死亡した魂をこちらに運ぶのが仕事。
地獄王とはその名の通り地獄世界ヘルヴェルトの王、この世界の秩序を守り、ヘルヴェルト全てを管轄し守っている。
言うなればオレは下っ端も下っ端、軽々しく王族に話し掛ける事すらおこがましい。
でもオレはあいつを、アトラを愛した。そしてエティオとネリスを授かったんだ。
初めて母になった日、死んだ母様を思い出した。こんなにも脆くて儚くて小さな命が愛しくて仕方が無かった、母様もこんな気持ちだったのだろうか?
一つ一つの仕草が可愛くて可愛くて仕方が無かった、指をしゃぶる姿も、乳を飲む姿も、気持ち良さそうに眠る姿も……。
幸せな時間だった、生まれてから数年、あいつらが物心が付くまではオレと暮らした。アトラも内緒で城を抜け出し良く来てくれて子育てを手伝ってくれたから困難無く幸せを噛み締められた。
でもそんな優しい時は長くは続かなかった、子供達の存在が王族達にバレたのだ。奴等はオレから二人を奪い取り、王宮に連れて行き会えなくした。アトラが何とかしようとしたが王族と死神は相容れない関係だったため、一緒に暮らせる事は出来ない。
アトラの頑張りで何とか二人の誕生日だけは会える事になり、オレは歓喜と絶望に泣く。
でも二人は生きているのだ、二度と会えない訳じゃない。王宮なら飢える事もない、だから……今の現状を維持する事にした。
いつかはどちらかが王、又は女王になってヘルヴェルトを守って行くのだ。そんな勇ましい姿を楽しみに時を刻み、死神の仕事を頑張った。
でも、二人がいなくなった。
アトラからの連絡で二人が王宮の外へと出てしまったらしい、探しに行きたかったが二人に会える時期ではない。どうしたものかとうろたえていたら佐波に言われた、大切な人がいなくなるのは辛い事だと。
あいつの言葉で決心したんだ、二人を探すと。
でも見つからない、何日飛び回ったか分からない程探したのに。二人は何処にいる、エティオ、ネリス、お前達は何処にいるんだ?
「無事でいてくれ……エティオ、ネリス」
荒野を進み灰色の岩石が険しくなり始めた頃、不意に空を眺めてもう一度地上を見下ろそうとした時だった。
「……ん?」
西の空に何かを見た。
巨大なものが世界を裂く、赤い空に更に赤い光の一本線が描かれ、そこに生じた隙間から光が燃えるように溢れた。
あれはまさか……嫌、間違ない亀裂だ。ヘルヴェルトの上空に亀裂が生まれたのだ。
「なんだ、何が起きてるんだ……」
胸騒ぎがオレを向わせた。その最中、亀裂から何かが落ちて来る。
なんだあれは? 形が人の様だが。
「に、人間!」
驚愕に眼を疑う、亀裂から人間が落ちて来た。それも一人だけじゃない、もう一人いた。
その後は数個の光の玉みたいなものが四方に飛び散って行く、何なのか分からないがとにかく今はあの人間をどうにかしなければ。
幸いあまり高さが無い場所から落ちて来たため死んではいないだろう。滑空し二人に近付く。
そいつらの顔を見た瞬間、更なる驚きに包まれた。
「なっ……さ、佐波、それに皆川……だと?」
横たわる皆川と今にも気絶してしまいそうな程弱々しく体が震えている佐波がそこにいた。
どうなっている、何故佐波と皆川がヘルヴェルトにいるんだ、それにあの亀裂は……嫌、今はあの二人を助けよう。
「佐波! 皆川!」
声に反応したのは佐波だけだった、こちらを見上げ驚きと疲れ切った表情を見た。
近付いて行き完全に地上に舞い降りた時オレは絶句するしかなかった、佐波の右目が無くなっている。
「ス、スミス……?」
「な、どうしたんだ佐波! お前目が……それに何でヘルヴェルトに……」
「ぐっ……はは、まさか本当にヘルヴェルトなのか……くっ、た、頼む、まこちゃんを……助……け……」
