死神王
笑顔を見た。
繊細で綺麗な手がオレの手を包む、温かくて嬉しくて楽しくて、そんな感情が次々に生まれた。
自分の手が小さい、おかしいなと思ったがこれはオレが小さい頃の記憶だと気が付いた。
ならば手を握ってくれているのはオレが小さい頃に亡くなった母様だ。
昔、地獄世界で戦争が起きた。謎の敵と地獄の住人との戦争、母様はオレともう一人をかばって殺された。殺した奴もその直後に殺された。
怒りと憎悪を生む前にそいつは消えた、ただ悲しみが渦巻く。
ただ泣く、そんな空しさが堪らなく嫌だった。
オレは夢を見ているのか、幸せだった頃の夢を。
母様とあいつとオレ、三人で笑い合う……そんなひだまりの夢を。
――い。
何か聞こえる。
――ぱい。
これは……。
――先輩!
暗転、そして世界に戻って来た。
「先輩起きて下さい、朝ですよう!」
「……んっ、朝……か」
どうやら寝てたらしい。
ヘルヴェルトにも夜はやって来る、ただ人間界と違うのはいつまでも空は真っ赤だと言うところか。色を濃くして黒に近い赤を維持して暗くなる、多少明るいので完全な闇にはならない。
オレの寝床は埋まっていたからエティオの部屋で寝た、起き上がり佐波達の所へと足を運ぶ。
「どうだ二人は?」
「どうやらあの実が利いたらしいですよう。ほら、真っ青だった血色が良くなって来てますよう」
「そうか、良かった……」
取りあえず命を失う事は無いだろう。安堵を感じたら腹が減ってきやがった、そう言えば昨日は何も食べて無かったからな。
リリリも頑張ってくれたし、ご馳走してやるか。
「リリリ腹減ってるだろ? 何か食べるか?」
「はい、喜んで!」
食料室へと向かい木の実を何個か取り出し戻る、半分渡してやりかぶり付く。味が無い、黄色の球体は無味な果汁で美味しくは無い。だが栄養は高く、胃に入ると倍に膨れて満腹感が得られる実だ。
「はぁ、あんぱんが食いたい……」
「あん、ぱん? 先輩何ですかそれ?」
「人間界の食べ物だ。この実の百倍は旨いんだ」
やっぱり食べ物は人間界に限る、ヘルヴェルトは気候が激しく変わりやすい。真冬になったかと思えば次の日には砂漠の様に熱気を生む、そんなところでは作物は本の一部しか育たない。
ここで一番生命力が強いのは木だ、人間界のより数倍環境対応能力が長けている。
そんな訳で自然と食べ物が木の実になる訳だ。
「そんなに美味しいんですか人間界の食べ物は? 信じられませんですよう」
「旨いぞ! 一度ソフィーネオに食べさせたら虜になってたぞ?」
「うううっ! ソ、ソフィーネオ様に人間界の食べ物をあげたんですか! 最初怒られませんでしたか?」
「ああ、でもあいつは……ん?」
二人が眠る寝床を何気なく見たのだが、どうやら佐波が目を覚ましたらしい。
「佐波!」
「ううっ……ん? ス、スミス……か。……ここは?」
「オレのねぐらだ、大丈夫ここは安全な場所だ」
片目が部屋を見回す。それからゆっくりと視線がリリリに絡む。
「こいつはリリリ、大丈夫お前の事を食ったりしない」
「うううっ、酷いですよう先輩! リリリは人間なんか食べないですよう!」
「敵じゃ無いんだな……ぐっ」
「まだ動くな! 酷い傷だったんだぞ? しばらく安静にしてろ」
起き上がろうとした佐波を押さえ寝かせてやる。
ちらりと横にいる皆川を心配そうに眺める。
「皆川は大丈夫だ、衰弱していたが持ち直した」
「そ、そうか。ありがとうスミス」
「礼なんかいらん。それより何があったんだ? 何でお前がヘルヴェルトにいる?」
「話すと長くなるが……良いか?」
散らばったものを拾い始めて集める様に佐波は語り始めた。誰も皆川を忘れた事、それを行った奴等と戦い、皆川の力の暴走でヘルズゲートを開けた事を細かく話してくれた。
「ち、ちょっと待て! 敵が悪魔だと!」
「ああ。それをネリスが教えてくれたんだ」
「ネリスだと! そいつはオレの娘のネリスの事か!」
なんて事だ、ネリスとエティオは人間界に行っていたとは。いくらヘルヴェルトを探しても居なかった訳だ。
でも良かった、居場所が分かって。無事だったのか……。
「ありがとう佐波、ネリスを世話してくれて。ありがとう……」
安堵の余韻を噛み締めている最中話が脱線している事に気付く。
話を戻さなくては。
「ネリスの事は後でじっくり聞くとしてだ。佐波、本当に敵は悪魔なんだな? 間違いないんだな?」
「あ、ああ。間違いなく悪魔だ、ネリスが教えてくれた悪魔の血は黒い。奴等の血は黒かった」
黒い血が本当ならそいつらは間違いなく悪魔だ。だがおかしい、何故人間界に悪魔がいる?
