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3、震える電話

 朝になって、昼になっただろうと思う。そして夕方に、俺は起きた。

「ほら、夢だろう?」

 恐怖心から、自分を納得させるようにそう言って、逃避するように、デスクトップパソコンの電源を入れたが、昨日見た変な夢のことが頭にちらついて、パスワード入力画面のまま、ディスプレイは止まっている。どうにもやる気が起きない。脆弱な自分のハートが嫌い。

「嘘……か」

 思い返せばここ数十ヶ月、嘘ばっかり吐いていた。親に大学に行っているとか言っておいて実は不登校だったりとか。友達に「卒論がなぁ……」とか言っておいて実はそんな卒業論文を書くまで単位が届いてなかったり。そんなこんなで休学して、そんな風に裏切りまくって。色んな人にぶん殴られるような腐った生活をしてきて。親に学校行ってないことがバレてみたり。それから、学校に行かないどころか自動車の教習所すら行かなくなって辞める始末。死のうかなとか考えたけどそれはこわかったからやめた。

 まぁそんな風に積み重ねたゴミのごとき日々だったところを親に追い出されて、現在六畳一間のアパートで暮らす。それでも親に家賃を出させている辺りが最低なところ。だって俺、貧乏だもの。

「だから寄生するしか生きる術はないんだよん、と」

 と最低の言葉を呟きながらキーボードにパスワードを入力して、世界と繋いだ。すぐに、インターネット回線を利用したゲームにログインした。完全な現実逃避だ。ネトゲ廃人のアニメオタクとか、まじで救えないよな。あー、俺って何て不憫。


  コトノ〔おはようございますぅ、コトノですぅ〕


 打ち込んだ。コトノというのが、俺のこのゲームの中での名前。


  まさし〔あ、おはよう、コトノちゃん。でもおはようって、もう夕方だよー〕

  コトノ〔あ、まさしさん、でもあれですぅ、コトノの国では今、朝なのぉ〕


 ゲーム内での友人と、女の子の振りをして会話する。そしてニヤニヤ笑う俺。ネット上のオカマ。所謂ネカマというものだ。実に趣味が悪い。我ながら超気持ち悪い。


  まさし〔コトノちゃん、*******(伏せ字)〕

  コトノ〔何ですかー。伏せられてますけどー〕

  まさし〔ごめんごめん、また俺のエロスがほとばしっちゃったよー〕


 このゲームは、他人に不快感を与えないために特定のワードは周囲に表示されないようになっている。この、まさしというプレイヤーは、何度も俺に中学生的隠語でセクハラしてきた男だ。ネット上でセクハラしてくる奴がいるんだから笑えてしまう。しかも男相手に。

 ふと習慣的に携帯を見ると、電源が入っていなかった。何でだろうと思いつつ、俺はパソコンディスプレイをチラ見しながら、一晩ぶりに携帯の電源を入れた。

《言い忘れてましたがー》

 え……あれ……何だこれ……寝る前に聞いたような甲高いアニメ声が、また……。

《電源を切っても無駄ですよー。切っている間も嘘は加算されていってしまいます。それからあなたが発信した全てが審査の対象になることを肝に銘じておいてくださいー》

「あぁ……もう……夢じゃなかったのかよ……」

 どうやらそうらしかった。

《あ、メールが来ていますよぉ》

 おお。しかしメール着信もこの子が告げるのか。素敵な着ヴォイスだ。

 メールをチェックしたが、友人からのメールは無かった。遂に友人にも見放されたのかもな。そう考えて急にやる気が失せてきたので、俺は携帯の電源を再び切った。

 そして、まぁ気分が乗らない時はゲームをやっても楽しめないからな、ここは早々にログアウトするに限るぜ。


  コトノ〔いけない。インしたばっかりだけど用事ができちゃいましたぁー〕

  まさし〔えーうそー〕


「ほんとほんと」


  コトノ〔じゃあ、またねー〕


 ゲーム世界からログアウトして、パソコンの電源を切った。

 そして、万年床に倒れこむ。俺が考える気分が乗らないときの最大の対処法は、眠る事だ。今日もまた、眠ってしまおう――

 ――で、起きた。

「う……頭いてー……あぁ……もう朝か……」

 記憶というものはとても曖昧なものだ。腐った生活をしているだけでどんどん記憶力は低下していくからな。時々自分がどんな人生を送ってきた人間なのか、わからなくなる時がある。そして、何だか自分が狂人みたいで、かえって格好よく思えてくるから不思議だ。

 その曖昧な記憶によれば、俺の携帯はレベルアップして、嘘を吐いたら震えるようになって、その嘘が八百を超えたら死ぬということだった。まぁ、そんなもの、外に出ない「普通の生活」をしていれば大丈夫だろう。

「さて、今日もやるか」

 俺は呟き、パソコンの電源を入れた。誰かから連絡が入っても良いように携帯の電源も入れた。ゲームにログインした。また今日も、コトノを演じる一日が始まる。


  コトノ〔おはようございますぅー〕


 と、その時――(ヴ)と音がして携帯が、震えた。何故か……震えた。何故だ。何故……。

「……は? 今のってつまり、嘘ついたとみなされたってこと?」

「は? 聞いてねぇよ!」(ヴ)また震えた!

「何だよこれ、知らねえよ!」(ヴ)また!

「…………」

《あー……一つ大事なことを聞き忘れてましたぁー》

 携帯から発せられた声。可愛い声。時田まことちゃんの声。

「どういうことだよ! 何でおはようって言っただけで嘘になるんだよ!」

《えぇ? だって、嘘じゃないですか。あなたコトノじゃないでしょう?》

「はぁ? ゲームの中じゃ俺はコトノなんだよ!」(ヴ)

《いいえ、あなたはコトノじゃないですぅ》

「くっそ! ふざけんなよ! 今嘘何回ついたことになってんの? おい?」

《あ、お確かめになりますかぁ?》

「ああ、言えよ!」

《五十八回ですぅー、あと、今、確認のために一回分加算されて五十九回ですねぇー》

「は……は? 知らねえよ! 何だよそれ!」(ヴ)

《ええと、それでですねぇ、一つ聞き忘れたことがありましてー》

「何だよ! 何なんだよ!」

《お名前を教えてくださいー》

「……それ嘘ついたらどうなんの?」

《死にますぅー》

「……二井戸響介にいときょうすけ

《はい、わかりましたー。一緒に頑張りましょう!》

「何をだよ」

《わかりませんかぁ?》

「わからん」(ヴ)


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