意識を喪失させ地に落ちて闇へと飲まれた。近寄り安否の確認をするとどうやら気絶しただけらしい。
皆川はピクリとも動かない、嫌な予感が駆け巡る。
「皆川!」
まさか死んでいるのではないだろうな? 良く観察し腕を掴んでみる。
すると微かな鼓動を感じる。まだ生きている、だが弱々しい。
「くそ、何がなんだか分からないが二人を死なせる訳にはいかない」
しかし困った、この荒野は地獄の住人のランクAからCまでの奴等が住む場所だ。こんなところに居たら二人は食われてしまう。運ぼうにもオレ一人じゃ二人同時は無理だ。
一人ずつ運んでいたら片方が殺される可能性だってある、思案の結果、誰かを呼ぶしかないと結論付けた。人間がここにいるだけで大騒ぎになるっていうのにな、誰に助けを求めるかが問題だ。
「……ああ、あいつがいいな。あいつならオレの言う事を聞いてくれるだろう」
そう思い下半身の着衣のポケットから小さな漆黒の石を取り出した。こいつは通石と言って同じ石の欠片を持つ者同士で意思の疎通が出来る。アトラに貰ったものとは別のもう一つの石だ、距離も時空も関係なく使える。
通石を握り締め瞼を閉じる、意識を集中し呼び掛けた。手探りで探す様にあいつを感じるんだ、深く深く広く。そして線が通った感覚を味わう。
『聞こえるか?』
『はっ、はいはいはい! 聞こえますよう先輩!』
どうにか繋がったらしい、とにかく手短に話さないと。皆川や佐波が衰弱しているからな。
『済まないが至急こっちに来てくれないか? 手を借りたい』
『え? あ、でも今から人間界に行って仕事があるんですよう……』
『そんなものフェイ辺りに押し付けておけ! お前オレの頼みが聞けないのか!?』
『うううーーっ! お、怒らないで下さいよう先輩! わ、分かりましたから、手伝いますですよう!』
よしよし、協力者を得た。居場所を伝え通話を断った。
それから数分後、あいつが上空に映る。なんだ、意外に早かったな。
舞い降りたのは一人の少女だった、小柄で幼児体型、顔もそうだ。緑色の長い髪をドクロで装飾された片羽が付いた髪どめでツインテールにしており、首にはドクロで出来た顎骨のネックレスを装備した死神。
名をリリリ、最近死神に成ったばかりのオレの後輩で何かと面倒を見ている奴だ。
「意外に早かったな、感心感心」
「うううっ、早く来なきゃ絶対殴ると思ったですよう……」
「なんか言ったか?」
「うううーーっ! 何でもないですよう! で、で? 手を貸して欲しいってなんですか先輩?」
指を二人に指しリリリの視線を向けさせる、すると案の定ぽかんとした顔に。
「あいつらをオレのねぐらに運ぶ。手伝え!」
「…………うううっ? なんか人間に見える様な……」
「ん? 人間だが?」
「うううーーっ! に、にににに人間ーー! な、なんでこんなところにいるんですようっ! な、何がどうしてですか先輩ぃ!」
予想通りの行動だ、あたふたと喚き、暴れる勢いで二人を愕然と視界に掴ませる。
うるさかったので頭にげんこつを一発入れてやる、一応手加減した奴を。
「うううっ! 痛いですよう先輩ぃ!」
「うるさいのが悪い。リリリ、お前はオレの事をどう思っている?」
「ううう? そ、そりゃあ憧れる素敵な先輩ですよう……きゃ! 言っちゃったですよう!」
「そうかそうか。……なら、オレの頼みを断れないよなぁ?」
睨む様に見下ろす、どうやらそれが怖かった様で体が縮む。
顔は笑顔にしといたのだがな。
「ううう、悪意を感じる笑顔ですよう」
「何か言ったか?」
「うううーーっ! 言ってませんよう! え、ええっと、ちゃっちゃと運んじゃいましょう!」
皆川はリリリが、佐波をオレが運ぶ事にして背中から翼を生やし飛び立つ。
リリリも小さな四枚の翼を羽ばたかせた。