「良く聞け佐波、人間界に悪魔がいる事はおかしいんだ」
「ああ、そりゃ人間から見ればいるわけない生き物だからな」
「そうじゃない。良いか、どの場所でも悪魔を見るなんて事は“不可能”なんだよ人間界でもヘルヴェルトでもだ」
怪訝な表情をする佐波の反応は正しい。話してやるか、かつてヘルヴェルトであったあの出来事を。
それがオレが感じた驚愕の答えとなるだろうから。
「……今から大体百年前の事だ、オレがまだ子供だった頃にこのヘルヴェルトで大きな戦争が起きた。謎の敵がヘルヴェルトを壊滅させようと攻めて来た。その敵とヘルヴェルトのみんなは戦った結果、多くの死者が出た、オレの母様も含めてな……悲しみしか残らない惨めな結末だった」
記憶をめくる度に胸が締め付けられそうに痛い。
だが、ここからが肝心だ。
「当時の地獄王が敵全てを次元に亀裂を発生させ疑似空間を作りだし、そこへ封印したのだ。敵の名は……悪魔」
「何? じ、じゃあ悪魔は……」
「ああ、全て封印しているから他に居るはずが無い。奴等はヘルヴェルトとは違う世界、魔界からやって来た者共だ。そこも封印して二度と悪魔は魔界から出られなくなった。ほら、人間界の昔話で悪魔は良く出て来ていただろ? 実際奴等は存在し人間をたぶらかしながら楽しんでいたんだ。しかし近代悪魔の姿を見た者などいないだろ? それは悪魔は封印され人間界に行けなくなったからだ」
「ちょっと待てよ、ならあいつらは何者なんだよ……確かに黒い血を流していた、あいつらは一体……」
そう、だから信じられなかった。悪魔は封印され二度と人間界にもヘルヴェルトにも現れない。佐波が戦った相手は本当に悪魔だったのか疑問が生まれてしまう。
だが、話からどう考えても悪魔としか思えない。
「あ、あの~話の途中何ですが良いですか先輩?」
「なんだリリリ」
「もう一人が目を覚ましましたですよう?」
直ぐに皆川に視線を向けるとうっすらと瞼を開けて瞳を晒す姿があった。
空ろな瞳は天井を眺める。
「まこちゃん! 良かった、目が覚めたのか!」
佐波の言葉に反応し、ゆっくりと瞳が愛しい彼を捕らえた。
が、その後予想もしない事態が起きてしまう。
「……敵、敵、敵、敵、敵、敵、敵……」
「まこちゃん?」
「敵は殺す」
皆川の手が空を切り、佐波の首を捕らえてめり込む。
理解出来なかった、今起こっているこの光景はなんの冗談なんだ? 相思相愛がとても似合う二人、だがその一人が何故愛すべき男の首を清らかな手で締め付けている?
「がっ、がああっ、あああ……」
「敵は殺す、敵は殺す、敵は殺す、殺す……」
「な、何をしているんだ皆川!」
急いで佐波を締め付ける手を剥し羽交締めをして押さえ付けた。
生気の無い瞳が佐波を睨み付けている、何がどうなっているんだ?
