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地獄世界のヘルヴェルト  作者: 生獣屋 芽怠
第三章 マギサという女
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ヘルズゲート


 あれは悪夢だった。

 過去を覗けばあの光景がフラッシュバックし、鮮明に映像化を開始する。高校一年になったばかりの頃だった、一つ年下のまこちゃんとマンションで起こったあの記憶が這い出してくる。

 体から真っ赤な光を放ちながら彼女は苦しがり、空間に亀裂を生む。

 そこから沸き上がる地獄の住人共が更なる恐怖を与えた。

 ルベスのおかげで何とかなったが別世界の者が別世界に干渉するのは禁じられている、そのせいで彼女は命を抜き取られた。

 彼女を元に戻す条件で俺はマンションで地獄の住人と戦い、こちらに出て来ない様に門番として頑張ること。

 命を賭けてやり遂げた。

 またあれが繰り返されようとしている、それだけは止めなくてはならない。

 彼女の為に俺は全てを捨てる覚悟がある、彼女を守る為に……。

 不意に小さい頃のまこちゃんの声が再生された。


『しゅー、わたしがしゅーをまもってあげる。だからなかないで?』


 母を亡くして泣きじゃくる俺に語り掛けてくれた言葉だ。

 次は俺が守る番だ!

 体に鞭を打ち、ふらふらなまま何とか彼女の元へ、両手両足を地に這わせてようやく辿り着く。

 俺はただの人間だ、こんな強大な力を押さえ込む力はない。

 出来るのは一つだけ。

 大切な人を亡くして悲しみに染まる泣いた俺を抱き締めてくれた彼女、人の温もりって優しいと思った。

 苦しみが軽くなった気がしたんだ。

 だからあの日の御返しのように彼女を抱き締める

。

「ああああああああああああああああああああ! いだいよぉ! 痛い! ああああああああああああああああ!」


「まこちゃん!」


 更に力を込める、これしか出来ない、だから出来る事を全力でするだけだ。

 ああ、熱い。触っただけで火傷しそうな彼女の体温がどれだけ苦しいのかを教えてくれた。火傷したってこの腕は離さない、あの日、この細い腕が俺を救ってくれたのだ。

 だから離すものか、絶対に離さない。


「うう、ううう! ああああああああ!」


「まこちゃん、大丈夫だ、俺がずっと側にいるから……だから……」


 一つになる様に力強く抱き締める。

 もしこのまま彼女が消えてしまったとしたら俺も消えよう、彼女の居ない世界はただの灰色だ。そんな世界に生きるなんて俺には無理だ。


「……ずっと一緒だ」


「あああああああああああああああ! うああ! ぐうううっ、い、い、一緒……ああああ! い、一緒、一緒、ああっ、ずっと、一緒……」


「まこちゃん?」


 俺の声が届いた? ロゼリアに分からない様にされていたのに。

 もしかしたらまこちゃんの力がそれを払いのけたのか?


「まこちゃん、自分を見失うな! 自分を取り戻すんだ!」


「あうううっ、ああああ、じ、自分を……うぐ、ああああ! うう、見う、見失うな……自分を……」


「そうだ! 自分を見失わず、力に負けるな! 俺が一緒に居てやる、ずっと一緒にだ!」


 赤く帯び行く光が意思を持つかの様に蠢く。

 だが、少しずつだがそれが薄まり始めた。

 今まこちゃんは強大な力を操る事が出来ていない、それを制御するには自分を見失ってはダメだ。俺が初めて結晶の碧を使った時、意識が飛びかけた事がある。自分を見失わずに力を操る、それさえ覚えればまこちゃんの力は暴走する事は無いはずだ。


「そうだ、自分を見失わないで、力に飲まれないで……」


「ああああ、あう、ああああ、自分を……見失わない……うう、自分を……」


 等々光は景色と同化し、透明へとなって行く。

 良かった、治まって行くぞ。


「あ、ああ……はぁ、はぁ、うう…………し、しゅー?」


「ああ、俺だ、峻だよ」


「うう……ず、ずっと会いたかったよ……しゅー……」


 弱々しい言葉だったが間違いなく俺だと理解している、ようやく彼女が戻って来た、戻って来たんだ。

 しっかりと抱き締めて嬉しさを表現する。ああ、この温もりをまた感じられるなんて。


「……しゅー、ママと心は……?」


「大丈夫だ、二人とも生きている、俺がこの目で見たんだからな」


「そっか……良かっ……たよ」


 幸福な時間とは長く続かないものだ、苛立たしく俺達を睨む奴がいた。

 それはロゼリアだった。怒涛の波が今にも迫ろうとしていた。


「なんだよなんだよ! 面白くない! 面白くない! レイス様、皆川真の力はワタシが開かせてやります、良いですか?」


「好きにしろ」


「キヒヒヒヒ! 人の心をグチャグチャにするの得意なんだから! キヒヒヒヒ!」


 一瞬何が起きたのか理解するまで無防備状態が続く、視界に捉え、信号が駆け抜けて脳に辿り着く。

 ああなるほど、ロゼリアに蹴られて吹き飛ばされたんだ。人外なる力を受けた、凄まじい速度で壁に激突し、呼吸が一瞬止まる。

 再開した時には目の前にロゼリアが嫌らしく頬を吊り上げていた。


「あ、ああ、し、しゅー……ううっ」


「キヒヒヒヒ! 良く見ているんだよ皆川真、ほら、こいつが壊されて行く姿をしっかりとね! キヒヒヒヒ!」


 激痛が生まれた。嫌、熱と言っても良いだろう。まるで熱湯を直接叩き込まれた様な痛み。

 削られた視界、片方だけしか映らない。咆哮をただ放つ事しか出来なかった。

 ナニガオキタ?