グチグチと何やらリリリが言っていたので睨んで黙らせ、赤き世界を突き進む。灰色の岩石が過ぎ去り、広大な山脈が姿を晒した。まるで氷柱を逆さにした様な石の山には所々に穴が空いており、そこには地獄の住人の巣だ。
厳密に言えばオレやリリリも地獄の住人だ。ただオレ達のランクはSで知能が高い、そんな奴等は人間界の様に家を建て、仕事につく。
死神もヘルヴェルトの仕事の一つだ。
「見えて来た、オレのねぐら」
「ううう、疲れたですよう」
山脈を抜けた先に下が霞み良く見えないくらいの絶壁が出現した、その途中に一つだけ空いている穴、そこがオレのねぐらだ。
エティオとネリスを探しに行きたいがこいつらを放っておけるか。済まない、必ず探しに行くからなエティオ、ネリス。
中はオレが掘った洞穴だ、死神の鎌を使って掘ると言うより切り裂きながら作った。ただ不器用だったから壁は所々傷だらけだがまあいいかと放っている。部屋は四つ、食料を置いておく部屋、寝る為の部屋。後の二つは……エティオとネリスの部屋になる予定だった場所だ。
「先輩、何処に寝かせるんですよう?」
「オレの部屋に寝かせろ。広いから二人くらい寝かせても余裕だ」
巨大な赤い葉を何枚も重ねて敷き詰めたベッドだ、そこに二人を寝かせてやる。
佐波と皆川は衰弱している、どうにかして助けなくては。
「リリリ、男の傷を治してやれ。お前得意だろ?」
「うううっ、そうですけど……人間は……」
「オレの言う事……」
「うううーーっ! やります! やりますですよう!」
渋々治療を開始するリリリ、手の平から白い光が生まれ傷に押し当てて行く。元々備わっている自然治癒力を活性化させる力をリリリは持っている、これがあるからこいつに手伝いを頼んだんだ。
さてオレは食料室に足を運ぶ、この場所はずっと涼しく食料を保存するのには最適な場所になる。中には大量の木の実、様々な種類があるがその中から赤い斑点を持つ実を取り出す。
これは人間界で言えば栄養ドリンクと同じものだ、この実をすりつぶして飲ませれば衰弱も治るだろう。人間に使えるかは疑問だが、何もしなかったら多分死ぬ。
「賭けだなこれは」
部屋に戻るとちょうど佐波の右目を治している最中だった。
どうして目が無くなっている? いろんな謎が渦巻くが今は助けるのが先決か。
木の器に実を入れ、手の平サイズの棒で叩き、磨り潰す。
「せ、先輩その実を人間に食べさせる気ですか? 一口食べれば三日間は元気の塊と化す滅多に手に入らないあれですよ? 下手したら……元気になり過ぎて死んじゃうんじゃ無いですか?」
「少量だけだ。何もしなかったら死ぬだろうが。こいつらに死んで欲しくない」
すりつぶして行き、ドロドロになったところで皆川と佐波の口に少量だけ流し込んだ。
どうなるかは分からないが一日様子を見なければ。
「ふう、治療終わりましたですよう。さすがに無くなった目は再生出来ませんでしたけど傷は完璧ですよう! 偉いですか? リリリは偉いですか?」
「ああ、良くやった。褒めてやる」
「ううう! 先輩に褒められたですよう!」
さて、やれる事はした。後はこいつら次第だ。
死ぬんじゃないぞ二人とも。
「リリリ、約束してくれないか? こいつらの事は誰にも秘密にすると」
「ううう、せ、先輩の頼みなら聞きますけど……でも、バレたら大変ですよう?」
「ま、そうなったらそうなっただ。こいつらはオレの友達だからな、助けてやりたいんだ」
「……もう先輩は仕方ないですね。リリリも共犯になりますですよう。大好きな先輩となら地獄の果ての果てまで! きゃ! 言っちゃったですよう!」
何が起きているのか、これから何が怒るのか、謎だった。
一体、何が起きているんだ……。