「ごほっ! ごほっ、ごほ……はぁはぁ、くっ……まさか、まだ……」
「あ、暴れるな皆川! 佐波、何がどうなってるんだ!」
「まこちゃんは悪魔の一人に操られていたんだ。精神に分身を作っているとか言っていた、一時は元に戻ったのに……まだ奴はまこちゃんの中にいるんだ」
えっと、難しい事は分からないがつまり今は正気では無いって事だな? 腕を外そうと暴れる皆川は意外な程力強い。
「リリリ! 食料室から白い実を持って来い! 今直ぐ!」
「うううーーっ! 分かりましたですよう!」
数秒後リリリは白い実を持って来て皆川の顔の近くに掲げる。
「佐波十秒程息を止めていろ! 説明は後だ!」
「あ、ああ……」
「それじゃあ行きますよう先輩!」
「ああ、砕け!」
リリリが思い切り白い実を手で粉砕する、すると中から白い煙が舞い上がり部屋中に漂う。それを吸い込んだ皆川は急に力が抜け、意識を喪失させ眠りについた。
数秒後、白い煙は薄れ無害な酸素に変化し部屋をクリアにする。
「ぷはぁ! もう大丈夫みたいですよう先輩!」
「ふぅ、佐波もう良いぞ?」
「……一体何をした?」
「この白い実には生き物の意識を休眠させる効果が含まれていてな、砕くとその成分を噴出させるんだ。酸素に反応して十秒程で無毒化する。ま、人間界で言うと麻酔薬みたいな奴だ。しかもこの実はヘルヴェルト三大珍味でな、珍しくて中々手に入らないがとにかく旨い。ただ……一囓りしただけで眠ってしまうんだけどな。とにかく皆川は大丈夫だ」
そう伝えてやると安堵の表情をする。しかし困ったな、皆川は正常ではないとは。精神世界がどうたらと言っていたが。
「ちくしょう、まだまこちゃんを苦しめているのかあいつは! スミス、なんとか治す方法はないか!?」
「治す方法か。……精神世界がどうこうって言ってたな? なら……一つだけ手を知っている」
「うううっ! ま、まさか先輩……」
「な、何か知ってるのか? 頼むスミス、まこちゃんを助けてくれ!」
こいつはかつて一緒に戦った仲間だ、それにネリスの世話もしてくれた。断れるはずが無い。リスクはデカいが、やるしかないな。
「任せろ佐波! 皆川は必ずオレが助けてやる! 泥舟に乗ったつもりで任せろ!」
「それを言うなら大船だ。とにかく頼みの綱はお前しかいない、頼む」
「せ、せせせ先輩本気何ですか! 先輩が……あんな目に合うはめになるんですよう!」
確かに危険だ、だが行くしかない。リスクは上級、見返りは無い。だが皆川が助かるならこの身がどうなろうと挑むしかないだろう。
「オレは行くぞ、どんな目に合おうともな」
「せ、先輩……」
「スミス、今から行く場所ってそんなに危険なのか? 何処に行く気なんだよ」
「……死神王の所へ行くんだ」
文字通り死神達の王、死神を統括する強大な存在。戦闘力は一般の死神は足元にも及ばない、地獄王と面会出来る程に地位が高い。
地獄王に会う事すらおこがましいとされる世界で死神王と獣王のみが地獄王と面会出来る。
今からオレ達はその死神王の元へ行くのだ。
「大丈夫なのかよスミス、そんな奴のところに行って……」
「ちょっと待てですよう人間! 先輩は死神王の右腕と言われているんですよう、ちんけな存在みたいに言わないでほしいですよう!」
「……でも不安な顔が消えて無いぞ?」
「うううっ、うるさいですよう人間……」
死神王が頼みを訊いてくれるかどうか、もし機嫌を損ねたら……。
嫌々、悪い想像をするな。とにかくここにいても何にもならない。
「行くしかないだろう。大丈夫、何とかしてみせる。任せろ佐波!」
「あ、ああ。俺はお前を信じる」
「うううーーっ! 先輩をお前って言うなーーですよう!」
「喧嘩するな! とにかく死神王の元へ向かわないとな……佐波動けるか?」
「大丈夫だ、こんなことくらいで動けないような鍛え方はしてない……」
「なら行くか、リリリ佐波を運べ」
「うううっ! リリリが人間を運ぶんですか? しかも男なんてですよう」
「じゃあ皆川にするか? 目が覚めたら暴れだすぞ?」
と言ってやるとおとなしく佐波を運ぶことを了承した、リリリに佐波を任せ、オレは皆川を抱きねぐらを出て空へ。崖の上へ出るとそのまま進路を東へ。
「ち、ちょっと待て! わ、脇の下を掴むな!」
「うううっ! 暴れるなですよう! 落ちたらお前みたいな人間は即死ですよう!」
「喧嘩をするなと言っただろうが、ちゃんと胸に手を回せ」
「うううっ、はいですよう。先輩がそう言うなら……」
そんな感じで空を進む中やはり何やら言い合っていたリリリと佐波、また喧嘩か?