「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ! ほ~ら、皆川真、これがお前の愛した男の“もの”だよ」


 そう言ってそ(・)れ(・)を彼女に向かって投げ付けた。

 それは床に転がり、動きが止まった“もの”が彼女の思考を停止させる。

 かつては右瞼の中に納められていたもの、ロゼリアが指を侵入させ、抉り取ったのだ。

 それがまこちゃんの目の前に転がっている、これが床なんかに転がっていたらいけないもの、ここに落ちていてはダメなもの。


「キヒヒヒヒ、可愛いなぁ、皆川真は見た事はある? 初めてじゃないかなぁ、この眼球」


 痛みで叫ぶしか出来なかった。熱湯が右目の中で暴れまわっているかの如く苦痛が広がる。

 この空間は俺の叫び声が支配した。


「あ、ああ、これって……し、しゅーの……目? え? 嘘だ、そんな……」


「キヒヒヒヒ、もう二度とこれは元に戻らないね、キヒヒヒヒ!」


「い、嫌、嫌ぁ、嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 一度は救えた。なのに彼女の体がまた真っ赤へ。


「キヒヒヒヒヒヒヒヒ! また発動した、これで空間に亀裂が出来る!」


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 また苦しませてしまった。ちくしょう、痛い、右目がかつてあった場所が熱い。そこを右手で押さえながら動く、何とかしてもう一度彼女を落ち着かせなくては。

 欠けた視界、右側は闇だった。

 だがまだ左がある、目指すんだ、彼女を求めて

。

「ま、まこ……ちゃ……」


「キヒヒヒヒ、亀裂の先はどんな世界だろうね。キヒヒヒヒ……さてと、お前はもう用無し、レイス様、こいつ殺していい?」


「好きにしろ」


「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ! ワタシを辱めた報いを受けろ!」


 ロゼリアの手刀が狂いなく俺を捉えた。

 ダメだ、避けられない。

 鮮血が飛ぶ、宙に舞って勢い良く四方へと撒かれて雨を降らす。

 どうしてだ、こんな事になるなんて予想が出来るものか。

 地が飲み干す雫は点々と模様を付けた、ロゼリアの手に伝い流れる血液が悍ましい。

 食い破られた腹から覗く手は本当に気味が悪くて痛々しい。

 だが、違った。

 血は赤色を帯びておらず、別の色を醸し出していた。

 こんな色の血が出るなんて夢にもよらない。

 “どうして彼女からこの血が出るのだ”


「がふっ、ぐっ……」


「……な、何で……だよ、何で……」


「ちぃ、邪魔されたし」


 欠けた世界に映るのは大きく腕を広げて俺とロゼリアの間に割り込んだあいつの姿。

 自分の腹に腕が突き刺さっていても手を降ろしたりはしなかった。

 黒い血を吹き出し、ロゼリアに抉られたマギサが目の前にいた。


「マ、マギサ! な、何でお前……」


「がはっ! ぐう、はぁ、はぁ……わ、私は佐波くんを騙したりしてないよ……私は……ううっ、私はただ貴方が助かるなら、私は……私は……」


「邪魔しやがって! マギサ! よくもワタシの邪魔をーー!」


「あ、はは、いい気味よ。……ば、バレちゃったね、私が悪魔なんだって事に……ううっ」


 よろめきサングラスが地面へ。晒される顔、マギサの素顔が俺の瞳に焼き付いて離れない。

 なんだこれは、こいつの顔、マギサの顔は……。

 理解出来ない。

 おかしい。でもこれはマギサの顔だ、じゃあ……。


「マギサ、お前は……」


「えへへ、気が付いたのかな?」


 俺が言葉を紡ごうとした時、ロゼリアはマギサを空中に投げ飛ばした。

 ふわりと浮くマギサにロゼリアはもう一撃を加えようと構える。

 が、恐れていた事態が起こってしまった。一筋の赤い線が地面を真っ二つにするかの様に蠢き、地面全てに枝の如く覆う。

 それが音を立てて“開いた”。

 地面全体の空間に亀裂が生じ、ゲートを開いてしまった。

 と、気が付いた時に彼女、皆川真の叫び声がピタリと止まっていた。

 左の瞳が驚愕の世界を捕らえた、赤いゲートにまこちゃんが沈んで行く。


「ま、まこちゃ……」


 叫ぼうとしたがぐらりと世界が揺れる。嫌、揺れたのは俺だ、足が光に沈んで浮游感が生まれ、落ちた。

 奈落へと一直線に落ち行き、ゲートが天に広がる。そして急激な痛み、地面に激突したらしい。

 何が起きた?


「……ぐっ、……何だよここは?」


 ゲートはゆっくりと閉じて何事も無い“真っ赤な空”に消えて行く。

 荒れ果てた荒野、草木が一本も無く、空が真っ赤。


「…………ま、まさか……」


 気が付くと目の前にまこちゃんが倒れていた。痛む体を引きずりながら辿り着かせる。

 ピクリとも動かない、まさかと手首を掴み脈を取ると微かに鼓動が。良かった、生きている、生きているんだ。

 たった二人だけ、ここは何処だ?

 ああ、分かっているさ。ここはあそこだ。

 ヘルヴェルト。

 俺達はヘルズゲートを越え、地獄へと落ちたのだ。

 マギサはどうした、レイス達は? そんな思いが渦を巻く……。


 



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