「あ、喧嘩じゃ無いですよう。人間界の話しを訊いていたんですよう。透明で綺麗な石があるとか無いとか。ここにはそんな石は無いですからね」
「多分こいつの言ってるのは宝石の事だろう。赤色とか青色とか色々あると教えたら目を輝かせたぞ」
「うううっ! こいつって呼ぶなですよう! リリリは綺麗な物が好きなんですよう!」
どうやら仲良くなったらしい。不仲よりは良い事だろう。
「スミス、その死神王ってのは何処に居るんだ?」
「全ての死神が集まる死神の箱庭、そこは塔になっていてその最上階にいる」
「ちょっと待て、て事は他の死神に遭遇するんじゃないのか? そうなればやばいだろ?」
「オレに考えがある、任せておけ」
飛行する事数分、地平線の彼方に塔が見えて来た。灰色をした、表面が岩の様にボコボコした歪な塔。あれが死神の箱庭だ、あそこには様々な人間の寿命などを記したデータが集まる。
人間には守護霊が存在していてそいつらはオレ達死神が選んだ奴等だ、そいつらから守護する人間のデータを送ってもらい寿命を計算する。それを元に死神が死にかけた人間に向かい魂をこちらへと導く。
その中心が死神の箱庭なのだ。
「リリリ、一旦下に降りるぞ」
「了解ですよう先輩!」
地上に舞い降り直ぐにねぐらから持って来たあるものを佐波に差し出す。
それは漆黒のマントだった。
「これはなんだ?」
「死神見習いが着けるマントだ。見習いはマントを羽織りフードを被らなければならない。一人前になると何も着ずにいられる。だからそれを利用する、佐波と皆川はこれを着て付いて来い」
「あ、ああ分かった」
漆黒のマントを羽織ると人間の気配が消えた。
マントは中のものの気配や力などを遮断する力がある。死神になるには意思を持つ死神の鎌と契約をして融合し、細胞レベルまで一つになる。死神の鎌は体の一部となり、任意で細胞を変化させて鎌を出す。
見習いは融合が不安定な為、力が暴走する恐れがある、それをマントで遮断し対外に力を漏らすのを防ぐ。それに耐えた奴が死神となる訳だ。
マントを着ていれば人間だとはバレない。
「あ、そうだ。佐波これをお前にやる」
「ん? これって……眼帯か?」
「ああ。こいつはアトラが使っていたものだがお前にやるよ。大切にしてくれ」
「あ、ああ、ありがとう。大事にする」
漆黒の眼帯を渡しそれを付けた。それからマントを纏い皆川に着せる。佐波は皆川をおんぶして出発。
「き、緊張しますですよう。バレないか心配ですよう」
「ま、バレた時はバレた時だ。リリリ、戦闘準備をしておけよ?」
「うううーーっ! 嫌な予感がしますですようーー!」
不安が絡み付く中、オレ達は死神の箱庭へと向かって行く。
果たして先にあるのは希望か絶望か。
「スミス、腑甲斐ないがお前に全てを託す」
「任せとけ。皆川を元に戻したら人間界に戻してやる。悪魔もオレが倒してやるさ」
等々箱庭へと踏み入った、聳え立つ塔は天辺が見えず霞む。門を潜り抜けると外からは想像出来ない程明るい。発光する実を付ける木を階ごとに天井に植え付けているのだ。
この木は少し特殊で地中に根を張らず地表に這わせる、その根は吸盤の様に張り付き様々な場所に生息する。大気中の水分だけで生きて行ける為電灯代わりに植えている訳だ。
「あ、スミス様お帰りなさい」
「お帰りなさいスミス様!」
他の死神達がオレを見るなり挨拶をし始めた。
どうやらその姿に佐波はびっくりしている様だ。
「どうだ人間、先輩は人望……もとい、死神望があるんですよう、えっへんですよう」
「お前が威張る事じゃ無いな」
「な、なんだってですよう!」
「お前ら静かにしろ。今から私語禁止だ!」
緊張感の無い奴等だ。さてと、にかく先を急ぐか。円状に連なる階段を上って行く、二十まで階がありその最上階に死神王がいる。
佐波を見ると皆川を背負っている為階段がきつそうだった。小声で話し掛ける事にする。
「大丈夫か佐波?」
「あ、ああ、大丈夫だこれくらい……」
「ううっ、やせ我慢だ、ですよう」
そんな調子で何とか18階まで辿り着けた。通り過ぎて行く死神達にも気付かれずに済んだ様だ。
もうすぐ死神王のところへ……。
「ああ! 見付けたわ、ちょっと待ちなさいよスミス!」
こんな時に会いたくない奴に見つかってしまった。ズカズカと19階から下りて来たそいつはオレを見るなり睨んで来やがった。
「うううーーっ! せ、先輩どうしましょうフェイロット様ですよう」
「こんな時に来やがって」
死神フェイロット、オレと対等な力を持つ死神でライバルみたいな奴だ。灰色の長い髪をポニーテールにしているのだが、何故かポニーテールの部分だけがぐるぐると螺旋状になって垂れ下がっている。
ぱっちりとした瞳は無垢さを感じさせ、黙っていれば可愛らしい。そしてこいつは物凄い巨乳だ、オレよりデカいから勝った様な顔をしてくるからそこが気に入らない部分だ。
「スミス! リリリの仕事を押しつけて! あたしは暇じゃないのよ!」
「あ~、悪かった悪かった。それじゃまたな」
「あ、うん、それじゃね! ……って違うわよ! 何スルーして行こうとしてるのよ!」
こいつは結構可愛いところがあるから嫌いでは無いのだが、胸を自慢げにしているところがムカつく。だから悪戯してやりたくなるのだ。
「フェイ、お前可愛いな」
「え……本当? えへへへ、嬉しいわ」
「嘘だ」
「な、何ですってぇ! あ、あたしを弄んで! スミス許さないわよ!」
「それも嘘だ」
「え? じゃああたしは可愛いのかしら? えへへへ!」
とこんな感じで言われた事を直ぐに鵜呑みにするのだ。
さて、どうやってこいつをやり過ごすか。
「あら? 見習い二人も連れて何してるのよスミス……一人おぶされてるみたいだけど……暴走しちゃったのかしら?」
「あ、ああそうだ。こいつは危なっかしいぞフェイ、なんたってオレを何メートルも上空に殴り飛ばしやがったんだ。今は気絶しているが暴れたら大変だ、だから死神王のところへ行ってこいつが鎌と安定するまで見張ってもらうつもりだ。一緒に来るかフェイ? オレじゃ手に負えないんだけどな」
「え、遠慮するわよ。別に怖い訳じゃないのよ?」
顔色が悪くなって来たな、よし、苛めてやろう。
「あ、目が覚めたぞ!」
「きゃああああああああああ!」
あっと言う間に階段を下りて行った。とにかく邪魔者はいなくなった、さっさと行こう。
「うううっ、フェイロット様可哀相ですよう。ああ見えてもお強いのに」
「改めて思ったぞ、スミスは怖い奴だよな」
「お前ら殺してやろうか?」
「「ご、ごめんなさい」」
最上階までやって来る頃には自然と会話は無くなり消失する。
赤く巨大な扉が目の前にあった。三メートル程だろうか、とにかく巨大だ。
「ここが死神王がいる場所かスミス?」
「ああ。……佐波、どんな事をしても皆川を助けさせる。リリリも協力してくれるよな?」
「うううっ……せ、先輩の為ならえんやこら、ですよう。……でも……また“あんな事”を死神王にされたらと思うと……うううっ」
確かに“あんな事”をされたらと思うと気が沈む。しかし皆川を助ける為だ、行くしかないだろう。
「覚悟を決めろ二人共! あ、開けるぞ?」
緊張と恐怖を体の奥底に沈め扉を開放つ。ギギギと不気味な音を奏でて開門す。
中は闇、何も見えない。その中を意を決し進み始めた。
進むに連れて闇に抱かれて行き、不安を孕ませる。ある程度進んだ瞬間に扉が独りでに閉じた。
完全なる闇が辺りを支配し冷や汗を誘発させてしまう。
「うううっ、周りが見えないですよう……」
リリリや佐波達の姿が闇に邪魔されて見えない。何処にいるのか混乱させられる。
そして異様な程静かだった、耳鳴りがする程の。
「ひにゃあああああああ!」
「リリリ!」
突然発生したリリリの悲鳴、闇の中では何が起きているのかが分からない。絶えずにリリリの悲鳴が木霊する。
「うううーーっ! あ、ああ、ダメですよう! ひにゃあああああああ!」
「スミス、何が起きてるんだ!」
「動くな佐波! こいつは死神王の仕業だ!」
喘ぎ声が闇を彷徨い、止まった。
「……リリリ?」
問い掛けたがそれは霧散されてしまう。まさかリリリは……。
最悪なイメージが這い出る中、突然世界に色がつく。眩しさが目を襲い瞼を閉じさせる、それは佐波もだっただろう。
数秒後、瞳が世界を掴む。
まず見えたのはリリリだった、床に蹲りピクリとも動かない。その横にそいつは居た。
白銀の長い髪を靡かせ、尖った耳、高い身長、白い肌を持った女性。白いワンピースの様な服を纏い、神々しさが漂う。
こいつが死神王だ。名をソフィーネオ、いつも目を瞑っており柔らかな印象を受ける。しかし見開けば鋭い目を持ち、睨んだものを縮ませてしまう。
「まああら、スミスですね? びっくりしましたよいきなり入って来たから誰かと思いました」
「……リリリに何をしたんだ?」
「うっふふ、ちょっと可愛がっちゃいました」
ああなるほど、リリリに“あんな事”をしたって事か。
さて、佐波達の事をどう切り出したものか迷う。
「時に、何故この部屋に人間がいるのですかスミス……」
一気に心臓が鼓動し動揺を全身に流し込んで行く。
さすがと言うところか、マントで気配を遮断していたのにも関わらず見破るとは。
「死神王を舐めない事です。さて説明してくれますねスミス、何故人間がここにいるのか、きっちりと説明よろしくお願いしますよ?」
「分かっている。だがその前にソフィーネオ、頼みがある!」
「ちょっと待ちなさい。呼び捨てはダメだと前から言っていますよスミス、ちゃんとわたしの事は“お姉ちゃん”って言わなきゃダメでしょう?」
「お姉ちゃん?」
間抜けな声を佐波が出した。
「うううっ、ソ、ソフィーネオ様はせ、先輩の実の姉なんですよう……」
蹲っていたリリリが何とか起き上がりそう説明をした。“あんな事”をされたのによく立てたな、頬を赤らめ息が荒い。
「あ、ああそうだ。こいつはオレの姉だ」
「スミス、お姉ちゃんに向かってこいつは無いでしょう? お仕置されたいの?」
「うっ、す、すまん! ソフィ……お、お姉ちゃん」
ソフィーネオのお仕置は勘弁願いたい。あんな事をされたらオレは……。
とにかく説明して皆川を助けてもらわないと。
「説明をする、だからお願いを聞いてくれソフィ……お姉ちゃん」
「……とりあえず話を聞きましょう。可愛い妹の滅多に無い頼み、お姉ちゃんは嬉しいですよ。さ、話してご覧?」
「あ、ああ。佐波、もうマントは無意味だ、外して良いぞ」
漆黒に染まるマントは床へと落ち、遮断されていた人間の気配を復活させる。多分だがソフィーネオは嗅覚で佐波達を見抜いたのかもしれない。
ソフィーネオは鼻が敏感でそれで幾多もの危険を回避して来たのだ。そこを失念していた。
「まああら、男と女の二人なのね。うっふふ、女の子可愛い……スミス、お話しをして?」
「あ、ああ……」
佐波達の事を話す。かつて人間界に亀裂が出来て一時的に門番になった佐波と門を開ける力を持つ皆川の事を。
そして今回の悪魔の件、そいつらのせいでヘルズゲートが開いて佐波達が落ちて来た事と皆川を苦しめているものをどうにかして欲しいと伝える。
「……まああら、それではこの女の子がヘルズゲートを開ける力を持った娘なのね? そして貴方がケルベロスのルベスから力を借りて門番を勤めた方ね?」
「は、はい……」
「それにしても悪魔……ね、おかしいわね、ちゃんと封印されているはずなのに。う~ん」
人差し指で自分の頬を突っ突きながらソフィーネオは考え事に夢中になってゆく。確かに悪魔なんて聞いたらおかしいと思うのは当たり前だ。
だがその前に。
「ソ……お姉ちゃん、頼む! 皆川を助けてやってくれ!」
「……驚いた。スミスがわたしに頭を下げるなんて。頼み事なんて何年ぶりでしょう、そんなに助けたいの?」
「ああ。皆川も佐波も良い奴なんだ。人間だけど……友達なんだ。だから助けたい、頼む!」
こいつらと一緒にいて楽しいと感じる自分がいたのを否定出来ない。佐波も皆川も楽しい奴等でずっと一緒にいたいとすら思えた。
人間でも友達で仲間だ、オレは仲間を見捨てたりはしない。
「……人間がヘルヴェルトに立ち入る事すら重罪なのにあまつさえ助けろ、ね。本当は王宮に報告し、相応の罰を与えなければならないけど……でも、スミスがこんなに必死になるなんて余程大切なのね? 可愛い妹が必死になる人間、少し興味がでましたよスミス?」
「そ、それじゃ助けてくれるのか!」
「ええ。でもねスミス、いくら自ら来た訳では無くとも人間をかくまい、更に死神の箱庭に入れた報いは取らなきゃならないのよ? それは理解してねスミス」
確かにオレがやった事は重い罪だ、だが皆川が助かるのなら罪を受け入れよう。何をされても文句は無い。
「罪って……スミス」
「気にするな佐波、オレの事は心配せずに今は皆川を心配してろ」
「スミス……」
何を悲しそうで辛そうな顔をしているんだ佐波は。心配してくれてるのか、ありがとう。
「オレはどんな罰だって受けてやる、だがその前に皆川を助けてくれ!」
「まああら、スミスはせっかちさんね。良いでしょう。それではわたしのベッドに彼女を連れて来てくれますか?」
部屋の奥に進むと純白で円状のベッドがあった。その中央に佐波が皆川を寝かせ、後をソフィーネオに託す。
「確か悪魔が精神世界に分身を作って操っている、でしたね? ならわたしの得意な精神具現化術、死神風味を使います。それじゃ覚悟してね? 戦闘準備は忘れなく」
「え? 戦闘準備?」
「良いか佐波、精神具現化術って言うのはだな、その名の通り精神世界を現実に具現化、つまり出現させる術だ。簡単に言えば今皆川の中に暴れている悪魔の分身を具現化して現実世界に引っ張りだそうっていうんだ。後はそいつを倒すだけ」
「それでは始めますよ?」
手の平に意識を集中させてイメージを。微弱な意思を持つ死神の鎌は今体の一部となって霧散している。元の形をイメージし、手の平に集束させて行くと細胞に変化が現れる。
手の細胞が活発化し一瞬に限り無く近い時間で鎌を作り出した。長い棒の先端から綺麗な反りをあらわにした一枚刃。漆黒で飾り気などない。しかしこいつは切れ味だけを追及した最高品だ。死神の鎌の中で一番の切れ味だろう。
リリリも自分の鎌を出現させた、こいつのは少し特殊だ。棒の先に二つ、獣の牙がやや下に突き出し、その真下には対照的にやや反り上がる一つの牙が。
獣の足を付けた様な鎌だった。刃は30センチにも満たない為接近戦はあまり得意では無いが、実はこいつ遠距離タイプの鎌なのだ。三本の牙から青白い光が生まれ球状に固めて弾と成す。つまり光の砲弾を作って飛ばす珍しい鎌だ。
「佐波も準備しろ」
「ああ、もうやっている」
佐波の瞳が青へと変わる、結晶の碧を発動させた。さて戦闘準備は万端だ。
「始めてくれお姉ちゃん」
「分かったわ。じゃ行きますね」
横たわる皆川の額に手を当てた。するとソフィーネオの手が七色に光出す。この世界に皆川の精神を具現化させて取り出そうとしている。
「あ、多分これね。これだけ彼女の波動とは異なる……じゃあ抜き出すわよ?」
一気に七色が塊飛び出す。
それは空中でピタリと止まり、光が人型へと変わって行く。
完全に人間の形となり、世界に具現を果たす。
「あ? これが悪魔なのか佐波?」
そこには小さな少女がいた、凄く小さな少女。
可愛らしくて見ているとネリスとエティオを思い出す。
「なっ……なんだよこれ……」
「どうしたんだ佐波?」
「あれは、あの女の子は……まこちゃんだ。小さい時の……俺が初めて会った時の……幼いまこちゃんだ」
目の前には皆川の小さな頃の姿が浮かぶ。
これが……悪魔の分身だと?




